第8話 再開
大学のアーケードを潜り抜けると過去の出来事が無造作に巻き戻されていくような感覚に陥る。
今脳内に呼び起された記憶は自分のデビュー作が出版されてから三ヶ月ほど経った頃のものだった。
大学内にある生協書店に設けられた小さなラノベコーナーに一冊だけ残った俺の本。練りに練った次回作である学園ファンタジーライトノベルだ。指の腹でビニールに保護された表紙を吸いつかせるようにして手に取る。奥付を見ることはできないが、なかなか重版がかからないところを見るとため息が止まらない。
あんな嫌な思いは二度としないと誓ったのにその後同じような思いを続けた結果がこれである。
「兄貴ここ」
回想に浸っている間に目的地についたらしい。在学中には文藝サークルがどこにあるかなんてまったく気にしたことはなかったが、経営学部棟の北一教室で活動しているとは。
「美郷ちゃん」
美郷がドアを開けたと同時に人影が動いた。俺は促されるまま教室に足を踏み入
れ呆然とする。
彼女は美郷がいうように美人だった。
深い茶色の瞳を縁取るように伸びた長いまつ毛や二重まぶたが印象的で、微塵も日焼けの形跡がない白い肌は同じ国で生まれた人間とは思えなかった。
混じりけのない綺麗な黒髪ボブは童貞度が高ければ高いほど突き刺さり、小さく水平に結ばれた口元が緩んではにかむ。
「月見里先生、デビューされたあの日からファンですぅ。あのぉここにサインしてくれへん?」
そう言って俺の本をぬいぐるみのように胸に抱えながら近づいてくる彼女の笑顔は米国のB級ホラーよりも気味悪く感じる。
俺にとってどんな存在よりも質が悪い。高槻都との三回目の出会いは背中が震えるほどの恐怖だった。
☆☆☆
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