Back to the Past
Kay.Valentine
第1話
藤野和幸は、杉並にある「東都中央総合病院」の呼吸器内科部長のため、忙しい毎日を送っていた。
この病院は、首都圏を中心に展開する巨大病院グループの中心的な存在で、ベッド数は約五百床。各科が揃っており、入院・外来のほか、人間ドックや在宅医療など幅広い医療をしている。
放射線部門にも、放射線科の専門医二名、放射線技師十名がいる。
そして、レントゲン写真、MRIなどを撮影した後は、見落としがないように必ず医師と技師がふたりで読影(レントゲン写真の診断をすること)することになっている。
火曜日午前中の外来診療が終わった後、職員食堂でお昼を食べている時に、和幸は放射線技師からのピッチを受けた。
「先生、お願いがあるんですが…。じつは今日中に読影を済ませないといけない人間ドックの胸部レントゲン写真なんですけれど、あいにく放射線の医師が二人ともインフルエンザでお休みなんですよ。必ず医師と技師がダブルチェックをしなければならない規則になっているんですが、なんとかお手伝いしてもらえないでしょうか」
和幸は呼吸器が専門だったし、午後は時間に余裕があったので、気軽に返事をした。
「じゃあ、二時からレントゲン室でどうですか」
「ありがとうございます。助かります」
二時からレントゲン室で、レントゲン技師の山崎英一と胸部レントゲン写真の読影が始まった。
「何人分ぐらいあるんだ」
「同じグループの周辺病院のもありますので、百五十二人分です」
「そんなにあるのか…。でもまあ、胸部の単純レントゲン写真なのでそんなに時間はかからないだろう。さっと終わらせよう」
和幸は技師の山崎英一と一緒に、モニター上に映し出された写真を念入りにチェックしていき、所見を電子カルテに打ち込み始めた。
心陰影の拡大(心臓が肥大しているもの)、右中肺葉の無気肺(右の真ん中の肺葉がつぶれているもの)、右肺尖部の孤立性陰影(いわゆる昔の結核の痕)などばかりで、健康人相手の検査のため、特に異常な写真はなかった。
三時間以上かかったので、かなり疲れた。
「ありがとうございます。本当に助かりました。実は、放射線科ではインフルエンザが流行っていて、技師も三人休んでいて手が足りなかったんです」
それから半年が過ぎた。和幸は院長に呼ばれた。すぐに院長室に来るように、ということだった。
「実は、困ったことになってね。半年ほど前に、人間ドックの胸部レントゲン写真を読影したのは、えーっ…、君と技師の山崎英一君だったね」
「ずいぶん前のことなので、はっきりとは覚えていませんが…」
「電子カルテの読影責任者の名前が君になっているから、間違いはないだろう」
「はあ…。でも、それがどうかしたんですか」
和幸は首を傾げた。
「今朝、奥さんから連絡があってね。最近、ご主人の咳が続くものだから、他の病院で精密検査したところがだねぇ…、君が陳旧性結核(古い結核の痕)と診断した右の肺尖部の孤立性陰影(右の肺の上部の小さな影)がねえ…、実は初期の肺がんだった可能性があると言うんだよ」
Back to the Past Kay.Valentine @Kay_Valentine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Back to the Pastの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます