第45話 秘密
セキレイは、腑に落ちない様子でゼノに訊ねた。
「⋯⋯そうは言うが、封印を成功させる当てはあるのか?」
その問いに答えず、ゼノは背後にいるエティエンヌを振り返った。
「エティエンヌ卿。貴方の手勢は?」
「あそこに」
エティエンヌは、ユイナフ側の神殿から延びている長い階段の出口を指差した。その薄暗い闇の中に、片腕に特殊兵装を装着した7人の兵が控えていた。
「特殊兵装の属性は?」
「火が4人、土と風、水が、それぞれ1人ずつだ」
「ふーむ⋯⋯」
ゼノは顎に手を当てて、深く考え込んでしまった。
「ダンが無防備だ。私は、一旦護衛に行く」
セキレイはそう言い残すと、棒立ちでウルガンドを睨みつけ集中力を高めているダンの元へと、一足飛びに跳んだ。
考え込んだまま微動だにしないゼノに、エティエンヌが声をかける。
「ゼノ副所長――」
「エティエンヌ卿。部下を7人とも呼び寄せてください」
ゼノはそれだけを告げると、今度は儀式を続けている神官達の方へと、足早に向かっていった。
傍らにセキレイが現れたのを感じて、ウルガンドを見つめたままダンが言った。
「⋯⋯あの巨人、あんな図体して神聖魔法の本家本元だって?」
「ゼノの仮説だがな。しかし有力な説だ。⋯⋯だから今後は、ゼノが私との手合わせで見せたような強力な攻撃魔法にも備えなければならない」
「攻撃魔法のエネルギーが奴の体内で集束する瞬間があるなら、そこを一発狙えるかもしれねえぜ」
「ダン、方針が変わった」
セキレイはきっぱりと言った。「殺すつもりの攻撃は、もうなしだ。奴を再び封印する方法を探る」
「おいおい、マジかよ。奴の引き出しはまた増えたってのに、こっちはハンデ戦か? だいたい今日は封印の環境が整ってねえって話だったじゃねーか」
「その環境はゼノが何とかするつもりのようだ。危険な賭けだとは思うがな。⋯⋯お前は、奴の新たな攻撃にも最大限に気をつけながら、足止めに専念するんだ」
「絶対防御さえあれば、さっきみたいな攻撃は続けられるぜ。あんたかヴァルがオレに張りついていてくれればな」
「ヴァルは、いざという時にすぐにウルガンドに変身できるよう、広い場所に置いておきたい。私がここにいよう」
「そりゃ恐縮だな。⋯⋯もう準備はできたぜ。雷でも炎でも」
ダンがウルガンドを見つめながら、ニヤリと笑う。
「そのまま待て。タイミングは私が指示する」
神官達と何事か話し込んでいたゼノが、エティエンヌの元へと戻ってきた。
「エティエンヌ卿。これより、僕は攻撃から外れます」
「なぜです」
「今日の日の長さ、気象、そして今日この戦場でこれまでに使用された魔法の種類と量、神官達が働きかけた精霊の力――その全てを踏まえ、この空間における精霊力のバランスを、封印の儀式に最も適した日と同等の状態にします」
ゼノは、こともなげに言った。
「そのために、貴方の特殊兵装の兵達を僕が直接指揮したい。彼らをお借りしてよろしいですか?」
「構いません」エティエンヌは、即座に了承した。
「それともうひとつ。エティエンヌ卿、貴方がお使いのその特殊兵装は外してください」
「開発者である君に言うのも何だが、これは単純に防具としても優れている。できれば、このまま付けておきたいのだが⋯⋯。精霊力のバランスの問題というなら、私が魔法を起動させなければ、それでよいのではないですか?」
ゼノはその言葉に、楽しそうに笑いながら答えた。
「そこまで特殊兵装を愛用いただけて光栄の至りですよ、エティエンヌ卿。では装着したままで結構です。くれぐれも魔法の使用はご遠慮ください」
「承知した」
「無理を言っているのは分かっていますが、皆さんで何とかウルガンドを弱らせてくださいね」
ゼノはそう言うと、エティエンヌの部下たちに向き直った。
「――さあ、特殊兵装部隊の皆さんは、あちらの神官達のところに合流してください」
ゼノは7人の兵士を連れて、大空間の片隅へと向かっていった。
その時だった。聞き覚えのある快活な声が、巨大な地下空間に響き渡った。
「セキレイ様!」
ユイナフ側の階段の入口から、カリタス派中央教会に向かったモニカが、皇子ジギスムントと共に姿を現したのだ。
「モニカ! 殿下も⋯⋯! 来るな! ここは危険だ!」
セキレイが、鋭く警告する。
「ええ、苦戦してるみたいね。ちょうどいいわ」
モニカは、セキレイの警告を完全に無視して、ジギスムントと共に、すたすたとセキレイとダンの元に近づいてくる。
そして、同行者の1人――ひと目で最高位の聖職者とわかる、簡素だが気品のあるローブを身にまとった老人――とセキレイの間に立った。
「紹介するわ。こちら、カリタス派総主教のヨハン様よ」
モニカは、不敵な笑みを浮かべて言った。
「――交渉成立。カリタス派は、今日この時から私達の味方よ」
「モニカ、総主教様に対して無礼だぞ」
セキレイが、厳しい口調でモニカをたしなめた。
「あ、ごめんなさい」
「いやいや、構いませんよ。大陸一の強者と名高いセキレイ殿にお会いできて、光栄の至りです」
総主教ヨハンは、穏やかな笑みを浮かべ、セキレイに対し丁重に挨拶をした。
セキレイもまた、剣を収めうやうやしく頭を下げる。
そして、すぐに顔を上げると真剣な眼差しで言った。
「総主教様、ジギスムント殿下。ここは非常に危険です。ウルガンドの攻撃は、範囲が広く、あまりにも強烈です。せめて、あちらにおられる神官達の位置までお下がりください」
「ええ、そうしましょう。――ですが、その前にひとつだけ、お伝えしたいことがあるのです」
ヨハンは静かに言った。「アストライア正教会、各宗派の最高位の者にだけ代々口伝で伝わる、この神殿の秘密を」
「秘密⋯⋯ですか?」
「それにはまず、英雄リヒト氏のことからお話ししなければなりません」
モニカには、その言葉を聞いたセキレイの表情がわずかに変わったように感じた。
「リヒト氏は、エリュシオンからの使者として250年前に封印の儀式に参加していたとされていますが⋯⋯事実は少し違うのです」
「と、言いますと?」
「儀式の直前、見慣れない――しかし恐ろしく手練れの戦士が数名、この神殿に突如として侵入してきました。彼らの目的はただひとつ。巨人の封印を解くためです。記録によれば、彼らは目に見えない壁に守られ、当時のマール帝国の精鋭達が放ったいかなる攻撃も、一切通じなかったという。まるで、伝説で語られるあの白い騎士達のように――」
その言葉に、セキレイの眉間が険しくなった。
「リヒト氏は、彼らの暴挙を阻止するため、彼らを追ってこの地に来たのです」
「侵入者達は、封印の儀式を妨害し、言い伝えの通り巨人は目覚めてしまいました。その時リヒト氏が現れ、まずその侵入者達を一気に制圧した上で、たった1人で巨人と対峙した」
「⋯⋯」
「全てが終わった後で、彼はこう言ったそうです。『250年後か、あるいは500年後か。またこういうことがあるかも知れない。その時には、自分のような戦士が再び現れることを期待したい』」
その言葉に、モニカとダンは思わずセキレイの横顔を見つめた。
「『だが、今できる限りのことはしておきたい』――と」
総主教がそう続けた瞬間、セキレイの顔色が変わった。
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