第3章 再会の灯 (後編)
夕暮れが街を包み始めたころ、
陽介はハンドルを握りながら、何度も信号に映る自分の顔を見つめていた。
――緊張なんて、もうしないと思ってたのにな。
バックミラーに映るのは、少し汗ばんだ額。
それでも心の奥には、10年前の“あの約束”が、今も変わらず息づいていた。
『帰ってきたら、迎えに行く。必ず。』
あの日、夕暮れの校舎裏で交わした言葉。
泣き笑いの彼女に、何もできなかった自分が唯一残した約束だった。
⸻
空港の出口。
ガラスの向こう、見慣れた髪の揺れを見つける。
陽介の足が止まる。
“……里奈。”
彼女もこちらに気づき、驚いたように目を見開いた。
少しの間、言葉が出てこなかった。
10年分の沈黙が、空気を震わせるようだった。
「……本当に、迎えに来たんだね。」
里奈の声が、少しだけ震えていた。
陽介は笑って、言葉を返す。
「当たり前だろ。約束、したからな。」
その瞬間、里奈の目に光が宿った。
昔と同じ、まっすぐな瞳。
ただそこにあるだけで、陽介の胸を静かに満たしていく。
「……おかえり、陽介。」
「ただいま。」
その言葉だけで、過ぎた10年の距離が少し縮まった気がした。
ー翌晩ー
夜の街が灯に包まれていた。
ガラス越しに街を見下ろすレストラン。
テーブルには二つのグラスと、淡い光を映すキャンドル。
陽介は深く息を吐いた。
胸の鼓動が少し速い。
彼の目の前には、静かに笑う里奈がいた。
「まさか、ほんとに……迎えに来てくれるなんて思わなかった。」
「約束しただろ。帰ってきたら迎えに行くって。」
里奈はグラスの縁を指でなぞりながら、小さく頷く。
「……十年も経ったのに、まだ覚えてたんだ。」
「忘れるわけないよ。」
陽介は真っ直ぐに彼女を見た。
「俺の中では、ずっと昨日のことみたいだったから。」
言葉が止まり、ふと笑いがこぼれる。
こんなにも心が穏やかな時間を、どれだけ待っていただろう。
「陽介、変わったね。」
「そうかな。」
「うん。前はもうちょっと、不器用だった。」
「それは……たぶん、今もあんまり変わってない。」
二人の間に、柔らかな沈黙が落ちた。
窓の外では、夜景の光がゆっくり瞬いている。
陽介はポケットから小さな箱を取り出した。
箱の中で、細いリングが光を受けて輝く。
「……里奈。」
その声に、里奈の肩が小さく揺れた。
「俺、あの時からずっと、想ってた。
離れてても、どれだけ時間が経っても、心の中にいたのは里奈だけだった。」
「……陽介。」
「だから、もう離したくない。
一緒にこれからの時間を生きてほしい。
きっとこれからも喧嘩したりすれ違ったりすると思う。けど里奈とならどんなことも乗り越えていけると思ってる。
そしてなにがあっても幸せにする。
お願いします。」
言葉は震えていたが、まっすぐだった。
彼の目には、迷いが一つもなかった。
里奈の目から、静かに涙がこぼれ落ちた。
それでも彼女は笑った。
「……ずるいよ。十年も待たせて、そんなこと言うなんて。」
「ごめん。でも、待っててくれてありがとう。」
彼女は手を伸ばし、指先で陽介の頬をなぞった。
その瞬間、彼女の涙が一粒、彼の手に落ちた。
「……うん。私でいいの?」
「他に誰がいる。」
答えはそれだけで十分だった。
里奈は微笑み、静かに頷いた。
夜景の光の中、二人の影がゆっくりと重なった。
窓の外に広がる街の灯が、まるで祝福するように輝いていた。
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