canvas〜きみと色を重ねて〜

柚月 寿々

1章 17歳 カモミールティー

第1話

 如月俊介きさらぎしゅんすけは、机の上の進路希望調査票を睨むのに嫌気がさして、ベランダに出ていた。

明確にやりたいことなんて分からない。高校二年で人生を決めろと言われているみたいで。

そんなことを考えながら、隣の家の――幼なじみ、清埜麻里せいのまりの部屋をぼんやりと見つめていた。

 彼女は、生まれつき人の感情が「色」で見える。

怒りは赤。悲しみは青。恨み、嫉み、悪意は黒。不安は紫。

そして、幸せは淡いピンク。喜びは金色――と言った感じらしい。

それに、心の声も聞こえるのだという。

 まだ幼稚園の頃、麻里の世界はもっと広かった。

両家で旅行をしたことが何度かあった。

温泉旅館に行って、コテージから花火を見た。

冬には、雪の積もる町で雪だるまを作った。

家の近くの川沿いは桜の名所で、河川敷にレジャーシートを広げてお花見をしたこともある。

公園で落ち葉や木の実を集めたり、遊具で遊んだりした。

クリスマス・イヴの夜、ベランダに出て星空を見上げ、サンタクロースを探した。

「あれかな?」

「あっちだよ」

「今、リンリンって音しなかった?」――そう言って笑い合った。

 成長するごとに、その世界は少しずつ狭まり、

今では、そのベランダまでが、麻里の“安心できる範囲”になってしまった。

人が多いと、感情の洪水で息苦しくなるらしい。

 小学生になるかならないかのある日、

「しゅんちゃんの分からない。色も声も消えちゃった。ママのもパパのも。」

 ――「信頼すると分からなくなるんだね」

 病院からそう言われたと、帰ってきて報告してくれた。

その言葉の意味を理解できなかった。

ただ、麻里にとって家族以外に落ち着ける存在であったことは間違いない。

 俺の両親のは、今は時々分かるくらいらしい。

だんだん薄れてきたと、この前教えてくれた。

確か、病名だったか症状名を教えてくれたはずだった。

 俺は、その世界を不思議とも、変だとも思わなかった。

 いつだって――そんなの、どうでもよかった。

 麻里は麻里だから。

 診断がついたとしても、変わらない。

 スマホに視線を落とした。

「双子座流星群、来週見れんだ。連れて行きたいな」

俺はボールを手にして、麻里の部屋のベランダにそっと投げ入れた。

“話そう”の合図。昔から変わらない。

カラン、と窓ガラスをかすめる音がした。

カーテンが揺れ、

ゆっくりと窓が開く。

「……しゅんちゃん?」

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