第16話 核と誓い

王都の玉座の間は朝の光に照らされ、豪華な装飾がきらめいていた。

だがその煌びやかさとは裏腹に、室内の空気は張り詰め、フィオナの胸の鼓動は早まるばかりだった。


「フィオナ・ヴァルトグランツ、あなたの研究成果を王都に持ち帰るように命じる!」

陛下の声は威厳に満ち、怒気を帯びている。


フィオナは握りしめた手を胸の前に重ね、小さく息を呑む。

「陛下、私はエドガー様のそばでしか研究を続けられません。もし私が王都に連れて行かれたなら、この研究はもう続けられないのです」


陛下の眉が鋭く寄せられる。

「だが、この成果は国にとって重要だ! 一人の都合で止めるつもりか!」


緊張で思わず肩を震わせるフィオナの視線に、漆黒の髪と金の瞳を光らせたエドガーが前に進み出る。

「陛下、王都に持ち帰ることを望まれるなら、核は二度と渡さない」

低く、揺るぎない声だ。


「なんだと?」

陛下の声に、わずかな動揺が混じる。


「この核は、フィオナがここで私と共にいるからこそ、初めて研究され、活かされるのです。

もし王都に奪われるなら、核を渡すことも、討伐を続けることもやめます」


フィオナは静かにエドガーの腕に手を添え、深呼吸する。

「……私も、エドガー様と共にあることで初めて研究ができます。どうか、それだけはご理解ください」


陛下は唇を固く結び、しばらく沈黙する。

「……まさか、討伐も止めると?」


「ええ。毎日魔獣と戦っている私たち辺境伯の部隊と、王都でぬくぬく育つ騎士団と、どちらが強いかははっきりしています」

エドガーの声には揺るぎない自信があった。


フィオナは微笑む。

「陛下、研究も討伐も、私たちに任せていただけませんか?

王都の方々に迷惑をかけず、しかし成果を生かすことができます」


陛下は深いため息をつき、目を伏せた。

「……わかった。だが、覚えておけ。王都はお前たちを見守っている」


その瞬間、フィオナの腰が思わず抜けそうになる。

緊張と安堵が一気に押し寄せ、体がふわりと宙に浮くように感じた。

胸の奥がぎゅっと締め付けられ、足元の力が抜けてしまいそうだ。


「……っ、エドガー様っ」

思わず声が震え、目が潤む。


エドガーはすかさず彼女を抱きしめた。

柔らかく温かい体温が伝わり、胸の鼓動が重なる。

「よく頑張ったな、フィオナ」

低く優しい声が耳に届く。フィオナの肩が震えるたび、エドガーはそっと体を寄せ、守るように抱きしめた。


「……はい、ありがとうございます、エドガー様」

フィオナの声はかすかに震えたが、緊張は少しずつ溶けていく。


ふと顔を上げると、エドガーの金の瞳が真剣に彼女を見つめていた。

その視線に、心の奥底にあった不安も、すべて溶けていくようだった。


「怖かったな……でも、もう大丈夫だ」

エドガーがそっと彼女の背をなでる。

フィオナは顔を胸にうずめ、安心した息を吐いた。


「……はい、エドガー様」

小さな声でも、心の奥まで届く感謝と甘さが溢れていた。


玉座の間の重苦しい空気も、二人の間に流れる温かさで柔らかく包まれた。

王都の命令も、陛下の視線も、この瞬間だけは二人に届かない。

緊張の後の静かな安堵――それが、二人の絆をさらに深める瞬間だった。



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