第一章 春、再び始まる日々の中で(後編)

教室の席に座った遼は、少しだけ緊張していた。

新しい匂い、知らない顔、どこかぎこちない笑い声。

そのとき、担任が名簿をめくる音が響く。


「芹沢の隣は……橘 美桜さん。」


遼は顔を上げた。

椅子を引く音がして、隣に腰を下ろしたその子が、こちらを向きやわらかく笑った。


「あ、よろしくね。」


その笑顔は、入学式の日、花びらの中で見た笑顔と同じだった。


「……ああ、よろしく。」

遼は照れ隠しのように目をそらした。


美桜は筆箱から丁寧にシャープペンを取り出し、ノートに日付を書いていた。

その文字が、どこかまっすぐで、きれいだった。



放課後。


校舎の影が長く伸びて、夕焼けが街を染めていく。

遼と陽介は自転車を押して歩いていた。


「なあ、遼。今日の隣の子、可愛かったな。」

「誰のことだよ。」

「お前の隣の橘さんだよ。お前、全然しゃべってなかったけど、目線泳いでたぞ。」

「気のせいだ。」

「いや、完全に気のせいじゃねぇ。お前、惚れたな?」

「バカか。まだ名前覚えたばっかだ。」

「名前覚えただけでそれ言うやつほど、だいたい本気だぞ。」


遼は笑いながらも、内心では少し動揺していた。

“惚れたな”なんて言葉を使うのは簡単だ。

けれど、美桜の笑顔を思い出すたび、胸の奥が静かに熱を帯びる。


――また、明日話しかけてみよう。


その小さな決意が、季節を少しずつ変えていった。

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