即応機動連隊は機能するのか? 〜大隊戦術群で見る小規模な諸兵科連合部隊の利点と欠点〜

曇空 鈍縒

ウクライナ戦争において大損害を受けた大隊戦術群

 ・はじめに


 ウクライナ戦争によりロシア軍は42万〜72万の人的損失(死者負傷者の合計)を出していると見積もられています。


 また車両の損失も著しく、戦車に限っても、年間200両程度の戦車生産能力を大幅に上回る、1300両もの損害が発生しているのが現状です。

 予備戦車集中保管基地などの保管施設で眠っていたような冷戦時代の旧式戦車がウクライナの最前線で確認されているという情報も多く、ロシア軍の損害が極めて大きいことは明白です。

 さらに言えば、西側戦車に対してロシア製の戦車は乗員の生存性をそこまで重視しておらず、優秀な乗員も含めて失っていると思われます。


 ですが、これだけの大損害を出してなお、各戦線でロシア軍がウクライナ軍に対し優位に戦っているという事実は、末恐ろしいものがあります。そして、ロシアが優位性を保つ理由は、ロシア軍の圧倒的な物量のみに依るのではありません。


 ロシア軍は戦術の領域において、近代の正規戦に適応したのです。


 適応を示す代表的なものの一つが、大隊戦術群の運用停止でしょう。


 大隊戦術群の運用停止。


 これは、非対称戦争に慣れていたロシア軍が正規戦に順応していく上で非常に重要なプロセスであったと、私は考えています。

 では、そもそも大隊戦術群とは何でしょうか? 解説していこうと思います。




 ・大隊戦術群とは?


 大隊戦術群とは、非対称戦(彼我の戦力差が大きい戦争)であるチェチェン紛争の戦訓を受けて編成された部隊です。


 当時のロシアの師団や旅団は、あまりにも規模が大きすぎたために小回りが効かず、しかも輸送コストも重いという問題を抱えていました。

 元々ロシア軍の編成がNATO軍との交戦を意識していたことを鑑みれば、これは当然であると言えます。NATOの機甲師団と対峙するのであれば大規模な編成の部隊は必要不可欠です。


 ですがチェチェンのような非対称戦では、より小回りが効き輸送コストが小さく、独立した作戦行動が可能な部隊が必要とされていました。そうした状況を受けて多数が編制されたのが大隊戦術群です。


 大隊戦術群は、一個あるいは二個の戦車中隊と三個機械化歩兵中隊を中心に、対空砲中隊が一個あるいは二個、対戦車砲中隊が最大三個、そして機械化砲兵が一個により編制されています。そこに旅団隷下の工兵部隊等の支援を付けて、独立して活動させるというのが大隊戦術群の肝でした。


 主な任務は、テロ組織など小規模な戦闘部隊の掃討などです。


 装備はT-90戦車や歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車、迫撃砲、自走榴弾砲、中距離防空ミサイル、多連装ロケット等を保有しており、総員は700〜800名ほどとなっています(支援部隊が付いた場合は最大900名)。


 また大隊戦術群の編制開始の少し前から、ロシア軍は師団中心の編成からより小規模な旅団中心の編成へと変更しており、これにはロシア軍の、軍全体をコンパクトにして志願兵を中心とする少数精鋭の軍隊を作り上げたいという思惑があります。





 ・大隊戦術群の失敗


 しかし実際には、そうも上手くは行きませんでした。


 まず元から深刻な人員不足に悩まされていたロシア軍は、志願兵を中心とするために徴集兵の調達先となる予備役を縮小し、結果として人手不足が顕在化してしまいました。


 特に歩兵不足は深刻で、一部の大隊戦術群については歩兵部隊所属の志願兵が全歩兵の三分の一、数にして200名ほどしかいないという状況に陥っています。

 結局、ロシア軍は徴集兵頼みの状態から抜け出せなかったということです。(ただ海外展開する一部の大隊戦術群については志願兵100%にできているようなので、部隊によって状況がだいぶ異なると思われます)


 基本的に平時から軍隊に勤務している志願兵は、予備役訓練を受けた民間人から集められる徴集兵より遥かに高い練度を有しています。この高い練度というのは、物量を活かしにくい非正規戦において重要になってくるものです。


 例えば少人数で練度の高い特殊部隊も、非正規戦で力を発揮します。ロシア軍は一部の部隊を除き徴集兵に頼っており、よってこの練度が欠けていました。


 そしてロシア軍の人手に関する問題は、他にもあります。


 大隊規模の諸兵科連合部隊を大量に運用するためには、他兵科と連携を取れるだけの高度な教育を受けた下級将校が大量に必要となるのですが、ロシア軍にはそれが不足していました。


 元々、ロシア軍は下級指揮官を兵卒と同じように予備役で補っていました。つまり下級指揮官も兵卒と同じく、有事の際に徴集することにしていたのです。

 しかしロシア政府は、志願兵主体の軍隊を作り上げるために、下級指揮官の調達先であったその予備役制度を削減(民間人将校制度の廃止など)してしまいました。


 結果として今のロシア軍は、平時には下級将校が慢性的に不足しており、有事の際にそれを補充する見込みもないという状態に陥っています。


 その状況でロシア軍は100を超える大隊戦術群を編制しています。まあ、まともに機能するはずがありません。何しろ指揮官が足りていないのですから。

 実際、現在のウクライナ戦争においても、一部のロシア兵捕虜から「小隊長がいなかった」という証言が得られています。下級指揮官の不足は相当に深刻なようです。


 ウクライナ戦争前、ロシア軍はこれまでの対NATOを重視した方針を非正規戦争重視へと転換し、ほぼ全ての師団を旅団に縮小改変して、さらには非正規戦に順応した大隊戦術群を編制しました。


 ソ連時代から続く物量という伝統を切り捨ててまで、西側諸国の軍隊のような少数精鋭の志願兵中心の軍隊にしたかったのに、結局、ロシア軍はこれを達成できなかったのです。


 しかも大隊戦術群自体にも運用上の問題があります。


 大隊戦術群は規模が小さいために側面や背面の防衛には手が回らないのです。

 しかも大隊戦術群にはアメリカ軍の主力となる旅団戦闘団(4000人強で今のロシア軍旅団と同規模)と対峙できるほどの戦力がないため、大隊戦術群によりロシア軍は正規戦を遂行する能力を大きく失ったと言えるでしょう。


 また、戦車や砲兵が大隊戦術群に分散されてしまい、集中運用ができなくなるというのも大問題です。

 相手が対等か対等に近い規模を有する正規戦の場合、突破にしろ機動防御にしろ戦力の集中運用が必要になるのですが、小規模な大隊戦術群に大砲や戦車を分割して配備することで、兵力が自動的に分散配置されることになってしまいます。


 そして何より歩兵不足のため攻撃後の陣地占領に難があり、作戦の幅が狭まってしまうという問題も抱えていました。


 実際、ウクライナ戦争におけるロシアの大隊戦術群は、大量の歩兵が必要な制圧より、少ない歩兵でも実行可能な包囲を好んだそうです。ただ、機械化部隊であるため攻撃力はそこまで悪くないと思われます。


 ただ、一個大隊戦術群は戦車を10〜20両程度しか保有しておらず、重装備を持たないテロ組織等と戦うならともかく、正規軍に十分な攻撃力を発揮するのは厳しいと私は考えています。


 ゲリラの掃討ならともかく、平野で正規軍と戦うのには、大隊戦術群はやや小さすぎました。


 そして、大隊戦術群が抱える様々な問題点を解消できないままウクライナ戦争を始めた結果が、開戦序盤におけるロシア軍の大損害につながります。


 当初は情報戦の勝利によりウクライナ軍に対して優位に立ち回っていたロシア軍ですが、歩兵が少ないために陣地の占領もままならず、制空戦、電子戦に失敗したことで地上部隊がドローン等の攻撃にさらされることとなりました。


 さらには、輸送機で運ばれていたロシア軍の精鋭たる空挺部隊が撃墜され、戦わずして壊滅するという大失態を演じます。


 また、ロシア軍は開戦序盤にヘリボーンによって首都近郊の空港を制圧しましたが、ロシア軍がキーウの占領に失敗したことで彼らは敵中で孤立することとなり、最終的には壊滅という末路を迎えました。


 ちなみに、最終的にロシア軍の先鋒を叩き潰しキーウとウクライナを守ったのは、大量のドローンでも空軍戦力でも機甲部隊でもなく、ウクライナ二個砲兵旅団でした。


 砲兵戦場の女神と呼ばれる彼女らによる圧倒的な火力に対処する術を、ロシア軍は持ち合わせていなかったのです。


 ただ、ロシア軍の作戦失敗の原因の全てが大隊戦術群にあったと言うことはできません。

 制空権奪取の失敗やドローン攻撃、砲火力の欠如など様々な理由が重なり合った結果として、ロシア軍の作戦は失敗したのです。


 ですが、ウクライナ軍という正規軍に対して、非正規戦のために編制された大隊戦術群が有効ではなかったというのは事実でしょう。


 特に火力と歩兵の不足は、ロシアの作戦遂行に極めて大きな影響を及ぼしたのではないでしょうか。



 そうしてロシア軍は大隊戦術群の運用を停止し、現代の正規戦を戦える物量重視の部隊運用へとシフトしていくことになりました。

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