『俺達のグレートなキャンプ169 (カフェインぶっちぎり)利き珈琲大会』

海山純平

第169話 (カフェインぶっちぎり)利き珈琲大会

俺達のグレートなキャンプ169 (カフェインぶっちぎり)利き珈琲大会


「よっしゃああああああ!!今回のキャンプもグレートに決めるぜええええ!!」

石川の雄叫びが、群馬県の山間部に広がるキャンプ場に響き渡った。秋晴れの空の下、色づき始めた木々が風に揺れ、他のキャンパーたちが一斉に石川の方を振り向く。石川は両手を高々と掲げ、満面の笑みで胸を張っている。その目は異様なまでにギラギラと輝き、まるで何かに取り憑かれたかのようだ。

「石川、声でかい……」

富山が眉間に皺を寄せながら呟く。彼女は慣れた手つきでテントを設営しながらも、石川の様子を横目でチラチラと窺っている。長年の経験から、この男が何か企んでいることを敏感に察知していた。富山の額には既に冷や汗が滲み、肩が微かに震えている。

「いやー、石川さん!今日はどんなグレートなキャンプが待ってるんですか!?」

千葉が目をキラキラさせながら石川に駆け寄る。新品のアウトドアジャケットを着込み、まるで遠足前の小学生のようにウキウキとステップを踏んでいる。彼の口元は緩みっぱなしで、期待に胸を膨らませているのが一目瞭然だ。

「ふっふっふ……千葉よ、いい質問だ!」

石川がポケットから何かを取り出す。それは——大量のドリップコーヒーパックだった。いや、大量なんてものじゃない。両手に抱えきれないほどのパックが次々とバックパックから溢れ出てくる。まるでマジシャンのハトのように、際限なく出てくる。石川の笑顔はさらに広がり、まるで宝物を見せびらかす子供のようだ。

「今回の俺達のグレートなキャンプは!『利き珈琲大会(カフェイン限界突破)』だああああああ!!」

ババーン、という効果音が聞こえてきそうな勢いで、石川が両手を広げる。

「……は?」

富山の動きが止まる。手に持っていたペグがカランと地面に落ち、乾いた音を立てた。彼女の顔からみるみる血の気が引いていく。口は半開きのまま固まり、瞳孔が僅かに開いている。まるで悪夢を見ているかのような表情だ。

「すっげええええ!!利き珈琲!!」

対照的に、千葉は両手をブンブン振り回して大喜びだ。その場で小さくジャンプし、まるでライブ会場にいるかのようなテンションだ。彼の目は期待で潤み、鼻息は荒い。

「そう!世界中から集めた様々なコーヒー豆を飲み比べ!目隠しして産地、焙煎度、ブレンド具合を当てる!」

石川がビシッと指を立てる。彼の目は爛々と輝き、唇の端が不気味なほど吊り上がっている。興奮のあまり、声が裏返っている。

「しかも!普通の利き酒ならぬ利き珈琲じゃつまらねえ!だから、ぶっ通しで飲み続ける!カフェイン限界突破スタイルだ!!ちなみに一人20杯が目標!!」

「ちょっと待って」

富山が震える声で割って入る。彼女の手は小刻みに震え、額の冷や汗が増えている。顔は青白く、まるで幽霊でも見たかのような表情だ。

「カフェイン限界突破って……それ、死ぬやつじゃん……20杯って救急車案件でしょ……」

「大丈夫大丈夫!俺が計算したら、致死量の半分くらいだから!」

「半分でも十分やばいから!!そもそも致死量で計算すんな!!」

富山の声が裏返る。彼女は両手で頭を抱え、その場で小さくうずくまりそうになっている。肩が激しく上下し、過呼吸寸前だ。

「いやー、でも面白そうですね!コーヒーの奥深さを体感できる!目隠しってのもドキドキしますね!」

千葉が無邪気に笑う。彼はまったく危機感がなく、むしろワクワクしているようだ。目は好奇心でいっぱい、頬は紅潮し、既に鼻息が荒い。両手をパチパチと叩き、まるで拍手喝采している。

「だろ!?さすが千葉、分かってる!利き珈琲は目隠しが命!視覚を奪われることで味覚と嗅覚が研ぎ澄まされるんだ!」

石川が千葉の肩を力強く叩く。バンバンという音が響き、千葉の体が大きく揺れるが、彼は嬉しそうに笑っている。

「じゃあ早速準備するぜ!まずはテーブルセッティング!グレートな大会にはグレートな舞台が必要だ!!」

石川が大きなテーブルクロスを広げる。真っ白なクロスの上に、次々とドリップパックが並べられていく。エチオピア産、コロンビア産、ブラジル産、インドネシア産、グアテマラ産、ケニア産、タンザニア産、コスタリカ産……パッケージには様々な国名が書かれている。石川の手際は驚くほど良く、まるでコーヒーショップの店員のようだ。いや、もはやプロのバリスタと言っても過言ではない動きだ。

「うわあ、すごい種類……これ全部飲むんですか……?」

千葉が目を丸くする。テーブルの上には既に30種類以上のコーヒーパックが並んでいる。彼は一つ一つを手に取り、パッケージを凝視している。その目はまるで宝石を見つめるかのようにキラキラしている。

「そしてこれが記録用紙!完全オリジナル作成!徹夜で作ったぜ!」

石川が手書きのシートを取り出す。そこには「産地」「焙煎度(浅煎り・中煎り・深煎り)」「味の特徴」「回答」「正誤」などの項目が細かく書かれている。さらに下の方には「カフェイン摂取量」「心拍数」「手の震え度(1-10)」「瞳孔開き具合」という不穏な項目も追加されている。シートの隅には「カフェイン中毒症状チェックリスト」まで書かれている。

「ちょっと、これ絶対やばいって……症状チェックリストって何!?もう前提がおかしい!!」

富山が青ざめた顔でシートを覗き込む。彼女の指先はプルプルと震え、唇は引きつっている。額の汗は増える一方で、首筋まで伝っている。

「富山さーん、大丈夫ですよ!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!これ俺のモットーなんです!石川さんが企画することは全部面白いんですから!」

千葉が富山の肩に手を置く。しかし富山の表情は一向に明るくならない。むしろさらに青ざめ、「この人たち正気じゃない……私だけまともなのか……?」という顔をしている。目が完全に死んでいる。

「よっしゃ、お湯も沸かすぞ!大量の湯が必要だからな!」

石川が大型のケトルを三つ並べる。ゴォォォという音を立ててバーナーが点火され、青白い炎が立ち上がる。石川の動きは機敏で、まるで戦場の兵士のようだ。彼の額には既に興奮の汗が光っている。その目つきは狂気すら感じさせる。

「あとこれも!目隠し用のアイマスク!Amazonで買った!」

石川が黒いアイマスクを三つ取り出す。まるで怪しい儀式の道具のようだ。

「なんでそんなに準備いいの……?どんだけ本気なの……?」

富山が呆れたように呟く。彼女の目は虚ろで、既に諦めの境地に達しているようだ。

そうこうしているうちに、隣のサイトからキャンパーたちが興味津々という顔で覗き込んできた。

「あの……何やってるんですか?すごい準備してますけど……」

若いカップルの男性が恐る恐る声をかけてくる。彼は石川たちのテーブルを見て、明らかに困惑している。眉をひそめ、首を傾げている。彼女の方も不思議そうな顔で覗き込んでいる。

「おお!いいところに!俺達は今から『利き珈琲大会(カフェイン限界突破)』をやるんだ!一緒にどう!?グレートな体験になるぜ!?」

石川が満面の笑みで勧誘する。その笑顔はあまりに爽やかで、まるで宗教の勧誘のようだ。断りづらい雰囲気を醸し出している。

「え……あ、いや……限界突破って……?」

カップルが顔を見合わせる。男性の顔には明らかに「関わらない方がいい」という警戒心が浮かんでいる。女性は既に一歩後ずさりしている。しかし石川の圧が強い。

「遠慮しないで!コーヒー好きだろ?俺が見た感じ、あんたらエスプレッソ派の顔してるぜ!絶対そうだ!」

「いや、そんな顔あります……?というか、そもそも私たちコーヒーそんなに詳しくないんですけど……」

「大丈夫!素人でも楽しめる!むしろ素人の方が面白い!先入観ゼロで挑めるからな!」

石川がグイグイ詰め寄る。カップルはさらに後ずさり、完全に逃げ腰だ。しかし石川の勢いは止まらない。

「あの、私たち、これから薪割りが……」

「薪割りなんかあとでいいだろ!人生で一度きりのグレートな体験だぜ!?こんなチャンス二度とないぞ!?」

「いや、二度となくていいんですけど……」

結局、石川の熱意(というか強引さ)に押され、カップルはしぶしぶ参加することになった。女性の方は完全に引きつった笑顔で、男性は諦めたような表情だ。「まあ、コーヒー一杯くらいなら……」という甘い考えが顔に書いてある。

さらに、反対側のサイトにいた中年夫婦、ソロキャンパーの大学生らしき男性も「面白そうですね」と興味を示し、気づけば総勢7名の大所帯になっていた。

「よっしゃ!参加者も揃ったところで、ルール説明するぞ!みんな集まれ!」

石川がテーブルの前に立ち、まるで司会者のように胸を張る。彼の目は輝き、声は朗々と響く。完全にテレビ番組の司会者気取りだ。

「まず、俺が淹れたコーヒーを順番に飲む!その際、全員アイマスクを装着!視覚を完全にシャットアウトだ!」

「はい」

千葉が真剣な顔でメモを取っている。他の参加者たちは半信半疑の表情だ。中年夫婦の妻が「まあ、面白そうね」と微笑んでいる。夫は「久しぶりにこういうの楽しいかもな」と腕を組んでいる。

「そして!飲んだ後に、産地と焙煎度を回答用紙に記入!俺が正解を発表して、当たったら1ポイント!産地だけ当たりでも0.5ポイント!焙煎度だけでも0.5ポイント!」

「おお、ちゃんとしたルールだ……」

大学生が感心したように呟く。彼はコーヒーが好きらしく、目を輝かせている。

「そして!10杯飲むごとに『カフェイン耐性チェック』を行う!これは片足立ちで10秒キープ!震えたら減点!」

「いや、絶対震えるでしょ……というか、10杯って時点でおかしい……」

富山が頭を抱える。彼女の顔はもはや真っ青で、今にも倒れそうだ。しかし他の参加者たちは「まあ、10杯くらいなら平気でしょ」という楽観的な顔をしている。まだこの時は、誰も地獄を予想していなかった。

「さあ!それじゃあ第一杯目!全員アイマスク装着!」

石川がアイマスクを配る。全員が恐る恐るアイマスクをつけると、視界が完全に遮断された。周囲の音だけが妙にクリアに聞こえる。風の音、鳥の声、そしてお湯を注ぐ音。

「よっし、淹れるぜ……」

石川が慎重にドリップを始める。お湯がコーヒー粉に注がれると、芳醇な香りがふわりと広がった。その香りは確かに素晴らしく、参加者たちが思わず「おお……」と声を漏らす。

「いい香り……これは……フルーティーな感じがする……」

千葉が目を閉じて(アイマスクしてるから見えないけど)深呼吸する。彼の鼻孔が大きく膨らみ、陶酔したような表情だ。

「じゃあ、第一杯目!飲んでみてくれ!」

石川が全員の前にカップを置く。参加者たちは恐る恐る手を伸ばし、カップを掴んだ。アイマスクをしているため、動きがぎこちない。カップルの女性は危うくカップを倒しそうになり、「わっ!」と小さく叫んだ。

「さあ、飲むぞ!せーの!」

全員が一斉にコーヒーを口に含む。

「……ん!?」

千葉が驚いたような声を上げる。彼の口元がほころび、明らかに感動している様子だ。

「これは……酸味が強い……でも嫌な酸味じゃない……むしろフルーティー?」

大学生が真剣に分析している。彼は舌で味を確かめるように、ゆっくりとコーヒーを味わっている。

「香りが華やか……お花みたい……」

中年夫婦の妻が嬉しそうに呟く。彼女は完全にこの企画を楽しみ始めている。

「よっし!じゃあアイマスク外して、回答用紙に記入してくれ!」

全員がアイマスクを外し、回答用紙にペンを走らせる。

「うーん……酸味が強いから……エチオピア?焙煎は……浅煎りかな?」

千葉がブツブツ呟きながら書いている。

「私はコロンビアだと思う!」

カップルの女性が自信満々に書き込む。

「正解発表ー!第一杯目は……エチオピア・イルガチェフェ、浅煎りでした!」

「やった!!」

千葉と大学生が喜びの声を上げる。中年夫婦の夫も「お、当たった」とガッツポーズ。カップルの女性は「ああー、焙煎度外した……」と悔しそう。富山は「エチオピアって書いたけど、正直適当……」という顔をしている。

「いやー、これ面白いですね!」

千葉が目を輝かせる。他の参加者たちも和やかな雰囲気で、笑顔が溢れている。この時点では、まだ誰もが楽しんでいた。

「よっし、じゃあ第二杯!アイマスク装着!」

再びアイマスクをつけ、石川がドリップを始める。

「第二杯!どうぞ!」

「んー、これは……さっきより苦い?」

「コクがある感じ……」

「これはブラジルっぽいな……」

参加者たちが真剣に味わっている。まだ余裕の表情だ。

「正解は……コロンビア・スプレモ、中煎りでした!」

「おしい!ブラジルって書いちゃった!」

「私当たった!コロンビアって書いた!」

和気あいあいとした雰囲気が続く。

第三杯、第四杯、第五杯……参加者たちは真剣にコーヒーを味わい、産地を予想している。正解者が出るたびに歓声が上がり、外れた人は「くそー!」と悔しがる。まるでクイズ番組のような盛り上がりだ。

「いやー、これ本当に楽しい!コーヒーってこんなに奥深いんですね!」

千葉が興奮気味に語る。彼の頬は紅潮し、目はキラキラしている。

「でしょ!?これが俺の目指すグレートなキャンプ!」

石川も満足げに胸を張る。

「意外と面白いわね……夫、私たち今度コーヒー専門店行ってみない?」

「そうだな、良いかもな」

中年夫婦も完全に楽しんでいる。

しかし——六杯目あたりから、徐々に異変が起き始めた。

「あれ……なんか……心臓がバクバクしてきた……」

千葉が胸に手を当てる。彼の顔は紅潮し、額には汗が滲んでいる。目はギラギラと輝き、瞳孔が僅かに開いている。

「お、俺も……なんか体が熱い……」

大学生も額を拭う。彼の手が微かに震えている。

「それがカフェイン効果だ!覚醒してきた証拠!さあ、第七杯!」

石川も既に相当なカフェインを摂取しているはずだが、むしろテンションが上がっている。彼の動きは先ほどよりも速く、まるで早送り映像のようだ。目がギラギラと輝き、汗が止まらない。

「第七杯!グアテマラ・アンティグア!」

「もう味わかんなくなってきた……全部同じに感じる……」

カップルの男性が虚ろな目でコーヒーを飲む。彼の手は明らかに震えている。カップを持つ手がカタカタと音を立てている。

「私も……なんか気持ち悪くなってきた……」

カップルの女性が顔を青くする。先ほどまでの笑顔は消え、唇が引きつっている。

「大丈夫大丈夫!あと三杯で耐性チェックだ!頑張れ!」

「頑張れって言われても……」

第八杯目。中年夫婦の妻が「ちょっと、もう無理かも……」と弱音を吐く。夫も「俺もちょっときつい……」と額の汗を拭う。

第九杯目。全員の手が震え始める。カップを持つのもやっとだ。誰も産地を当てられなくなっている。回答用紙には「わからない」「全部同じ」「もう無理」と書かれている。

「よっし!第十杯!これで耐性チェックだ!」

石川がハイテンションで叫ぶ。しかし彼の目は完全に血走っており、額からは滝のような汗が流れている。手も震えまくっているが、本人は気づいていないようだ。

「第十杯!インドネシア・マンデリン!」

全員がフラフラになりながらも、なんとか十杯目を飲み干した。もはや味なんてわからない。ただひたすら苦い液体を流し込んでいる感覚だ。

「さあ!カフェイン耐性チェック!片足立ち10秒!よーい、スタート!」

石川が立ち上がり、片足を上げる。しかし——

ブルブルブルブル。

石川の体が激しく震える。その震えはまるで地震のようで、見ているだけで不安になるレベルだ。片足立ちなんてとてもじゃないが無理だ。3秒で倒れる。

「いし、石川さん……めっちゃ震えてますよ……というか俺も……」

千葉も片足を上げようとするが、上げた瞬間にバランスを崩してドサッと倒れる。その拍子にテーブルに手をついたが、手が震えすぎてテーブルがガタガタと揺れた。

「うわああああ!!無理!!」

カップルも、中年夫婦も、大学生も、全員が片足立ちできない。みんな震えまくっている。キャンプ場が地震に襲われているかのような光景だ。まるで集団で何かの呪いにかかったかのようだ。

「こ、これは……予想以上だな……ははは……」

石川が引きつった笑顔で呟く。彼の顔は蒼白で、先ほどまでの自信はどこへやら。額の汗は止まらず、目は血走っている。

「だから言ったじゃん!!絶対こうなるって!!」

富山が叫ぶ。しかし彼女も座り込んだまま動けない。彼女も10杯飲まされたため、手が震え、心臓がバクバクいっている。

「で、でも……まだ……まだ続けますよね……?グレートなキャンプは……途中で止められないって……」

千葉が震える声で言う。彼の目は虚ろで、まるで魂が抜けたようだ。しかしそれでも、どこか期待の色が残っている。完全に正気を失っている。

「お、おう……そうだな……グレートなキャンプは途中で止められねえ……」

石川が震える手で次のドリップパックを取る。しかしその手はあまりに震えていて、パックを掴むことすらままならない。パックが手から滑り落ち、地面に転がる。

「ちょっと待って……もう無理……私、本気で気持ち悪い……」

カップルの女性が顔を真っ青にして座り込む。彼女の手は震え、呼吸が荒い。明らかに限界だ。

「俺も……心臓やばい……動悸が止まらない……」

大学生も額を押さえて座り込む。彼の顔は蒼白で、唇が青い。

「第、第十一杯……いくぞ……」

石川が震える手でドリップを始める。しかし手が震えすぎて、お湯が明後日の方向に飛ぶ。

「あちっ!」

石川が小さく叫ぶ。しかしそれでも諦めない。何度もお湯を注ぎ直し、なんとかコーヒーを淹れる。その姿はもはや狂気だ。

「さ、さあ……十一杯目……」

全員がアイマスクをつける気力もなく、ただぼんやりとコーヒーを見つめている。誰も回答用紙に記入する気力がない。

「もう……産地とかどうでもいい……」

千葉が虚ろな目で呟く。彼はカップを両手で持ち、震えながらコーヒーを口に運ぶ。もはや味なんてわからない。ただ苦い液体を流し込むだけだ。

「第十二杯……」

「やめて……」

「第十三杯……」

「もう無理……」

誰もが限界を迎えている。しかし石川は止まらない。彼の目は完全に血走り、もはや正気を失っている。カフェインの過剰摂取により、完全にハイになっている。

「第十四杯!ケニア!」

「知らん!」

「第十五杯!タンザニア!」

「もう国名すら聞きたくない!」

もはや誰も産地を当てようとしない。ただひたすらコーヒーを飲むだけのマシーンと化している。全員の手は震え、目は虚ろ、顔は蒼白。まるでゾンビの集会だ。

そして——

「ちょっと、あんたたち、大丈夫!?」

隣のサイトのおばさんが心配そうに駆け寄ってくる。彼女は石川たちの異様な様子を見て、明らかに焦っている。

「だ、大丈夫です!これもグレートなキャンプの一部ですから!ははは……」

石川が引きつった笑顔で答える。しかし全然大丈夫じゃない。彼の目は完全に血走り、体は震え、汗がダラダラ流れている。

「全然大丈夫じゃないでしょ!?みんな顔真っ青よ!?救急車呼ぶわよ!?」

「いや、救急車は……ははは……」

石川が笑おうとするが、顔が引きつっている。もはや笑顔なのか泣き顔なのかわからない。

「第十六杯……いこうぜ……みんな……」

「無理いいいいいい!!!」

富山が絶叫する。彼女はついに立ち上がり、石川のドリップパックを奪い取った。

「もうやめる!!終わり!!これ以上続けたら本当に死ぬ!!」

「と、富山……俺達のグレートなキャンプが……」

「グレートもクソもあるか!!あんた目見てみなさいよ!完全にイッてるから!!」

富山が石川の顔を掴む。確かに、石川の目は焦点が合っておらず、瞳孔が開ききっている。まるで薬物でもやったかのような顔だ。

「あ、あれ……?俺……なんか……変……?」

石川がようやく自分の異常に気づく。彼は自分の震える手を見つめ、愕然とする。

「うん、めっちゃ変」

千葉が虚ろな目で答える。彼も相当ヤバい状態だが、まだ冷静に判断できる程度の理性は残っているようだ。

「みんな!水飲んで!とにかく水!カフェイン薄めるの!」

おばさんが慌てて水のペットボトルを配る。全員がガブガブと水を飲む。しかしカフェインの効果は容赦ない。

「うう……気持ち悪い……」

カップルの女性がうずくまる。彼氏が心配そうに背中をさする。

「もう二度とコーヒー飲まない……」

大学生が地面に座り込む。

「私も……コーヒー嫌いになりそう……」

中年夫婦の妻が項垂れる。夫は「せっかく楽しかったのに……」と残念そうだ。

結局、利き珈琲大会は十六杯で強制終了となった。

その後、石川たちは二時間ほどテントの中で死んだように横たわっていた。全員の心臓がバクバクと高鳴り、手は震え、目はギラギラと冴え渡っている。誰一人として眠れない。体は疲れ切っているのに、脳は異様に冴えている。この矛盾が非常に辛い。

「石川……次からは……もうちょっと考えよう……」

富山が弱々しく呟く。彼女もテントの中で横になっているが、目は開いたまま天井を見つめている。

「あ、ああ……反省してる……マジで反省してる……」

石川も珍しく反省の色を見せている。彼の声には力がなく、完全に消耗している。

「でも……最初は……ちょっと楽しかったですね……」

千葉がニヤリと笑う。彼の目は相変わらず虚ろだが、どこか満足げだ。

「お前、正気か……」

「だって、こんな経験、普通のキャンプじゃできないですから!最初の五杯くらいは本気で面白かったですよ!」

「そりゃそうだろうけど……その後が地獄すぎた……」

富山が呻く。

外からは、巻き込まれた他のキャンパーたちの声が聞こえてくる。

「もう二度とあの人たちに近づかない……」

「コーヒー、しばらく見たくない……」

「でも、最初は楽しかったよね……」

「それな……途中までは良かった……」

夜になっても、石川たちは眠れなかった。カフェインの効果は容赦なく、一睡もできずに朝を迎えた。目は冴え渡り、体は疲れ切り、まるで拷問だった。

翌朝、撤収作業をしながら、全員がゾンビのような顔をしていた。目の下には深いクマ、顔は蒼白、動きは鈍い。

「もう……カフェイン系は……やめよう……」

石川が力なく呟く。

「そうだね……もうやめよう……」

千葉も珍しく同意する。

「当たり前でしょ……」

富山がため息をつく。

しかし——

「でも……次は……利き紅茶とか……」

「やめろおおおおお!!!」

富山の叫びが、朝のキャンプ場に響き渡った。他のキャンパーたちが一斉に振り向き、「また何か始めるつもりか……」という顔をする。

「冗談だよ冗談!ははは……」

石川が手を振る。しかし彼の目は、既に次の企画を考え始めているようだった。

「石川さん、その目……また何か企んでますね?」

千葉が疲れた顔で笑う。

「いやいや、今回は本気で懲りた……次はもっと穏やかなキャンプにするよ……たとえば……利き水とか……」

「それカフェインないだけで同じ形式じゃん!!」

富山がツッコむ。

「じゃあ……利きチーズとか……」

「もう利き系全部ダメ!!」

撤収作業を終え、車に荷物を積み込む。全員がヘトヘトだ。

「それじゃあ……また次のキャンプで……」

石川が疲れた顔で手を振る。

「次は普通のキャンプにしてくださいね……普通の……」

カップルが念を押す。

「任せとけ!次はグレートかつ穏やかなキャンプにするから!」

「グレートな時点で不安しかない……」

大学生が呟く。

「じゃあ、またどこかで会いましょう!」

中年夫婦が笑顔で手を振る。意外にも、彼らは「また参加してもいいかも」という顔をしていた。

こうして、カフェインまみれの一夜が明け、俺達のグレートなキャンプ169は幕を閉じた。

そして誰もが心の中で誓った。

「もう二度と、カフェイン系の大会はやらない」

——と。

しかし、それは次のキャンプまでの話である。

なぜなら、石川は既に次のグレートなキャンプを考え始めていたからだ。

車の中で、石川がボソッと呟いた。

「次は……利き温泉とか……」

「温泉にカフェイン入ってないでしょ!!」

千葉がツッコむ。

「じゃあ……利き星空観察……」

「それもう利きじゃない!!」

富山が叫ぶ。

「じゃあじゃあ……真冬の極寒キャンプで……利きホットドリンク大会……」

「結局カフェイン摂取じゃん!!!」

三人の声が車内に響く。

その目は、一睡もしていないのに、ギラギラと輝いていた。

カフェインの効果は、まだ切れていなかった。

そして、石川の「グレートなキャンプ」への情熱も、決して冷めることはなかった。


(完)

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『俺達のグレートなキャンプ169 (カフェインぶっちぎり)利き珈琲大会』 海山純平 @umiyama117

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