魔眼の勇者の帰還──現実世界でも最強です。
猫撫子
第1話 ただいま、地球──でも、なんかつまんねぇ!
「……帰ってきた、のか?」
まぶしい光が消えた瞬間、足元に感じるのはアスファルトの感触だった。
見慣れた住宅街。電柱、コンビニ、遠くから聞こえる犬の鳴き声。
──間違いない。ここは俺の世界、地球だ。
「マジかよ……。異世界から、ちゃんと帰ってこれたんだな。」
十五歳、天城リク。
二ヶ月前──突然の光に包まれ、異世界へ召喚された。
「魔王を倒してくれ」とか言われて、いやいやながらも戦って、結局ほんとに倒してしまった。
「はは……。あれ全部、夢じゃなかったんだな。」
思い出すのは、あの女神の顔だ。
白いローブを纏い、金の髪をふわりと揺らす女。
『あなたに、七つの魔眼を授けます。どんな運命も見通し、切り開く瞳です』
──そう言われて授かったチートスキル。
そのおかげで、勇者でも魔法使いでもない俺が、魔王をぶっ飛ばせた。
「……でもさ、」
リクは空を見上げる。
青い、雲一つない、あの世界とはまるで違う空。
「こっちの世界、平和すぎて退屈なんだよな。」
異世界じゃ毎日が命がけだった。
でも今は、ただの中学生。
剣も魔法もない。あるのはスマホとSNSだけ。
……いや、ひとつだけ違う。
“七つの魔眼”は、そのまま残ってる。
リクは試しに、右目を軽く開く。
瞳が一瞬、深紅に光った。
「識眼(しきがん)、起動──っと。」
すると、視界の中に情報が流れ込む。
木々の水分量、電波の波、近所のネコの体温まで。
「……うわ、うるせぇ。情報量、多すぎ。」
スイッチを切るように意識を戻すと、瞳の色が通常に戻った。
魔眼の力、まだ健在。
あの女神、案外律儀にお土産くれたらしい。
「さて、とりあえず……学校行くか。」
◇ ◇ ◇
次の日。
リクは制服姿で教室のドアを開けた。
「おー、天城! 二ヶ月もどこ行ってたんだよ! 行方不明扱いだったぞ!」
「え、あー……まぁ、ちょっと海外に。」
「マジかよ! いいな! モテた?」
「いや、魔王倒してきた。」
「は?」
クラス中が一瞬静まり返る。
が、すぐに笑い声が巻き起こった。
「はっはっは! 天城、相変わらずだな! そういう中二病キャラ、嫌いじゃねぇ!」
──うん、平和だ。
異世界じゃ、俺が「冗談言う暇もない戦場」にいたのにな。
昼休み。
屋上でパンをかじっていると、聞き慣れた声がした。
「……あんた、変わったね。」
振り向くと、クラスの委員長・黒羽ミサキが立っていた。
黒髪ロングの美少女。昔から真面目すぎるのが玉にキズ。
「ん、そうか? 背はちょっと伸びたけど。」
「そういうことじゃないの。目が……違う。前より、怖い。」
リクは少し目を逸らした。
まさか魔眼の影響を感じ取ってる?
「気のせいだろ。寝不足なんだよ。」
ミサキはジト目で睨みつつも、それ以上は追及してこなかった。
だが、彼女の言葉が頭に残る。
──怖い、目。
確かに。七つの魔眼のひとつ、“識眼”が発動していたら、
相手は無意識のうちに“視られている”感覚を覚えるかもしれない。
「……制御、気をつけねーとな。」
その時だった。
下から、喧嘩の怒鳴り声が聞こえた。
「おいテメェ! 俺のバイクに触ってんじゃねぇ!!」
学校裏の駐輪場。
見ると、派手な金髪の上級生が、後輩を壁に叩きつけていた。
ミサキが眉をひそめる。
「……また加賀レイジか。問題児ね。」
リクはパンを口にくわえたまま、のんびり立ち上がる。
「んじゃ、行ってくる。」
「止めるの? 先生呼んだ方が──」
「いや、俺が行った方が早い。」
屋上から身を乗り出す。
瞬間、リクの瞳が紅に光った。
「瞬眼(しゅんがん)──起動。」
次の瞬間、彼の姿は消えた。
そして地面に現れたのは、加賀レイジの背後。
「よー、昼間っから元気だな。」
「っ!? ど、どこから出てきやがった!?」
「まぁまぁ、落ち着けって。」
レイジが拳を振りかざした瞬間、リクは左目を開いた。
「封眼(ふうがん)──」
レイジの拳が、空中でピタリと止まる。
時間が止まったように動かない。
「な、な……体が、動かねぇ!?」
「暴力、ダメ。平和第一。」
リクが軽く指を鳴らすと、レイジの体は解放され、同時に後方へスッ転んだ。
「……何、今の。」
階段を駆け下りてきたミサキが、信じられないものを見るような目でリクを見つめた。
リクは軽く笑って、肩をすくめる。
「ちょっと、手品だよ。」
「手品……? あんた、やっぱり変だよ。」
──まぁ、そう思うだろうな。
異世界帰りのチート少年。
地球でも、結局やってることは変わらない。
「ふふ、面白くなってきたじゃねぇか。」
青空を見上げて、リクは小さく笑った。
平和な世界でも、退屈してる暇なんてなさそうだ。
あとがき
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