第16話 デートのすすめ

「プロット拝見しましたが……全然ダメです」


「はぁ」


「先生分かってますか? これライトポルノノベルです。ストーリーも大事だしそれ以上に行為の内容も大事なんですよ。どんな場所でどんな体位で、どんなモチベーションでエッチなシーンを入れるか。これが肝なんです。そのシーンのプロット何パターンかください」


「はぁ」


「それと全体的に暗い。あと女の子が控えめ、もっとぐいぐい行ってください」


「はぁ」


「分かりますよ、そうすけくんの周りにはそんな女の子いなかった頃くらい想像できますけどやりすぎくらいがちょうどいいんです。読者が読み終わって満足できる作品にしましょうよ」


「はぁ」


 不服だが相槌は忘れずに話を聞く。増渕さんが真剣な表情で首を縦に振った。


「いや、先生は分かっていません。可愛い女の子って言うのは……」


「はぁ」


 増渕さんの力説もむなしく、俺の頭の中は高槻都とのデートのことでいっぱいだった。


 非モテ童貞にとって現実を生きる女の子とはファンタジーである。もし現代に孔子やニーチェが生きていたらそう言っただろう。異世界に召喚され、怪しげな森で美人のエルフに出会うよりも現実の女の子とデートして楽しんでもらうことは難しく思える。俺はデートに誘われた翌日からネットやYouTubeで女の子の生態を真剣に調べた。ライトノベルに出てくるような主人公のことが好きで可愛いくて、多少の浮気も許してくれるような女の子は現実にはいない。実際に女の子が求めている男とは清潔感があり、紳士で聞き上手、かといって控えめ過ぎず、たまにオスとしての刺激を感じられ、一緒にいておもしろく、常に安心感を与えられることができる。※経済力があり、イケメンならばなお良い。途中からそんな男いるのかとも思ったが、これが今の女の子に人気がある男の特徴らしい。ポルノ動画でしか女の子を知る機会がなかった俺としてはいささかショッキングな内容であったが、自称とはいえ元一生のライバルと誓った彼女にこれ以上カッコ悪い姿をみせるわけにはいかない。ましてこちらが年上。多少の余裕をもってエスコートしなければ示しがつかないだろう。しかし一向に何をどうしたらいいか思い浮かばない。一体どんな話をしたら彼女は喜び、俺は生活が充実してよい作品がかけるようになるのか。頭を抱える。しばらく呻いていると電話がかかってきた。高槻都と思って、あの日以来放置してあったスマートフォンに飛びつく。液晶画面に表示された名前にため息をつく。


「なんだ、美郷か」


「なんだとはなんだ、可愛くて面倒見がいい妹に」


 玄関からドアを叩く音がする。俺は扇風機とエアコンのボタンを押して玄関に走った。


「冷房ついてる?」


「今つけた」


「常につけとけ」


 傍若無人な態度に不満顔で睨みを利かせながらも美郷はジュースを二本持って部屋に上がり込んだ。上がり込むなり冷房の温度を確認して二度下げた。


「おいおい電気代がもったいないだろ」


「熱中症になるよかましでしょ」


 腰を下ろしてジュースをぐびぐび飲む美郷は大きく息を吐きながらこちらを見据えた。


「で、なんのよう?」


「お前デートとかしたことあるか?」


「あるけど……ハハーン」


 先ほどの不満顔が嘘のように晴れやがる。


「都ちゃんとデートするんだぁ」


「デートっていうか……向こうが誘ってきたから」


「ふーん」


 数秒の沈黙に耐えきれず俺は畳に置かれたジュースのキャップを捻って開けごくごくと一気に飲み込んでいく。三分の二ほど飲みこんでから一息ついて、美郷の悪戯な瞳が俺を見上げていた。


「どこいくの? というかデートはいつ?」


「どこに行くって言うか、明日駅前の喫茶店でお茶してそれからは決めてないけど……」


「ほう」


 美郷のやついつもならうざいくらい質問攻めしてくるのに会話を続かせようとする気がない。そのくせこちらをバカにするような笑みを浮かべている。


「その、お前はどう思う?」


「なにが?」


「だから、お前だったら男にど、どんなデートをしてもらいたいんだ?」


「えっ兄貴それまじで言ってる?」


 美郷の笑みが消える。しかし俺にはどうしてやつが怒っているのか分からなかった。


「いいかげんその上からの態度やめたら?」 


「上からって何が? 俺はただ女の子がデートで何をしてもらったら喜ぶのか知りたいだけだ」


「そんな必勝法みたいなものあるわけないじゃん」


「えっ、だってYouTubeとかネットにはあるって」


 パソコンで調べたサイトや動画のサムネイルを見せると美郷は大きくため息をつく。そしてもっともらしい言葉を並べた。


「これだから非モテは……あのねそんな薄っぺらな知識を鵜吞みにしていたら一生女の子を喜ばせることなんてできないよ。特に一回目のデートっていうのはお互いの波長が合うかどうかを確かめるためのものでお付き合いをすることがゴールとしたら言わば試しの回。あなたにとって私は害をあたえる人間ではありませんから次も会ってくださいって次につなげることが目的なの。なのに、なのに最初からいいカッコつけようとして気合い入れてたら女の子は警戒しちゃうでしょ」


「そ、そういうものか……ってそれじゃ俺が一方的に好きみたいじゃないか」


「舞い上がってパニくってるじゃん」


 妙に納得感のある物言いに腰を下ろして向き合う。首筋と額に汗をかき神妙な面持ちで俯くと、「ただチャンスではある」と短く言った。


「都ちゃんは兄貴のファンだから小説のことをいろいろ聞きたいと思う」


 キャリア的には向こうが数段上だからむしろいろいろ聞かなきゃこちらの方なのだが、なんだか負けた気がするから絶対に聞かない。ただこのままだと頭の中が若槻都に支配されて小説のことを考えることができないからどうにかしたいだけである。美郷は何も知らないとは言え、高槻都に優位な立場で接することができるのは気分が晴れた。


「ところでお金は持ってるの?」


「何も言わずに二千円貸して」


「おバカ、今時二千円でデートできるわけないでしょ、二万円貸すから一万円で服買っていってこい」


「まじで、あざーす!」


 久しぶりに見た渋沢栄一のお札を照明に照らしホログラムで遊ぶ。


「ユニクロでいいから、上から下までマネキン買いしなよ、そうすれば兄貴でも清潔感でるし、あとハンカチも忘れないで」


「なんでハンカチ?」


「持ってて損はないから」


「あぁはいはい、分かった、分かった」


「いや、絶対分かってない。やっぱりあたしがコーディネートするわ」


「あぁじゃあ頼むわ」


 助かった。そろそろ次のアルバイトを探さないと再来月の家賃は払えなかったのでこれで少しは足しになる。


「金は出世払いでまとめて返すよ」


 だらしなく欠伸をして横になると美郷が思い切り腹を叩いてくる。


「おい起きろ、服買いにいくぞ」


「了解しました、でもあと十分は寝させてくれよ、俺はろくに寝てないんだ」


「呆れた」


 まるで備蓄された燃料が切れたように身体が動かなくなる。バカバカしいたかが男女でお茶するだけでどうしてこんなにいろいろ考えなくてはいけないのか。心で悪態をつきながら俺の身体は震えていた。

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