AI営業は「心」を読めない〜Z世代が見つけた、数字の外にある契約〜

ソコニ

第1話 AI営業は「心」を読めない 〜Z世代が見つけた、数字の外にある契約〜

「成約率0.3%。Salesforce Einsteinの判定は、絶対だ」

上司の声が、会議室に響く。画面には、赤く光る「見込みなし」の文字。AIが過去3年間の購買データ、財務状況、業界トレンド、SNS上の評判—すべてを分析した結果だ。

「佐藤、お前が行け」

入社2年目の俺、佐藤遼に回ってくる案件は、いつも"ゼロ"ばかりだ。石川県の食品メーカー「能登食品」。従業員20名、年商3億円。AIの評価は「見込みなし—過去3年間の新規取引ゼロ、売上前年比85%、経営状況悪化傾向」。

「…はい」

返事をしながら、スマホに彼女からのメッセージが届いた。

『また今夜も遅いの?』

既読スルー。説明する気力もない。


俺が営業職を選んだのは、父親への反発だった。

父は町工場の職人で、「技術があれば食える」が口癖だった。でも、俺が中学の時、取引先が一斉に海外に移転し、工場は倒産した。父は「営業がいれば…」と呟いていた。

だから俺は、営業になった。「人と人を繋ぐ仕事」に憧れた。

でも、入社してから見たのは、AIが人を選別する現実だった。Salesforce Einsteinが「見込みあり」と判定した顧客だけが、エース営業に回される。俺のような新人には、AIが切り捨てた"ゼロ"だけ。

1年目、俺は20社回って、契約ゼロ。上司に言われた。

「お前は、データを読めてない」

それから、俺はAIの判断を疑わなくなった。疑っても、結果は変わらなかったから。


初回訪問は、予想通り玄関払いだった。

「うちは、もう新規取引は考えてません」

受付の女性は、疲れた笑顔を浮かべた。二回目は、社長不在。三回目、ようやく社長に会えたが、開口一番、言われた。

「君の会社のAI分析、見たよ。うちは"見込みなし"なんだろ?」

言葉が出なかった。

「…そんなことは」

「いいんだ。実際、うちは厳しい。去年、主要取引先が倒産してね。売上が3割減った。銀行からの借入も限界だ」

社長—能登誠一郎、58歳—は、窓の外を見た。

「でも、諦めたくない。まだ、やれることがあるはずなんだ」

その目に、何かが宿っていた。AIには読み取れない、何かが。


「佐藤、もういい。撤退だ」

金曜の夕方、上司に呼ばれた。

「3回訪問して成果ゼロ。時間の無駄だ。来週から別の案件に回る」

「でも、社長は—」

「社長がどうした? データは嘘をつかない。お前は1年目の失敗を忘れたのか?」

忘れるわけがない。あの時も、俺は「この人なら」と信じて、3ヶ月粘った。結果、契約は取れず、顧客は競合に取られ、上司に怒鳴られた。

「データを信じろ。感情は、営業の敵だ」

その夜、一人で居酒屋に入った。彼女からの着信を無視して、ビールを煽る。スマホを眺めながら、何となくSNSを開いた。

そして、見つけた。

能登社長のFacebook投稿。三日前。写真には、寂れた商店街と、古びた神社の鳥居。

『20年前の今日、能登夏祭りが最後の開催を迎えた。あの日、小学生だった息子と一緒に、最後の花火を見た。息子は泣いていた。「来年もやる?」って聞かれて、俺は何も答えられなかった。今、その息子は東京で働いている。孫娘は5歳。一度も、祭りを見せてやれていない。何とか、復活させたい』

コメント欄には、地元の人たちの声が並んでいた。

『誠一郎さん、応援してます』

『うちの店も協力するよ』

『孫に見せたいなぁ』

俺は、スマホを握りしめた。

Salesforce Einsteinは、この想いを数値化できない。「過去3年の購買履歴」「財務指標」「市場トレンド」—そんな数字には、この"熱"が載らない。

AIが見落としているもの。それは、数字にならない未来への意志だ。


土曜の朝、俺は金沢行きの新幹線に飛び乗っていた。彼女には「ごめん、仕事」とだけメッセージを送った。上司には、何も言っていない。

午後、能登市の商工会を訪ねた。祭り実行委員会の事務所は、古い公民館の一室。集まっていたのは、地元の商店主や自治会の老人たち。

「東京から来た営業の佐藤といいます。祭りの協賛を、させてください」

最初は、誰もが訝しげな顔をした。

「…あんた、能登食品の取引先か?」

「いえ、まだ契約は…」

「なら、なんで?」

俺は、正直に答えた。

「俺の父親も、地元の工場を潰しました。取引先がなくなって。あの時、営業がいれば…って、ずっと思ってました。だから、俺は営業になった。でも、今の俺は、AIが選んだ顧客しか回れない。それが、悔しいんです」

委員長—70代の元商店主—が、じっと俺を見た。

「…あんたも、能登のことを想ってくれてるんだな」

「はい」

「なら、話そう」

委員長が語ったのは、20年前の祭り中止の日のことだった。

「あの日、誠一郎の息子が泣きながら言ったんだ。『パパ、来年も花火見たい』って。でも、誠一郎は答えられなかった。スポンサーが撤退して、商店街も寂れて、もう祭りを続ける力がなかった。あの日から、この町は何かを失ったんだ」

「何を、ですか?」

「未来だよ」


その夜、ホテルで企画書を作った。徹夜だった。Salesforce Einsteinの分析資料は、一切使わない。代わりに、委員会で聞いた話、社長のSNS投稿、地元の人たちの声、そして—俺自身の想いを詰め込んだ。

『能登夏祭り復活プロジェクト—御社の商品が、未来の記憶になる—』

協賛額500万円。3年契約。AIなら、絶対に提案しない数字だ。でも、これが俺の答えだ。

日曜の朝、能登食品を訪ねた。アポなし。非常識なのは分かっている。でも、月曜には撤退指示が出る。今しかない。

社長が、驚いた顔でドアを開けた。

「佐藤君…?」

「お話を、聞いてください」

リビングに通された。テーブルには、孫娘の写真が飾ってあった。

企画書を広げる。社長は、最初は無表情だった。でも、ページをめくるうちに、手が震え始めた。

「これ…本気で作ったのか」

「はい。社長、祭りを復活させたいんですよね」

社長は、窓の外を見た。遠くに、あの神社の鳥居が見える。

「…20年前、最後の祭りの日。息子が泣きながら聞いたんだ。『来年もやる?』って。俺は、何も答えられなかった。あの日から、息子とは距離ができた。今、息子は東京で働いてる。孫娘は5歳。一度も、祭りを見せてやれてない」

社長の目が、赤くなった。

「会社も厳しい。正直、年内もつかどうか。でも—」

社長が、企画書を握りしめた。

「でも、諦めたくない。この町に、もう一度未来を作りたい」

「作れます」

俺は、企画書の最後のページを開いた。そこには、祭り会場のイメージ図と、社長の会社の商品ブースが描かれていた。

「御社の商品を、祭りの目玉にする。地元の人たちが、社長の会社と一緒に、未来の記憶を作る。それが、最高のマーケティングです」

社長は、じっと企画書を見つめた。長い沈黙。

「…君は、AIには載らない何かを見てくれたんだな」

「はい。Salesforce Einsteinは、過去のデータしか読めません。でも、人には未来を作る意志がある。それを、俺は信じます」

社長が、初めて笑った。

「やろう。君の会社と、契約する」


月曜、会社に戻ると、上司が待ち構えていた。

「佐藤、勝手な行動を—」

「契約、取れました」

企画書と契約書を差し出す。上司は、目を見開いた。

「…3年契約、年間500万の協賛プラン? どうやって…」

「Einsteinは、過去しか見ません。でも、人には未来がある。俺は、それを見つけました」

上司は、しばらく黙っていた。そして、小さく笑った。

「…実は、俺もな。10年前、同じことをやった」

「え?」

「AIが『見込みなし』と判定した地方の酒造メーカー。でも、俺はそこの杜氏の目を見て、契約した。今、そこはうちの最大顧客の一つだ」

上司が、契約書を受け取りながら、俺の肩を叩いた。

「お前は、数字じゃなく、人を見てたんだな。それが、営業だ」


8月。能登夏祭りは、20年ぶりに復活した。

屋台が30軒並び、子供たちが走り回り、能登食品のブースには長い行列ができていた。

俺は、会場の隅で、その光景を見ていた。社長が、孫娘を肩車して、笑っている。息子さんも、東京から帰ってきたらしい。

でも、その時—トラブルが起きた。

メインステージの音響が故障。祭りのクライマックス、花火打ち上げ前の和太鼓演奏ができない。実行委員会が慌てている。

俺は、すぐに本社に電話した。

「今すぐ、音響機材を手配してください。費用は俺が—」

「いや」

後ろから、社長の声。

「俺が出す。これは、俺の祭りだ」

社長が、自分の携帯で取引先に連絡を始めた。30分後、隣町から音響機材が到着。祭りは、無事に続行された。

夜空に、花火が上がった。社長の孫娘が、目を輝かせている。

「パパ、きれい!」

社長の息子が、父親に頭を下げた。

「親父、ありがとう」

社長は、涙を拭いた。

俺のスマホに、彼女からメッセージ。

『ニュースで見たよ。能登の祭り。あなたが関わってたんだね。おめでとう』

俺は、笑った。

「ありがとう」

上司からもメッセージが届く。

『次の案件、Einstein評価0.4%が5件ある。お前に任せる。データの外を、見てこい』

俺は、夜空を見上げた。

Salesforce Einsteinには、この景色は見えない。過去のデータには、未来の花火は載らない。

でも、俺には見える。

人の想いが、数字を超える瞬間が。

—了—

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