最終話 ——金の瞳が捧げる誓い
辺境伯領に戻ってから、季節はひとつ巡った。
魔獣の核を巡る研究は、フィオナの手によって確かな成果をあげ、王都にも正式に報告されることとなった。
しかしフィオナを奪うつもりはない、というエドガーの強い意志によって、王は彼女を辺境伯領に留めることを正式に認めた。
そして迎えた、静かな夜。
フィオナは研究室で最後の報告書を綴っていた。
淡い銀の髪がさらりと揺れ、アメジストの瞳は蝋燭の灯りでほどよく潤む。
「……これで、全部……終わりです」
小さく息をつくフィオナを、入り口からじっと見つめる影があった。
「ご苦労だったな、フィオナ」
金の瞳をやわらかく細めたエドガーだ。
「エドガー様……終わりました。すべて」
「そうか。……お前がこの領に来てから、随分な時間が経ったな」
「はい。でも……あっという間でした」
そう言ったフィオナの表情は、以前よりずっと柔らかい。
研究者としての静かな誇りと、ひとりの女性としての幸福が、その顔に滲んでいた。
エドガーはゆっくりと歩み寄り、彼女の前で膝を折る。
「フィオナ」
「……エドガー様?」
「研究が終わり、王都への報告も済んだ。もう、どこにも行く必要はない」
フィオナの胸がどくんと高鳴る。
「……ずっと、ここにいても……いいのでしょうか」
「当然だ。お前が望むのなら、何千回でも言う」
エドガーは彼女の手を取り、その指先にそっと口づける。
フィオナの身体が小さく震えた。
「俺は……お前を失うことを、どの戦場より恐れていた」
「エドガー様……」
「魔獣との戦いは終わらん。王都と辺境の均衡も、きっとこの先揺らぐ。
だが——」
金の瞳が真っすぐ彼女のアメジストを射抜く。
「俺はお前となら、どんな未来でも歩んでいける。
フィオナ、お前が……俺の光だ」
胸が熱くなり、フィオナは唇を震わせる。
「……わたくしも……エドガー様の隣にいたいです。
研究者としても……妻としても……ずっと」
その言葉に、エドガーの表情がわずかに崩れた。
強さの中にある、優しい男の顔。
「……なら、聞かせてくれ」
エドガーはフィオナの腰を引き寄せ、そっと抱き上げる。
驚いた声をあげるフィオナを、彼は軽々と抱えたまま寝室へ運んだ。
「エ、エドガー様!? 歩けますからっ……!」
「いい。……今夜は、俺が抱いていたい」
ベッドにそっと降ろされ、銀髪がシーツに広がる。
そのままエドガーは隣に座り、フィオナの頬に触れた。
「フィオナ。もう一度だけ聞く」
金の瞳が、静かに熱を帯びる。
「これから先の人生……俺の隣にいることを、望んでくれるか?」
フィオナは微笑みながら、彼の手に自分の手を重ねた。
「……はい。
わたくしは、あなたのそばにいたいです。
あなたを支え、研究を続け、笑って……泣いて……
生きていきたい」
次の瞬間、フィオナの身体はしっかりと抱きしめられた。
「なら……俺も、お前のすべてを守ると誓う」
額にキス、瞼にキス、最後に唇へ——
触れるだけの短いものなのに、胸が熱く焼けるようだった。
「エドガー様……」
「……愛している、フィオナ」
その言葉が、彼女の心に優しく落ちる。
フィオナは胸に顔を埋め、そっと囁いた。
「わたくしも……あなたを、愛しています」
静かな夜。
暖炉の火が揺れ、二人を温かく包み込む。
研究者と辺境伯。
魔獣と核に縛られた運命の中で、やっとたどり着いた答え。
——互いを選ぶこと。
——互いを守ること。
そして、どんな未来が来ようとも、二人で歩むという誓い。
こうして物語は、静かで甘い終わりを迎える。
恐ろしいと噂の辺境伯に嫁ぎましたが、魔獣オタクな私は幸せです はるさんた @harusanta
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