第2話 研修

第2話

時刻は午前4時。

起床を促すアラームの音に混じって、戸を叩く音が聞こえる。

こんな時間に訪問者?

回覧板にしては非常識な時間だし、宅配は何も頼んでいない。

もしかして借金取り?

いや、そんなはずは無い。

毎月の額は返しているはずだ。


ドアスコープ越しに外の様子を伺う。

相手は20代前半くらいのめっちゃ身長が高い女性。

パリッとしたスーツに身を包んだ仕事ウーマンみたいな感じの人。

特に苛立ったり焦ったりはしていない様だ。


「ツムギさーん?」


「ッ!?」


今確かに『ツムギ』って言ったよな?

『工藤ツムギ』

これがアタシの名前。

何故それを初対面のコイツが知っている?

やっぱり借金取りなのだろうか。

と、とりあえず出よう。


呼吸を整え、ドアノブに手をかける。

色んな不安が頭をよぎる。

ここで出なかったら問題を先送りにするだけだ。

意を決し、ドアノブを回す。


「は〜い。 な、なんでしょうか……?」


「あっ。 すみませんこんな非常識な時間に。 でもタイミング的に貴女が起床する今が丁度いいかなと」


え?

起床する時間まで把握されてんの?

借金取りって怖……。


「あ、あの……借金なら毎月しっかり返してるはずですが……」


「………? あ、あぁごめんなさい。 不安にさせてしまいましたか。 私は、こういう者です」


推定借金取りが指で宙に円を描く。


「見たことあるでしょ、これ」


「は……え? これって……あの」


借金取り?が見せてきたのは、見覚えのあるあのおもちゃだった。

一体何処から出した……?

昨日に引き続き、不思議な事はまだまだ起こるようだ。


「はい、昨日貴女が使っていた〝魔法のステッキ〟です。」


「な、なんで知ってんスか……」


「それは見てたからです。 私が怪物を倒そうと現場に向かったら、何故か別の魔法少女が戦っていて……。 で、その後友人に頼んで貴女の事特定してもらいました」


結構プライバシーの侵害だな。

と言うか自然な流れで出てきたけど。


「あの、怪物とか魔法少女って……なんスか?」


怪物はギリギリ分からなくもない。

アタシが昨日戦った黒焦げ腕デカのことだろう。

幻覚だと思っていたが……もしかして実在するのか?


「今日は貴女にそれを知ってもらうために来ました。 あ、今からバイトですよね?」


「なんで知って……って特定したからか……」


「えぇ。 ですがバイトに行く必要はありません。 貴女を今日付けでクビにさせて頂きました」


………。

プライバシーの侵害どころの話じゃ無いな?

何十回と面接を重ねてようやくGETしたバイト先を……クビ……?


「だ、大丈夫ですか? 凄く具合が優れなさそうですが……って……。 あれ、気絶しちゃった? おーい」


ダメだ……生活終わった……。

意識を保っていられない……。

こんな意味不明な事に巻き込まれてアタシの人生終わるんだ……。

あ、せめて……せめて望愛だけでも幸せ……に……。


***


「ん……んん〜。 よく寝たぁ……」


「おはようございます」


「うわぁっ!? い、いつからそこに……」


「8時間前からです」


8時間もずっとアタシと添い寝してたのか……?

と、と言うかバイト!

8時間も遅刻したら怒られるじゃ済まない。


「あ、あの! 離してください! アタシバイト行かなきゃいけないんで」


「だから言ったじゃないですか。 バイトはもうクビになったんです。 これからは私と働きましょう」


彼女はアタシに抱きついたまま離れない。

そこそこ身長はデカい方だと自負していたが、彼女はアタシより20センチ位デカい。

推定190センチ……。

しかもなんか力が強い。


「ほら、担当者が来るまではまだまだ時間がありますから寝てていいんですよ?」


「ちょっ!? おい撫でるな! っておい! どこ触ってんだ!」


どうなっているんだこの女の貞操観念は!

同性だからって初対面で胸を揉んでいい理由にはならない。


ベッドの中で変態と格闘していると、ドアが開く音が聞こえた。

もしかしてこの変態が言っていた担当者が来たんだろうか。


「凛さん? そろそろ給料減らしますよ?」


「げっ。 圭悟」


担当者とやらの鶴の一声……なのか分かんないけれど、変態が私から離れてくれた。


「あ、ありがとうございます……けいごさん?」


担当者も、これまたかっこいいスーツに身を包んだ男性だ。

見た目的に30代っぽい。


「いえ、感謝される程の事では……。 そんな事より仕事の話ですよ。 凛さん、ちゃんとしてくれたんですか?」


「してない」


「減給ですね……」


けいごさんがボソッと呟く。

この凛って人……大人なのに私より子供っぽいぞ。


「……まずは自己紹介からしましょう。 僕の名前は近藤 圭悟こんどう けいご、魔法少女達のディレクター……所謂司令塔の立場の人間です。 これからはよろしくお願いします」


「は、はぁ……。 あ、すみません、アタシの自己紹介の前にその〝魔法少女〟ってのが何か教えてくれませんか?」


こっちは半ば誘拐されてきたようなもんだ。

しかもバイトも強制的にクビだし。

少しくらいわがまま言っても罰は当たらんだろう。


「魔法少女ってのは……一応街を守る警察みたいな役割の仕事ですね」


「守るってのは……その、怪物って奴からか?」


「……凛さん、少しは説明してくれたみたいですね。 えぇそうです。 怪物が街に出てくるのを防ぐのが貴女達の役割です」


警察みたいな仕事……街に出てこないよう防ぐ……。

なんか危険そうだな。


「ち、ちなみに給料はどの位なんスか……?」


「そうですね……働き次第にはなりますが、1回の仕事につき最低3000万くらいでしょうか」


「さんぜんまん!?」


度肝を抜く金額だ。

アタシの年収の……何倍だ?


「命賭けて貰ってるんで、こちらもそれ相応の金額、そして命が失われないよう尽力します」


「えっ……。 アタシ死にたくないんスけど……。 辞退とかって……」


「大変申し訳ないのですが、上からの指示で貴女はこれから強制的に職業が魔法少女になります」


どんだけブラックなんだよ。

死ぬ可能性がある仕事に強制参加とか……。

216連勤が可愛く見えてきた。


「け、警察に相談するぞ! アタシは死にたくなんてないからな!」


「えぇ、結構です。 警察との連携は図ってありますので。 それに、死ぬ可能性がある仕事はほんのひと握りですし、だいたいベテランの方が解決します。 ……そこの凛って人ももう少しでベテランですね」


「あ、やっと触れてくれるんですか。 自己紹介したくてうずうずしてました」


彼女が圭悟さんに向かってピースをする。

それを圭悟さんは呆れたような顔でサラッと流した。


「私の名前は橋本 凛はしもと りんです。 凛、凛ちゃん、凛さん、凛先輩などどんな呼び方でも大丈夫ですよ」


あ、そうか。

まるで先輩の様に思えなかったけど一応この職場では先輩なのか……。

大体頼るのは圭悟さんの方になりそうだけど。


「さて、ツムギさん。 自己紹介お願いします」


「あ、あぁ。 アタシの名前は工藤 ツムギくどう つむぎ……よろしくお願いします!」


「ふふ、可愛らしいですね」


「さっきから子供扱いしないでください。 アタシだって一応次の誕生日が来たら成人なんス」


「冷たいですね……先輩悲しいです」


この人のペースに呑まれるな、アタシ!

こういうウザ絡みしてくる奴は無視だ無視。


「では、お互い自己紹介も済んだ事ですし……ツムギさんが使う装備をお渡ししましょう」


圭悟さんが指をパチンと鳴らすと、昨日の可愛らしいおもちゃが出現した。

凛といい……圭悟さんといい……一体どうやっているんだ……?


「まずは、このステッキを出す練習からしましょうか。 とりあえず……『このステッキを出すぞ!』とイメージして、指パッチンしてみて下さい」


「わ、分かりました……」


「私も最初はやったな〜。 意外と難しいんですよ、これ」


目を瞑り頭の中にステッキのイメージを強く浮かべ、指を鳴らす。

少し鳥肌が立つ感覚がしたあと、目を開けると……なんとアタシの目の前にステッキが出現していた。


「おぉ……! 出来ましたよ! 圭悟さん!」


「まさか1発で成功するとは……」


「WOW」


久しぶりに褒められた。

身体の底から嬉しさが湧き上がってくる。

アタシ、魔法少女の才能あるのかな。


「とりあえず今日はステッキを出す練習と変身の練習にしておきましょう。 3日後までに完璧にしてきて下さい。 ツムギさんならきっと大丈夫です!」


「あ、ありがとうございます!」


「それじゃ、凛お姉ちゃんが手とり足とり教えてます。 圭悟は出て行ってください」


「手を出したらダメですからね? 犯罪ですからね?」


こうして不安を抱えながら、アタシの魔法少女研修が始まった。

借金返済の為にも、一発目の仕事で死なない為にも頑張ろう!

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