第38話 伝説の巨人

「⋯⋯ルドルフ4世は、封印を自ら解く気だと言うのか」

 セキレイが、絞り出すような声で言った。その言葉の恐ろしさに、遊撃隊の誰もが息を呑む。


「積極的に解くのか、あるいは、失敗すると分かっていて、あえて再封印の儀式を今執り行うのか。それによってウルガンドの覚醒度合いに違いがありそうですが」

 ゼノは冷静に分析する。「いずれにしても、巨人を目覚めさせると思います」


「何のために、そんな危ねえ奴を復活させんだよ」

「帝国内での皇帝の権威は完全に地に落ちた。マールの軍事力はもはやユイナフに遠く及ばない。それでもなお、帝国内の領邦そしてユイナフを力で従えるための、逆転の一手のつもりではないのかな」

「巨人を操れないと意味がねえじゃねーか。皇帝自身が真っ先にやられちまうぜ」

 ダンのもっともな疑問に、セキレイが答えた。

「そこだな。ルドルフ4世は、巨人を操る何らかの方法を見つけたと考えるべきだろう。何年も前から、領内各地の魔法の使い手を帝都に集めていたことも、あるいはこのためだったのかも知れない」


「となると⋯⋯」モニカがゼノを見る。

「目覚めた巨人は、まっすぐにユイナフの王都パルシオンに差し向けられる。そう考えるのが妥当ね」

 加えて、ゼノが予測される最悪のシナリオを語る。

「その後、あるいは偶然を装って、ローゼンブルクに向かわせるかも知れませんね。その時にはユイナフは滅びているでしょうが」

 それを聞いて遊撃隊の表情が凍りついた。


「それで十分最悪の筋書きですが、本当の最悪は、ルドルフ4世が思惑通りに巨人を制御できないことです。相手はかつて神々と争ったほどの巨人だ。その可能性は十分にある。そうなるとユイナフやローゼンブルクの壊滅では済まない。リューネリア大陸全土の問題になる」


「そなた自慢のユイナフ軍の戦力をもってしても、止められそうにないか?」

「セキレイ殿も想像がつくでしょう。全くのお手上げですよ。例えばグライフ程度の魔獣なら、我が国の特殊兵装部隊が大勢でかかれば蹴散らせますが、ウルガンドの耐久力や腕力は、伝えられている大きさから考えるとおそらく桁が違うでしょう。数の問題ではありません」


「目覚めさせたら、終わりってことかよ?」

「ほとんどね。だけど、残念ながらもう目覚めてしまう。今から先回りして儀式を止めることは、物理的に不可能だしね。ダン君、あの時君が言ったように、皇帝を始末しておけばよかったかな」

 ゼノは、ため息をつくと、モニカに向き直った。

「――まあ、今それを言っても始まらない。モニカさんの提案通り、両国の精鋭でこの厄災に当たりましょう」


 その時、モニカが、はっとしたように声を上げた。

「ちょっと待って! 今回は、250年前にリヒトがやったように、弱らせてから封印するっていう手も使えないんじゃない?」

「さすがモニカさん。鋭いですね」ゼノは、その指摘に頷いた。

「そう。仮に、我々がウルガンド相手に有利に戦えたとしても、まだ封印の儀式を行うべき日取りになっていない」


「⋯⋯つまり、殺すしかない。そういうことか」

 シュウが、静かに、しかし重い口調で言った。


「その通り。ただ、封印せずにウルガンドを倒しきるなんて、はるか昔の神々でもできなかったことだ。それが可能だとしたら、おそらく、魔界の三王が伝説そのままの強さを発揮した場合だけだと僕は思う」

 ゼノはそう言うと、意味ありげにダン、ヴァル、リオの顔を、順番に眺めた。


「そんなこと期待されたって無理だぜ!」

 ダンが思わず叫ぶ。

「わかっているよ。こういうこともあると思って僕は絶対防御の研究を急いでいたのだけど、結局間に合わなかった。――こうなっては仕方ない」

「かなり分が悪いですが、唯一の手がかりは、250年前の一件です」

 ゼノは、遊撃隊の面々を見回し、作戦の骨子を語り始めた。


「もちろん、このチーム全員の力が必要ですが、まずはセキレイ殿がこの戦いの鍵になる」

「⋯⋯私は、リヒトのようには戦えないがな」

 セキレイは、静かに言った。「だが、巨人がどれほど強大な力を持っていようと、単発の攻撃であれば、私が受け止めることができる」

「それが絶対に必要ですからね。よろしくお願いします」


「後は、剣と魔法のどちらを攻撃の軸にするかですが、それは実物を見て判断したほうが良いと思います」

 ゼノは、そこで付け加えた。

「――そうそう、この戦い、ユイナフからは、もう1人参加すると思います」


「?」


「僕は、ユイナフでは巨人の存在について公式に知らされるほどの地位にいないのですが、歴史やあらゆる伝承に関する知識から、ここまでの推察を導き出しました。そして、この見立てを、昨日エティエンヌ卿に話したのです。彼は、巨人について知るべき立場にありました」

「僕の推察を聞いた彼は、早々にマール遠征の延期を宰相に進言し、北方の国境地帯に向け、軍の一部を率いてすでに出発しています。儀式を止めに行くのではありません。周辺住民の避難をさせるために」


「ユイナフ唯一の良心と言っていい彼を、むざむざ死なせるわけにはいかない。我々もすぐに後を追い、ウルガンドが目覚めた、まさにその場で戦いたい」

 ゼノの顔つきが鋭くなった。


「――わかった。すぐにグレンツマルク地方に向かおう」

 セキレイが、決断を下した。


「ですが、その前にひとつ、しなければいけないこともあります」

 ゼノは、モニカに向き直った。


「モニカさん。貴女1人に頼むことになりますが、我々がカリタス派の所属として巨人と戦う形になるよう、至急、調整をしてほしい」

「⋯⋯ってことは、帝都アイゼンブルクのはずれにある、カリタス派の中央教会を訪ねなきゃいけないわね。私1人で、うまく話ができるかしら」


「おいヴァル、一筆書けよ」

 ダンが、当たり前のように言った。

「え、また!?」

「⋯⋯『また』とは、どういう意味だ?」

 セキレイが、訝しげにヴァルを見る。

「あ、いや⋯⋯。えっと、誰のフリをすればいいのさ」

「軍の責任者ってことで、隊長とエティエンヌの手紙があれば、十分じゃねーか? どうだい、隊長」

「ああ。私の分は自分で書く。エティエンヌの分を頼む」

「やれやれ。僕の前で、平気でそんな話をしますか」

 ゼノは、呆れたように言いながらも、懐から羊皮紙の巻物とペンを取り出した。「ユイナフの公式文書用の紙とペンは、念のため持ってきていますがね」


「では、準備ができ次第、出発する」

 セキレイが、最後の指示を出す。

「ヴァルは、大鷲に化けてモニカを中央教会まで送り届けろ。そしてアイゼンブルクの市内で待っているんだ。我々は馬で行き、後から合流する」

「はあーい」

 ヴァルの気の抜けた返事が、決戦前の緊張した隊舎に、少しだけ場違いに響いた。

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