第一章 春、再び始まる日々の中で(前編)

あの春、空はどこまでも青かった。


制服の襟を指で整えながら、芹沢遼はまだ見慣れない校舎を見上げた。

街の外れに新しく建ったこの県立高校は、どこか整然としていて、彼には少し眩しかった。

吹き抜ける風が、桜の花びらを校門の前に巻き上げていた。

花びらの中を、楽しそうに写真を撮り合う生徒たち。

その中で、遼はひとり立ち止まり、青空に浮かぶ白い雲を見つめていた。


「……高校、か。」


幼なじみの今井陽介が横で笑う。

「なんだよ、入学早々じーんとしてんの?まだ始まってもねぇのに。」

「うるせぇよ。別にじーんとかしてねぇし。」

「はいはい。で?早速目ぇつけてる女子とかいんの?」

「いねぇよ。」

「嘘つけ、芹沢遼様。中学ん時からモテモテで、こっちが勝手にチョコ預けられた被害者だぞ、俺。」

「お前が勝手に食ったんだろ。」

「まあな。」


くだらない言い合い。

でも、こういう時間が好きだった。

桜が風に乗って、陽介の肩に舞い落ちる。


校門をくぐるとき、ふと視界の隅に見えた。

その子は、髪をゆるくまとめ、胸の校章を両手で押さえながら、誰かと笑っていた。

その笑顔が、ほんの一瞬、春の日差しより眩しかった。


遼は自分でも理由がわからず、足を止めた。

――ああ、たぶん、この子は。


名前も知らない。

けれど、心のどこかが“覚えておけ”と告げていた。

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