第14話 番外編黎翔と梅と12人の側妃

 黎翔が皇帝となっても、後宮に「皇后」はいなかった。

 彼が迎え入れたのは、臣下たちの養女十二人――

 政略のために名ばかりで選ばれた、形式上の側妃たちである。


 夜が更けるころ、宦官が妃たちの名が刻まれた札を恭しく捧げ持ってくる。

 黎翔はその中から一枚を取り、指先で軽く撫でると、低く告げた。


――最近疲労が溜まっている。

 今夜は、静かに癒やされたい。

「和心妃(わこひ)を」


 和心妃は、亡き母のために十年ものあいだ寺で祈りを捧げていた娘。

 還俗して間もないため、世事に疎く、心が真っ直ぐすぎる。

 黎翔にとっては、心休まる相手だった。


 その夜。

 部屋に入ると、白衣をまとった仙女のような和心妃が深く頭を下げた。

「黎翔様、本日も政務、お疲れ様でございます」

「うむ。今夜は少し、酒を付き合ってほしい」


 困ったように眉を下げ、和心妃は小さく首を振った。


「お酒は……悪魔のつばにございます。召し上がることはできません」

 黎翔は苦笑し、盃を手に取った。

「和心。お前の父上から、俺の言うことをよく聞くよう言われていたろう?

――俺に、取り入るようにとな」


 一瞬、彼女の瞳が揺れた。

 悔しさと哀しみが混じるように唇が震え、小さく絞り出す。


「い、一杯でしたら…」


 和心妃は一気に飲み干し、せき込みながら顔を真っ赤に染めた。

 涙目で訴えるように見上げる。

「れ、黎翔様……」

 黎翔は、思わずため息をついた。


 そして――その夜、何も知らぬ純白の娘に“男”を教えた。



※※※



 翌日

 また宦官が妃たちの名札を捧げ持ってくる。


 黎翔は札を前に、しばし沈思した。

「太尉が汚職を暴き、国庫を潤したと聞く。…今夜は、その娘である蓉妃を」

 

 札が置かれる音だけが静かに響いた。

 選ばれた者の名は、宮中にさざ波のように広がっていく。


 その夜

 黎翔が蓉妃の部屋を訪ねると、艶やかな香が漂っていた。

 彼を待っていたのは、狩衣のような軽装に身を包んだ蓉妃――

 将軍家の血を引く女らしく、気品と闘志を兼ね備えた姿だった


 ふたりは言葉を交わし、笑い合い、そしていつものように互いを求める。


 けれど、ふとした瞬間。

 黎翔の口から、別の妃の名が零れた。


「……雪妃」


 空気が止まった

 その一瞬、空気が凍りついた。


 蓉妃――いや、“梅”は、ゆっくりと笑った。

 そして枕の下から、なぜか鞭を取り出す。

「陛下。私は“蓉妃”でございますよ。さて……誰とお間違えになったんですか?」


 黎翔は思わず息を呑んだ。

 そのまま彼女は、にっこり笑って言う。

「将軍家を舐められたもんです。お仕置きしますよ。覚悟なさい、陛下。」


 ――その夜、黎翔は“勇ましき蓉妃”と熱く激しい夜を過ごした。


 朝方、隣で静かに眠る蓉妃(梅)の髪を撫でながら、黎翔は微笑む。

 玉石のようになめらかな額、濃く長いまつげ、

 小さく尖った鼻、そして桜の実のように柔らかな唇。


 彼の後宮には、たったひとりの女しかいない。

 ただ――呼び名は十二通りある。


 そして、歴代で最も妃の少ない皇帝・黎翔と、

 十二人の側妃(中身はひとり)の間に、

 二人の皇子と一人の皇女が生まれた。


 ――梅という名の、最愛の愛妾とともに。

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病弱皇子と食欲おばけの女〜即位までのいばら道 日々妄想 @hibimousou

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