最終的にXXXにされる

朝霧

第一話

 そういうわけで土御門は左腕を骨折した。

 幸い利き腕ではない左腕だったが、十五歳になった直後かつ三級ライセンスをかろうじて取得したタイミングでのことだった。

 孤児の生活保護は十五歳になるまで、狩猟者として安定して生活できるのは基本的にライセンスが三級以上の者だけ。

 生活保護の年齢から抜け出してしまったもののどうにか安定して稼げそうだと油断したのが悪かったのだろう、土御門の左腕はぼっきり折れた。

 全治三ヶ月と診断された土御門の所持金はそれほどない、一月程度なら切り詰めればどうにかなったかもしれないが、三ヶ月は無理であった。

 これからどうすればいいのか、借金に手を出したくはないが手を出す必要があるのか、と思い悩む土御門がいつもの宿に戻ると、女将に名を呼ばれた。

「はい、なんでしょうか」

「これ、健診の結果。さっき届いた」

 そう言って土御門が渡されたのは薄青の封筒だった、土御門は礼を言いつつそれを受け取って、トボトボと部屋に戻った。

 荷物をその辺に放って、封筒を開く。

 特に何も問題もなくいつも通りの結果だろうと土御門はたかを括っていたが、見知らぬ、そして目に留まりやすい派手な配色の紙切れが入っていることに気付いた。

 土御門は紙切れに書かれた文字を見る。

「準マナ過多者……私が?」

 去年は平均よりも少し多い程度だったマナの数値が大幅に上がっていた、そのため土御門は準マナ過多者であると診断されたらしい。

『準』がついていなければ問答無用で籠の名を冠する町に隔離されるという話を土御門は知っていたが、『準』がついた場合にどうなるのかは覚えていなかった。

 そういえばと土御門は思い出す、最近やたら魔物に狙われやすくなったというか、気付かれやすくなっていたな、と。

 おそらく土御門のマナの量が増えたからそんな事態になったのだろう。

 準がついていない方のマナ過多者はとにかく魔物に狙われやすくなるらしく、それが原因で甚大な被害が発生することもある。

 だからこそ特定の区画に隔離されるという話だが、土御門のように『準』の場合はどうなるのだろうか?

 その答えは紙切れに記載されていた、それを読み上げた後、土御門は折れた左腕と紙切れを交互に見て、深く考え込みはじめた。


 翌日、土御門は役所に向かった。

 今後どうするにしても、一度その意思を役所に伝えて色々と書類を書く必要があるらしい。

 相談も受けてもらえるとのことだったので土御門は自分の番が回ってきた後、受付の若い女に質問をし始めた。

「その……準マナ過多者の場合、『籠』に保護してもらうか今まで通り普通に生活するか、どちらか自由に選べるとのことなんですけど……」

 土御門の質問に受付の女は是と答えた。

「実はご覧の通り腕を骨折してしまいまして……治るまで『籠』に滞在するとか、そういう都合のいいことってできますか?」

 ダメ元の質問だったが、意外なことに返ってきた答えは是だった。

 というか受付の話によると準マナ過多者が狩猟者の場合、割とよくあることらしい。

『籠』での働かずとも衣食住が保障された生活から抜けられずそのまま堕落するような者も珍しくはないらしいが、怪我を負っている時だけ『籠』に滞在する者の方が多いらしい。

「でしたら、腕が治るまでどこかの『籠』に滞在したいです。全治三ヶ月程度らしいので、そのくらいの期間……」

 そんなうまい話があっていいのだろうかと思いつつ土御門がそう頼んでみると、受付の女は特に表情を変えず、当たり前のように書類をささっと用意しはじめた。


 書類を書いて、滞在先の『籠』を決めた数日後、土御門はその『籠』に移動することになった。

 土御門が滞在する予定の『籠』は『花籠』と呼ばれる町だった。

 土御門の生まれ故郷であると同時に現在の拠点でもある前線からさほど遠くない場所にある『籠』だ。

 近場すぎてこの前線からわざわざ『花籠』を選ぶものは少ないらしい、療養目的なら観光も兼ねて遠くにある『揺籠』を選ぶもののほうが多いそうだ。

 土御門も実は迷ったが、『揺籠』だと自分が堕落する可能性が高そうだったので近場でかつ面白みがその名の通り花くらいしかないらしい『花籠』に行くことにした。

 最低限の荷物を詰め込んだ鞄を抱えた土御門は指定されたバスに乗り込む。

「すみません、こちら『花籠』行きのバスであっていますか?」

 念の為運転手に聞いてみると「そうですよ」という答えが返ってきたので、土御門は安心してバスの真ん中あたりの席に座る。

 電車で向かえないこともないのだが、『籠』に入るためには特殊なゲートを通る必要があるため電車から直接『籠』に入ることはできないらしい。

 なので直通のバスを使用したほうがいい、というか使用してくれと役所から伝えられていたので、土御門はその通りにした。

 数分後にもう一人女性が乗り込むとバスが静かに発進した、土御門は二人だけなのかと多少驚いたが、この前線から『花籠』に行く者は少ないらしいのでそんなものなのだろうと思った。

 窓の外の景色が流れていくさまを土御門はぼーっと眺める、眺めているうちになんだか眠たくなってきた土御門は大きく欠伸をした。

 寝てしまおうか、いや、すぐに着くだろうから起きていたほうがいい、そもそもなぜ急にこんなに眠くなってきたのだろうか。

 そんなふうにごちゃごちゃと考えるがその全てが眠気によって押し流され、土御門は完全に眠りについてしまった。


 誰かの声が聞こえてきたので、土御門は目を開き、飛び起きた。

 土御門は起き上がると同時に周囲を見渡し、反射的にネックレスを掴んだ。

 何故ならそこはバスではなかったからだ。

 全く見覚えのない、土御門には全く馴染みのない高級そうな内装の広い部屋だった。

 土御門はその部屋にあるなんだか豪奢な見た目の大きなベッドに寝かさせれていたらしい。

 ベッドの傍には土御門と同じくらいの年齢に見える少年が立っていた、眠り込んでいた土御門を覚醒に導いたのはどうやらその少年の声であったらしい。

「あ、起きた」

 少年はそう呟いた。

 随分と見目のいい少年だった、前線にはいない柔らかい雰囲気の少年だ。

 土御門は状況が全くわからなかった。

 握ったままのネックレスのチャームが元の形に戻る様子はないので、土御門はこの場所が少なくとも前線ではないのだろうと推測する。

 大型種の武器が使用できるのはこの国では前線だけだ、Aクラス以上の警報が出ればどこであろうとロックが外れて使用できるようになるが、そういった事態はここ数年ではあまりない。

「ここは、どこですか?」

 硬い声で土御門は少年に問いかける、少年は穏やかな表情で口を開いた。

「ここは君が来る予定だった『籠』の中だよ。……バスがついても目を覚まさなかったから、そのままここに連れてきてもらったんだ」

「え」

 少年の言葉が真実なら土御門はあんな短期間で居眠りした上に、バスが目的地についても目を覚まさず惰眠を貪っていた、ということになる。

 そういえば骨折と心労その他で最近あまり眠れていなかったのだった、と土御門はここ数日のことを思い出す。

 土御門は思い切り顔をこわばらせた、そんな土御門の顔を見て、少年が小さく笑った。

 人懐っこそうな笑顔だった、嘘を吐いている人間の顔ではなかった。

「余程疲れていたんだろうね。ここに運び込まれてからも一時間くらい目を覚まさなかったし」

「この度は大変なご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません」

 土御門は深々と頭を下げ、心の底からの詫びの言葉を口にしたのだった。


 少年は穏やかな笑みを浮かべたまま謝る必要はないと言ったが、土御門はその笑顔にただ肩身が狭くなるだけだった。

 いっそ貶されたほうが気が楽だった、と思いつつ土御門はあらためて周囲を見渡す。

 そこは高級そうな内装の広めの部屋だった、それを見た土御門は何か違和感を覚えたが、その違和感の正体がなんなのかをあてることはできなかった。

 遠い昔にテレビで見た高級ホテルのスイートルームのようだ、と土御門は内装や豪奢なベッドを見て思った。

 しかし、土御門は何故このような部屋に運び込まれたのだろうか。

 案内に書いてあった説明によると確か『籠』の短期滞在者には『籠』内部の宿泊施設の一室が無料で貸し与えられるという話だったが、無料なだけあって人が生活するために最低限必要なものだけが揃えられた質素な部屋しか貸し出されないということだったはずだ。

 しかし今土御門がいる部屋は質素や最低限という言葉とはかけ離れている、一体どういうことなのだろうかと土御門は首を傾げた。

 というかそもそもこの少年は何者なのだろうか、この宿泊施設の職員か何かなのだろうか、と土御門は考えたが、少年の格好を見て何かがおかしいと思い直す。

 あまりにも綺麗な顔をしていたため今この瞬間まで土御門は少年の顔しか見ていなかったが、少年が身に纏っているのは宿泊施設の職員が着ていそうな制服などではなく、白衣だった。

 遠い昔に見たドラマに出てきたマッドサイエンティストが着ているような、普通の白衣。

 スイートルームのようなこの部屋にはあまりにも似つかわしくない、異質な格好だった。

 そんなことを考える土御門の服装も戦闘服だったので、人のことを言う前に自分の格好を見直せと言われそうだなと土御門は思った。

「ええと……ここが『花籠』の中の宿泊施設の一室……おそらく私が借りる予定だった部屋の中、というのは把握しました。把握しましたが……なんでこんな高そうなお部屋が私なんかにあてがわれているんです?」

 もしも土御門のライセンスが特級だったらこのようなVIP待遇もあるのかもしれないが、土御門のライセンスは三級である。

 三級は世間的にはやっと一人前程度の実力である、土御門に関しては三級になりたてなので一人前どころか駆け出しのペーペーだった。

 直近どころかこれまでの戦歴を思い返しても特別強い魔物を屠ったとかそういうことも一切ない。

 ひょっとして『籠』の金銭感覚って狂っているんだろうか、と土御門は思うが、案内の本に載っていた写真を思い返して否定する。

「ひょっとして誰かと間違われてません? 私、こういうものなのですが」

 土御門は自分と一緒にこの部屋に運び込まれていたカバンの中から財布を取り出し、さらにその中から自分のライセンスを抜き取って少年に提示した。

 少年はそれを見て、小さく頷く。

「人違いなんかじゃないよ」

 人違い説を否定された土御門はますます混乱した。

「人違いでないのなら、何故こんな高そうな部屋に? 私、大して活躍してない三級なのですが……」

「それは僕のせいだね」

「はい?」

 自分のせいだという白衣の少年の顔を土御門は見る。

 血気盛んか死んだ目をした異常者ばかりの前線ではお目見えすることはまずない、穏やかで優しそうな少年だ。

 きっとこういう少年が『普通』と称されるのだろう、と土御門は考える。

「改めまして自己紹介を。僕の名前は蒼、君が担当することになった超能力者だ」

 そう言って少年は小さく微笑んで、土御門の折れていない方の手を取った。

「これからよろしく、かわいらしいひと」

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