第3話

 「ねぇ、アン。ほんとに無理?」


 雑踏の中、俺は横を歩くアンに話しかける。

 俺が落ち着くのを待ち、二人で歩き出したところでアンに 洋服屋に寄れないかと聞いたが、彼女の答えは芳しくなかった。


 「ごめんなさい。そろそろ門限だからどこかに寄ってる時間はないの」


 申し訳なさそうにアンがこちらに視線を向ける。

 空は日が落ち、茜に染まり始めている。時刻で言えば十八時ごろだろうか。


 「今日は無理だけど……えっと今は日曜日で、平日の外出は許可が出ないから……来週の日曜日ならまた街に出られると思うから、それまで我慢してもらえる?」


 「来週!?そんなに!?ちょ、ちょっとだけ寄って適当なズボンを見繕うのも無理!?」


 俺は必死に懇願するが、アンは悲しそうな表情をする。


 「ごめんなさい。本当に時間がないの。それに、スカート似合ってますよ」


 似合っていると言われ悪い気はしないが、なんとも言えない気分になる。

 そして、これから世話になるだろう彼女を無下にすることもできず、俺は渋々その通りにすることにした。




 それから三十分ほど歩き、俺たちは足を止めた。

 そこは商店や家々が立ち並ぶ通りから少し離れた場所。木造の家々が並ぶ城下の一角に、ぽっかりと空いた穴のように異質な空間があった。

 石造りの壁に覆われ、まるで西洋風の小さな城を思わせる建物が広い敷地の中央にぽつねんとそびえたっていた。

 大きな鉄柵の隙間からのぞく校舎は、これまで見た景色の中でも群を抜いて幻想的だった。


 「はぁー、これが学校かぁ……」


 現代で俺が通っていた学校と比べるのもおこがましいその立派なたたずまいに、思わず感嘆の声を漏らす。


 「立派な建物ですよね。私も初めてここに来たときは思わず声が出ちゃいました」


 俺たちは学校の入り口、鉄製の門の前で立ち止まった。アンが「すみませーん」と声をかけながら、その隣にある監視小屋のような場所に向かって呼びかける。

 小屋の中から顔を出した男と幾度かやり取りをした後、またこちらに戻ってくる。


 「寮長さんに連絡して、ここまで来ていただくことになりました」


 アンが足早にこちらに戻ってくる。


 「寮長?どうして?」


 「ペルちゃんは召喚獣だから入っても大丈夫ですって言ったんですが、守衛さんじゃあ判断つかないみたいで」


 確かに、見ず知らずの人間を「はいそうですか」と入れるわけにもいかないか。


 「そういえば気になってたんだけどさ」


 俺はぼーっと空を眺めていたアンに話しかける。


 「はい?」


 「なんであんなおっきい獣が出るような危険な森に一人でいたの?」


 「森に行ったのは、薬草を採りに行ってたんです。あのあたりに自生しているので」


 「ただ……」とアンが眉根をひそめる。


 「あの森、ウサギとか小型の動物しかいないはずなんです。あんな大きい獣がいるなんて、ギルドでもそんな情報はなかったんですが……」


 「普段はいないんだ?」


 「はい、なので後で校長先生を通じてギルドに報告してもらおうと考えてます」


 「もしかしたら何か問題でもあるのかも」とアンは不安そうな表情をする。


 そんな話をしながら10分が経つ。門が開き、ひとりの人物が敷地内から出てきた。

 年齢は30代前半くらいだろうか。眼鏡をかけ、長い黒髪をまとめ上げた女性だ。


 「アナスタシアさん。お話は聞きました」


 「ナヴィアさん。わざわざありがとうございます」


 そう言って、アンは深々とお辞儀をする。

 俺もそれにならってお辞儀をする

 おそらく、アンが言っていた寮長というのが彼女なのだろう。

 

 「それで、そちらの方が……召喚獣なんですか?」


 ナヴィアは怪訝そうな表情で言う。


 「はい、さっき私が召喚したペルちゃんです!」


 アンが嬉しそうに寮長に報告する。


 「ペルチャンさんというんですか」


 「ぺ、ペルディナです!ペルディナ!」


 変な覚えられ方をしそうだったため俺は慌てて訂正する。


 「ふむ、ペルディナさん。あなたは本当に召喚獣なんですか?」


 ナヴィアが俺の目をまっすぐに見る。


 「はい、たぶん……そうだと思います」


 正直、いまだに自分に何が起こったのか理解していないため、本当にそうなのかと聞かれたら自信が持てないところはある。


 「人間の召喚獣なんて、聞いたことがないですが……契約のしるしはどこに?」


 「おでこです!」


 アンが元気よく答える。


 「ちょっと失礼」


 ナヴィアが俺の前髪をかき分け、のぞき込むようにおでこを確認する。

 彼女の前髪が俺の顔に触れそうになる。近くで見ると美人だなぁと、美人の顔を至近距離で見てどぎまぎしてしまう。


 「確かに、本物ですね」


 そう言って、ナヴィアはアンの方へ向き直り、にっこりと笑いかける。


 「アン、やっと成功したんですね」


 ナヴィアはどこか嬉しそうな表情をしていた。


 「えへへ、私だってやればできるんですよ」


 「本当に、このままだと退学になるかと……いえ、こんなところで立ち話をするものではありませんね」


 そう言うと、ナヴィアはまた俺の方へ視線を戻す。


 「ペルディナさん。校内への立ち入りを許可します。また後日お話を聞くことになるとは思いますが、召喚獣ですし、アン……アナスタシアの部屋で一緒に生活してください」


 俺が頷くと、ナヴィアは俺とアンを先導する形で敷地内を歩き出した。


 「ナヴィアさん、この斧って持って入っても大丈夫?」


 見逃していることはないと思うが、彼女に見せるように右手に持っていた大斧を眼前に掲げる。


 「ええ、構いませんよ。武器の持ち込み禁止という規則はこの学校にはありませんから」


 すました表情でナヴィアが言い、また歩き出していった。

 少し歩くと、学校よりも小さな建物が見えてきた。何人かの人が出入りしているのが見てとれる。あれがアンの生活する寮なのだろうか。


 「アン、私はひとまず校長先生に話をしてきます。今日はもう部屋に帰りなさい」


 そう言うと、ナヴィアは学校の方へ歩いて行った。


 「じゃあ、行きましょうか」


 俺たちは寮の中へ入った。

 中に入ると、木造の階段が目に入った。古めかしい作りの内装だが、建物自体は新しいのかピカピカと清潔な印象を受ける。

 アンがすたすたと階段を上り始める。

 

 「私の部屋は三階なんです」


 俺はアンの後ろについて階段を上る。

 三階に到着すると、長い廊下が見えた。いくつもの部屋が連なり、各扉には番号が記されていた。


 「部屋は三〇七号室なので、覚えておいてくださいね」


 アンはスタスタと廊下を歩いていく。

 三〇五号室に差し掛かった時、その一つ向こう、三〇六号室の扉が開いた。


 「あら、アナスタシアさん」


 そこに現れたのは、見事な金髪ロールを二つつけた、アンと同い年くらいの少女だった。


 「あ、ロクシーヌさん」


 ロクシーヌと呼ばれた少女は腕を組み、アンに睨みつけるような視線を投げかける。


 「今、お帰りですか」


 「はい、たった今帰ってきたところです。あ、紹介しますね。こちらペルちゃんです」


 「ペルディナです。よろしく」


 誰だこいつ?みたいな表情でロクシーヌは俺を一瞥するが、すぐにアンに視線を戻す。


 「あなた、今までどこに行ってたんですか?」


 ロクシーヌの声は少しいらだっているように聞こえる。


 「えっと、西の森に行ってたんです。そしたら……ってそうだ!ロクシーヌさん、これどうぞ!」


 そう言ってアンは懐から何かを取り出した。


 「これは、薬草?」


 ロクシーヌが眉をしかめる。


 「ロクシーヌさん、体調を崩しているって聞いたから、もしよければ……」


 「……アナスタシアさん」


 ロクシーヌが少し怒ったような声を出す。

 薬草を受け取ることはせず、ただただ鋭い視線をアンに向けている。


 「あなた、人のために薬草を採っている場合?」


 「えっと……ロクシーヌさんにはいつもお世話になっているから、お礼にと思って……」


 「あなたに心配されるほど、わたくしは落ちぶれてはいませんの」


 その言葉に俺は少しムッとする。心配してくれているというのにその言い草は何なのか。

 しかし、二人の関係性がわからないためすぐに言い返したりはしない。


 「大体あなた、期限は明日でしたよね?召喚獣の呼び出し、成功したんですか?」


 「しました!私成功したんです!」


 アンがそう言うと、ロクシーヌは驚いた表情になる。


 「……本当ですか?」


 「はい、ペルちゃんが私の召喚獣なんですよ!」


 そう言って、アンは両手を俺の方へ向ける。


 「彼女が……召喚獣?」


 ロクシーヌは何を言ってるんだ?といった感じで眉根を潜める。


 「本当ですよ!ほら、契約のしるしもちゃんとあります!」


 アンが俺の前髪をかき上げ、額を指さす。今日はよくおでこを見られる日だなぁなんて思いながら、俺はロクシーヌの顔を見る。


 「……確かに」


 次の瞬間、ロクシーヌの目つきが柔らかくなり、アンの方へ向き直る。


 「成功したならいいんです。成功したなら」


 ふぅ、とロクシーヌは短いため息を出す。


 「その薬草、私のために採ってきたんですよね?一応いただいておきますわ。それではわたくしは用事がありますので、アナスタシアさん、それからペルディナさん。ごきげんよう」


 ロクシーヌは薬草を受け取ると、一礼して俺たちが今来た方向へ歩いていった。


 「ロクシーヌさん、言葉はきついけど優しい人だから大丈夫だよ」


 アンが小声で俺に耳打ちをする。


 「まぁ、悪い人じゃないっぽいね」


 ロクシーヌの姿が見えなくなり、俺たちは307号室に入っていく。そこは、机とベッド、それから衣装ダンスが備え付けられている六畳程度の部屋だった。

 一人が生活する分には十分だろうが、二人だとちょっと手狭になるくらいの広さだ。


 「あ!」


 部屋に入るなり、アンが声を上げる。


 「そういえば私も校長先生に会いに行かなきゃいけないんだった……」


 アンはそう言うと、再び入ってきた扉の方へ歩いていく。


 「ペルちゃん。すぐ帰ってくると思うから、好きにくつろいでてね。そこのベッド使っていいから!」


 それだけ言い残し、返事をする間もなくアンは急ぎ足で部屋を出て行った。

 俺はどうしたものかと固まっていたが、仕方なくそこにあったベッドに 腰を下ろす。

 ふぅ、と大きなため息が出る。今まで気づかなかったが、どうやらだいぶ疲れがたまっていたようだ。

 ボフ、と音を立て、上半身をベッドに倒す。


 「これ、夢じゃないんだよなぁ……」


 現実離れした出来事にいまだに頭の中はこんがらがっている。目が覚めたら現実世界で、これは夢でしたと言われても疑いもしないだろう。

 今日あった出来事を思い出しながら、俺はうつらうつらしていく。

 眠気のせいか頭にもやがかかったような感じだ。


 (元の世界に帰りたいのかって聞かれたら、まぁ別にって感じだな)


 どうしても帰らなければならない理由はないし、帰ったところでまたクソ上司と顔を合わせなきゃいけないと思うと憂鬱だ。それならここで生活するのも悪くはないかな、なんて思ったり。

 それに……なんとなくアンのことが気になっている。別に恋愛だとかそういうことではないが……。


 (放っておけない妹みたいな感じかなぁ)


 兄弟なんていないのにそんなことを思う自分におかしさを感じながら、俺は目を閉じた。

 たった一人、見知らぬ部屋にいるこの状況に寂しさを覚える。今日会ったばっかりのアンの笑顔を思い出す。


 (早く……帰ってこないかな……)


 こうして、俺のアンの召喚獣としての生活は幕を開けた。

 俺の第二の人生が、ここから始まった。

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2025年12月12日 20:30

TS召喚獣と落第魔術師~サブキャラ無双で異世界を救う! 𱁬 一(タイトハジメ) @geegle

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