第40話 大神殿
馬を走らせ続けること、丸一日。セキレイ達は、ついにグレンツマルク地方にある、宗教施設の集積地区に到着した。
ジギスムント皇子が貸してくれた馬達は、いずれも帝都でも指折りの名馬ぞろいだったらしく、休むことなく走り続けてもまだまだ余力がある様子だった。彼らのおかげで、行程は大幅に短縮できた。
感謝の気持ちを込めて馬の力強い首筋を撫で、一行はマール側とユイナフ側で対になっている神殿の、マール側入口から中へと入っていく。
「お待ちください! 貴方がたは、どういった御用でこちらにいらしたのですか!」
神殿に常駐しているであろう執事が、慌てて彼らを呼び止めた。
「我々は、カリタス派だ」
セキレイが、有無を言わせぬ迫力で言い放つ。
「我々も、アストライア正教会の一員として、この度の儀式に立ち会わせていただく。その権利はあるはずだ」
その気迫に押され、執事は、黙って道を開けた。
神殿は、マール側もユイナフ側も同じ構造になっている。地上部分はそう広くはなく、すぐに地下へと続く長い階段があった。
何度も踊り場を通り過ぎながら、一行は、延々と続く階段を降りていく。やがて、視界が開け、城がすっぽりと収まってしまうような巨大な地下空間に出た。
遥か向こう側にも、同じような階段がある。ユイナフ側の入口から延びているものだ。
そして、大空間の中央には、直方体状にきれいにくり抜かれた巨大な穴があった。
そこに、山脈のように巨大な人型の生き物が、静かに横たわっている。巨人ウルガンドだ。
その傍らには、皇帝ルドルフ4世の一団がすでに陣取っていた。儀式は、佳境にさしかかっているようだった。
セキレイ達は、空間の中央に、じっと目を凝らした。
「――何か、様子が変だ」セキレイが呟く。
「見ろ、あの中央を。不自然なほど経験の浅い神官に詠唱を任せている」
帝都でも名のある高位の神官を大勢連れているにもかかわらず、儀式を執り行っているのは、正式なローブすら着用していない、若い神官だった。
いぶかしがる彼らを、皇帝ルドルフ4世が目ざとく見つけた。
「――あれは、ローゼンブルクのセキレイとかいう女騎士か。巨人復活をわざわざ止めに来たというわけか」
皇帝は余裕の笑みを浮かべた。「ふん、まあいい。もう遅い」
「これが手順のようですね」ゼノが、冷静に見立てた。「強引に封印を解いてウルガンドを完全に目覚めさせるのではなく、あえて不完全な再封印の儀式を行うことで、彼を半覚醒状態にする」
「――それによって、操りやすくする、というわけか」
瞬間、地下神殿全体が大きく揺れた。地震だ。
巨人ウルガンドの封印が解けかかっているのだ。
「おお、いよいよだぞ!」
皇帝が、目を輝かせながら神官達に言った。「さあ、例の呪文を詠唱しろ!」
「呪文だと?」シュウの眉間が、険しくなった。
「巨人を、意のままに操る呪文のようだな。一体、どこで手に入れたのか」
セキレイの疑問に、ゼノが答えた。「――怪しいですね」
「どういうことだ?」
「魔法の類ならば、僕が知らないはずがない。まして、このような神話に直接関わるものなど。また、この地を統べるカール家に代々伝わる特殊なものであれば、これまで毎回、多大な犠牲を覚悟で封印の儀式を行ってきたことに疑問が残ります」
「⋯⋯そんな呪文はそもそも存在しない、そう言いたいのか?」
「ええ。もっともらしい、知られざる伝説を売りつける連中がエリュシオン大陸には結構いるんですよ。怪しいと知りつつ確認しないわけにもいかず、僕も何度か買いましたが。エリュシオンの連中にしてみれば、この大陸で巨人が目覚めても他人事ですからね。――さあ、まもなく結果が分かりますよ」
ゼノの言葉を裏付けるように、詠唱を行っていたベテランの神官が、皇帝の方に振り向いて叫んだ。
「へ、陛下! 呪文が、全く効果がありません!」
「なんだと!? もう一度やれ!」
「いえ、呪文を詠唱しても、何らかの力が働いている感じが、全くしないのです!」
「貴様が途中で間違えたのではないのか! もう一度だ!」
その滑稽なやり取りを見て、ゼノは笑いながら、皇帝に向かってゆっくりと歩き始めた。
「陛下! やはりダメです!」
「ど、どういうことだ⋯⋯!」
ゼノが、狼狽するルドルフ4世に、楽しそうに声をかけた。
「――エリュシオンの悪党から、真っ赤な嘘の伝説を買わされたみたいですね、陛下。どうなさるんです?」
「ふ、封印だ! 全員でウルガンドをもう一度封印しろ! 今すぐだ!」
皇帝は完全に我を失い、ヒステリックに叫んだ。
しかし、傍らにいた高位の神官は、顔面蒼白で首を振った。
「陛下⋯⋯。本日は、儀式が成功するための条件が、何一つ整っておりません。それに、もう⋯⋯もう、間に合いません。元の封印が、ほとんど解けてしまっており、我々の力では、もはや封印の効力を更新することは⋯⋯」
「そ、そんな⋯⋯。な、何とかしろ! 何とか!」
皇帝は、それだけを叫ぶと、部下も儀式も全てを投げ出し、地上へと続く階段を目指して、一目散に走り出した。
だが、その行く手をダンが塞いだ。「どこ行くんだよ」
「な、何だ貴様は! 無礼者めが! 下がれ!」
ルドルフ4世は、なおも皇帝としての権威を振りかざし、ダンを手で追い払うような仕草を見せた。
「⋯⋯クズが」
ダンは、心底軽蔑した目で皇帝を見下ろした。
「大陸を滅ぼしかけた大罪人として、後できっちり処理してやるから、てめーこそ、しばらくどっかに行ってろ!」
そう吐き捨てると、ダンは、自らの黒い炎をまるで生きている手のように操り、皇帝の足首を掴んだ。
灼熱の痛みに、皇帝が悲鳴を上げて顔を歪めるが、ダンは構わず、その足首を上にして高々と持ち上げる。そして、汚物でも捨てるかのように、無造作に背後へとぶん投げた。
背後の石畳に肩から叩きつけられた皇帝は、骨を痛めたのと、足首の火傷で、赤子のように大声でわめいている。
「やれやれ。ジギスムント殿下の父君とは言え、かばい立てする余地が全くないね」
ゼノが、茶化すように言った。
「それにしても、戦いの場からわざわざ放り出してやるなんて。優しいな、ダン君は」
「⋯⋯」
「歴史において、彼の出る幕はさっきので完全に終わった。いっそ、前に置いたまま戦いに巻き込んで、きれいに消えてもらえばよかったんじゃないかい?」
「あんなのを、視界に入れたくねえだけだ!」
ダンがそう言い放った、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
先程の揺れとは比較にならない、ひときわ大きな地震が地下神殿全体を襲った。それは、巨人の封印が完全に解けたことを意味していた。
その揺れは、まるで、足元の地面に強力無比な大地魔法をかけられたかのようだ。遊撃隊の誰もが、立っていることができず思わず膝をついた。
ゴゴゴゴゴゴ……!
天井から、石の粉がパラパラと落ちてくる。
「この空間がビクともしないのは、本当にありがたいな⋯⋯!」
シュウが地面に手をつきながら、冷や汗を拭った。
魔法とは違い、この揺れがどこまでの範囲に及んだのか、見当もつかない。
このグレンツマルク地方だけなのか、あるいは、もっと広範囲が揺れたのか――。どんな被害が出ているのか、外の様子が気になったが、セキレイは仲間たちを叱咤した。
「――巨人を、決して外には出さないぞ!」
彼女の声が、轟音の中に凛として響き渡る。
「外は、木や岩など、奴の武器がいくらでもあるからな。この場で戦う! 覚悟を決めろ!」
その言葉に、遊撃隊の全員が、顔を上げた。
「了解!」
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