第1話
「背の低い美少女は、やっぱり大きな武器を持ったら映えると思うんだよね」
パソコンの前に座り、モニターに映るゲーム『Twin Souls』をプレイしながら俺はつぶやく。
『いやいや、やっぱり小柄な女の子は魔法使いでしょ』
目の前にいるピンク髪の女キャラが、その外見に似合わない低い声で喋る。
「ありきたりすぎ。小柄だけどパワータイプっていうギャップがいいんだよね」
俺が喋ると、連動して黒髪の男キャラが、まるで身振り手振りで喋っているような動作をする。
『俺は守ってあげたくなる感じがいいかな。それと、強力な魔法を使って敵を一掃するっていうギャップもあるし』
「ほんとお前とは趣味会わねぇ」
俺と友人はあきれたように笑う。
『そういや、お前、今日はまだ寝なくて大丈夫なのか?明日は……』
時計を見ると、時刻はすでに深夜1時。平日ならすでに就寝してる時間だ。
「ん、おお。明日は外出しない予定だからな。お前は?」
『俺は明日彼女とデートだ。だからそろそろ落ちるな』
「爆発しろ」
俺は条件反射で即答した。
『ま、お前もいろいろがんばれよ。じゃな』
そう言って通話は切れ、一瞬の間をおいてピンク髪のキャラクターが消える。
俺は置いてあったペットボトルの炭酸飲料を一口飲み、息をつく。
「はぁー。周回の続きでもするか。平日はクソ上司のせいで残業増えてなかなかゲームできないし、やれるときにやっとかないとな」
俺はメニュー画面を操作して、キャラクター選択画面を開く。
そこには黒髪イケメンの『ゲーティス』と、赤髪ツインテの美少女『ペルディナ』が並んでいる。
「『ゲーティス』のレベルはカンストしてるし、『ペルディナ』の育成でも進めるか。」
カチリとマウスをクリックすると画面が切り替わり、赤髪のツインテールの少女が現れる。レベルは50。最大レベルの180まではまだ遠いが、一から育成していくのはやりごたえがあって楽しい。
俺がレベル上げのために歩き出したその時、オレンジのワープゲートが眼前に現れた。
「ん?なんだ?」
何の変哲もないフィールドでワープゲートが出現するなんて聞いたことがない。
「何かのイベントかな」
スマホで『ツイソル』の公式サイトを開くが、特に目新しい情報はなかった。
俺は何気なくワープゲートに近づいた。
『.世..女..召..』
そこには文字化けしたメッセージが映し出される。
「え、なにこれバグ?怖い……」
しかし、今まで一度も見たことがない現象に俺の好奇心は強く刺激される。
「ま、大丈夫か。ちょっと入ってみよう」
俺はワープゲートに手を伸ばした。
その瞬間、モニターの映像がぐにゃりとゆがんだ気がした。いや違う、モニターではない。俺の視界そのものがぐるぐると回り始める。
キーンと耳鳴りが響いた、その一瞬後、俺の視界は暗転した。
------------------------------------------------------------------------------------------------
「はぁ、はぁ」
息が切れる。走り出してどれくらいたっただろう。
後ろを振り返る。あたりは木々に囲まれ、先はよく見えない。
あいつは追ってきているのか、それとも諦めたのかわからなかった。
「キャッ!」
落ちていた木の枝に足をとられて前のめりにその場に倒れる。
「うぅ……」
涙を浮かべながら、私は必死に近くにあった大木の影に逃げ込み、膝を抱えるように縮まりこむ。
(ついてないなぁ)
薬草を拾いに来た森で普段ならいるはずのない大型の獣に遭遇するなんて。
とっさに持っていた香辛料の入った袋を投げつけ、怯んでる隙に逃げていなければすでに獣のお腹の中だったかもしれない。
「どうしよう」
今にもあの獣が背後から襲ってくるのではないかと、恐怖が頭を支配する。
もしまだあいつが追ってきてるのなら、私が使える魔法であれを倒せるようなものはない。もし可能性があるとすれば、召喚魔法だろうか。
「今まで一度も成功したことはないけど……」
唇をかみしめ、覚悟を決める。すぅと息を吐き、集中する。
どのみち、このままでは死ぬかもしないのだ。やれるだけのことはやろう!
「女神さまの名のもとに」
呪文を詠唱する。
今まで何度も唱えて、そして何度も失敗してきたものだ。
そのたびに周りの生徒に馬鹿にされてきた。
こんな基本もできないのか、もう学校をやめたほうがいいんじゃないかともいわれた。
けど!
「わが呼び声に答えよ!」
目の前に、幾何学模様の魔法陣が現れる。
だが私の場合、いつも魔法陣はうんともすんとも言わなかった。
しかし、今回は違った。
「なに、これ……成功!?」
魔法陣が輝きだす。見たこともないほどの光の奔流。あたり一帯が照らされ、思わず目をつぶってしまう。
しばらくして、光がやむと、そこには一人の少女が浮かんでいた。
赤い髪の小柄な少女だ。
少女の眉がピクリと動き、目を開く。
私は、思わず彼女に尋ねていた。
「あの、あなた、召喚獣……なんですよね?」
------------------------------------------------------------------------------------------------
唇と唇が触れる柔らかな感触。彼女のかすかな息遣いを感じ、俺の心臓が高鳴る。
数秒、まるで時間が止まったかのように感じられた。
少女の目は固く閉じられており、額に冷や汗をかいている。
重なっていた唇が、そっと離れる。
次の瞬間、俺の額があたたかな光を放つ。次いで、まるでインフルエンザに罹った時のような体の熱を感じる。
「これで……契約完了……」
少女が何事かを言おうとした時、その背後で獣の咆哮が聞こえた。
同時に、大きな黒い影がこちらに迫ってくる。
それが何なのか、理解する前に体が勝手に駆け出していた。目の前の少女を守らなければ、そう感じたのだ。
そこにいたのは大きな獣だった。
鋭い爪をもつ、三メートルを超える大きな巨体が今まさに飛び掛かってきている。その見た目は、『ツイソル』の序盤に出てくる『ジャイアントタイガー』に酷似していた。
俺は少女の前に飛び出した。
右手に持っていた大斧を獣の顔面目掛けて横なぎに振り払う。空を切る音が聞こえた直後、慣れない感触が両腕に伝わってくる。鈍い音を立て、ジャイアントタイガーは数メートルの距離を吹き飛ばされる。
俺は両腕に確かな手ごたえを感じつつ、今まで一度だって、喧嘩すらしたことのない自分が大きな斧を振り回して戦っていることに内心困惑していた。
ジャイアントタイガーは木にぶつかり横転するが、すぐに体勢を立て直すとこちらを睨みつけてくる。
しかし、ぶつかったときにくじいたのか、右の前足を引きずっている。直後、そいつは踵を返し森の中へ逃げていった。
ふぅ、と俺は一つため息をつく。
ひと段落ついて、先ほどまでぼやけていた頭の中が急速に冷えこんでくる。
見覚えのない森の中。最後に覚えている記憶は、自宅でゲームをプレイしていたところだ。
ふと、自分の右手に目をやる。先ほどから無意識に使っていた大斧。俺はその外見に見覚えがあった。
「これ、『ツイソル』の武器、だよな。『ペルディナ』が装備していた『虚空断絶』」
もしかしてこれ、夢?それにしてはリアルすぎる。明晰夢、ってわけでもないよな。
ただ、この状況に当てはまりそうな言葉が一つあった。
「もしかして、異世界転生、『ツイソル』のキャラで?いやいやいやそんな馬鹿な……」
俺が独りごちていると、後ろから声が聞こえてきた。
「すっごーい!」
直後、衝撃が走る。どうやら後ろから抱きつかれたようだ。
「あの怪物を一撃で撃退するなんてすごいです!それに、召喚術で人間が召喚されるなんて聞いたこともないですし!もしかして妖精さんだったり!?」
少女が矢継ぎ早にまくし立てる。
その声を聞き流しつつ、俺は後ろを振り返る。そこには先ほど口づけを交わした少女の顔があった。
「ちょ、ちょっとま……」
俺はいったん少女の手を振りほどこうとした。
体をねじったその時。
「「あっ……」」
どちらともなく声が出る。
二人してバランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。
俺は仰向けに倒れ、少女が馬乗りになる。
少女の顔が、また眼前に迫る。綺麗な黄色の瞳でまっすぐにこちらを見つめている。またキスされるのではないかと、俺は少しどきどきしてしまった。
少女は手を伸ばし、俺の額の髪をかき上げる。
「……契約のしるし、本当に召喚獣なんですね」
召喚獣。
『ツイソル』では魔法使いが召喚魔法によって呼び出すお助けキャラだが、俺のことを言っているのだろうか。
「ちょ、ちょっとどいてくれる?」
俺は少女の肩を押しのけ、彼女の下からのそのそと抜け出す。正直、かわいい女の子の顔が間近にあるのは心臓に悪い。
少女が立ち上がるのを確認し、ふぅ、吐息を整えた後、俺は少女に声をかける。
「その、えーと……何から話したら……」
(異世界から来た、なんて言って問題ないかな……)
俺が何を言うか迷っていると、少女が声を出す。
「あ、そうだ!自己紹介がまだでしたね!私はアナスタシア。アナスタシア・ヴァレンティン。よろしくね!」
「え、あ、よろしく」
俺がそういうと、アナスタシアは何かを待っているようにこちらに視線を向ける。
「あ、俺ね。俺の名前は……」
そこまで行ったところで、ふと疑問が浮かんだ。
(あれ?今の俺ってどうなってるんだろう?)
視線を下に向ける。短いスカートに、肩出しの上着。
いやな予感が脳裏をよぎる。
(い、いや、まだだ。確認しないとわからないし!)
「ちなみに、鏡とか持ってる?」
「あるよ?」
そう言ってアナスタシアはポケットから手鏡を取り出す。俺は一言礼を言ってそれを受けとった。
恐る恐る鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、緑色の瞳に、赤い髪のツインテールの少女。つい先ほどまで俺が『ツイソル』の中で使っていたキャラクター『ペルディナ』そのものだった。
「あー、うん、そっかぁ」
俺はアナスタシアが怪訝な顔をしていることを気にも留めず。茫然と鏡を見つめる。
恐る恐る、自分の股間に手を当てる。
「な、ない……」
そこにはあったのは、無だった。
「ない!」
21年間連れ添った、ついぞ使うことがなかった俺のナニがなくなっている!
嘘だ、そんな、大事にとってい置いた童貞が使う前に消失しただと……。
俺は体から力が抜けていくのを感じる。
「え、だ、大丈夫?!」
借りていた鏡を彼女に返すと、地面に手をつき、その場にがっくりとうなだれる。
口から大きなため息が漏れる。
(まぁそうだよな……あのゲートが原因ならそうなるよなぁ……くぐった時に使ってたキャラは『ペルディナ』だからなぁ)
なんでサブキャラなんだ。もしメインキャラだったら最強装備に最適スキルで無双できたのに。こんな低いレベルのキャラで転生する羽目になるなんて。
俺は現実を受け止めきれずにそんなことを考えていた。
「ふ、ふふふ」
口からヘンな笑い声が漏れる。
もし『ゲーティス』を使っていたら違っていたのだろうか。
「あ、あのぉ……」
アナスタシアは何か変なものを見るような目でこちらを見る。
ふ、と自嘲気味に笑い、俺は無理やり体に力を込めて立ち上がった。
少女に向き直り、精一杯の笑顔を浮かべてこういった。
「俺の名前はペルディナだ。よろしく!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます