第36話 真相

 ダンの問いかけに、ゼノが去った後の隊舎は静まり返った。

 

 しばらく続いた沈黙を破ったのは、自らの正体を問われたセキレイ自身だった。

「⋯⋯そうだな。ゼノが、あれだけ遠慮なく色々なことを話していったからな」


 セキレイは、一度目を閉じ、遠い過去を思い出すように、ゆっくりと語り始めた。


「まず、ダンには言っていなかったが、あの絵本は私も1冊持っている。お前たちが読んだと聞いて、モニカとシュウにも後で読ませた」


 彼女は、遊撃隊の全員を見回した。

「そして、確かに私は、お前たちが言うところの――天界の出身だ。ただし、奴が言うようなセインツ、神聖騎士団の一員ではない」


「天界にも王がいて、王城があった。私はその王城を守る、王城守護隊の一員だった。遠征を主任務とする、攻めの神聖騎士団に対し、我々は守りに特化した部隊だった」


 セキレイの言葉は、絵本の物語と現実とを結びつけていった。

「神聖騎士団は、かつて、絵本にある『暗黒の大地』――魔界に攻め込んだ。あの“白い騎士達”としてだ。そして、3人の王を騙し討ちにし、魔界を手に入れた」


「神聖騎士団は常に野心的で、強大な戦闘力を持っていた。それゆえ、われわれ王城守護隊は、それぞれがセインツよりも強力な絶対防御を付与されていた。神聖騎士団が王に弓を引くようなことがあっても、守り切れるようにな。だから、中堅隊員にすぎなかった私でも、セインツの隊長に匹敵する絶対防御を持っている。――ゼノはそれに驚いたようだな」


 セキレイの表情は、次第に暗い影を帯びていく。

「私の時代も、神聖騎士団の野心は止まらなかった。彼らは、今度は、いま我々がいるこの世界を手に入れようとしたんだ」


「この世界には、彼らが魔界で狩り尽くしてしまった、強力な魔獣がまだ生息している。お前たちが直接見たことがあるのはグライフぐらいだがな。人と交わらない辺境の地で、太古の昔から語り継がれる生き物が、今もひっそりと生きているんだ」


「三王のような規格外の強者がいないこの世界が神聖騎士団の手に落ちるのは、目に見えていた。だが、それは天界の王が望むことではなかった。王は、余計なことをせぬよう、常に神聖騎士団を牽制していた」

「それでも止まらない彼らを、われわれ王城守護隊が、ついに実力で止めることになった。神聖騎士団の出征に反対を貫く王の身が危うくなったからだ」


 セキレイの瞳に、懐かしむような、それでいて痛みを堪えるような色が浮かんだ。

「王城守護隊には、当時、1人の戦闘の天才がいた。リヒトという。当時の天界で――いや、天界の歴史においておそらく最強の戦士だった。誰もが、彼は神聖騎士団に入るものと思っていたが、戦闘機会の少ない王城守護隊を自ら選び、人々を驚かせたものだ」


「リヒトは、今のヴァルやリオぐらいの年齢で入隊し、わずか3年後には部隊の主力となっていた。そして、ちょうどその時に、神聖騎士団との戦いが始まったんだ」


「戦い慣れている神聖騎士団と、防御力で優る我々の戦いは、容易には勝負がつかなかった。だが、リヒトの獅子奮迅の働きをきっかけに、形勢は徐々に王城守護隊に傾いていった」

「そこで神聖騎士団は、リヒトを倒すための一計を案じた。絵本の通り、彼らは劣勢になっても、ただでは決してやられない連中だ」


「彼らは、王城守護隊を無視して、この世界に先着しようとする動きを見せた。この世界への移動手段は、あの転移装置だ。天界とこの世界を結ぶ転移装置は、エリュシオン大陸の、険しい山脈にある神殿に置かれている」

「先にエリュシオン大陸に飛んだ十数人のセインツを追って、リヒトもまた、この世界にやって来た」

「――それを見届けて、神聖騎士団は、天界側から転移装置の機能を停止させたんだ。十数人の仲間ごと、リヒトを天界に戻れなくした」


「天界では、最強の戦力であるリヒトを欠いた王城守護隊は、みるみるうちに押されていった」

「王は、我々に言った。『もはや、自分を守護する必要はない。王城を捨て、この世界に先回りし、リヒトと共に神聖騎士団の野望を阻止せよ』と。天界からこちらに繋がる道は断たれたが、天界と魔界をつなぐ転移装置は生きていた。そして、魔界には、このリューネリア大陸へとつながる転移装置があったんだ」


「われわれ王城守護隊は、一部の者を残して魔界に渡り、そこからこのリューネリア大陸へと転移した」


「それが、あの鷲ノ巣の森にある神殿だったのか?」

 ダンの問いに、セキレイは静かに首を振った。


「違う。パルシオン郊外の森でもない。⋯⋯知らなかったか? シャッテントール村の奥にあるんだ」

「⋯⋯!」

 その言葉に、ダン、ヴァル、リオは息を呑んだ。

「――確かに、村の奥に、絶対に行っちゃいけない場所はあった。長老の家を通り抜けないと行けないから、見たこともねえけどよ」


「シャッテントールの人々の持つ力、特にお前たちの能力を考えれば、魔界に直接つながるルートが、あの村にあっても何ら不思議はない。――ともかく、私達はリューネリアに飛んだのだが、ここにもまた罠があった」


「どんな罠だ?」

「仲間のために転移装置の操作を続け、自分の順番を後回しにしていた隊員がいたんだが⋯⋯そいつは、セインツの息がかかった裏切り者だった。私達は1人1人、異なる時代のリューネリア大陸に、バラバラに飛ばされたんだ」


「時代も選べるのかよ、あの装置は」

「大まかにだがな。そして、王城守護隊員1人に対し、複数人のセインツが追跡し、それぞれの時代で、1人1人を確実に仕留めようとした」


「私は深手を負いながらも、どうにか2人の追手を始末した。――ちょうど、我々がグライフと戦った、あの森のあたりでのことだ」


「傷が癒えると、私は、ユイナフ最大の港湾都市ライデンシュタットからエリュシオン大陸に渡り、半年間リヒトを探した。だが、彼の地に残っているのは、英雄リヒトの様々な伝承だけで、彼本人の手がかりは何一つ得られなかった。どうやら、リヒトをはめた転移装置の罠は、今より数百年昔の時代を行き先としていたらしい」


「私は、またリューネリアに戻り、今度はこちらの大陸内を探し回った。だが、結果は同じだった。⋯⋯もう十年前。まだ先帝の時代のことだ」


「ちょうどその頃、マール領内全域の腕自慢を集めた、大規模な武芸の大会が開催されることになった。私はグレンツェンの城を急に訪ね、当時の騎士団総隊長とアルフレート様に自分の腕を見せた上で、大会への出場推薦を頼み込んだ。そして、必ず優勝してこのローゼンブルク領の名を高めるという約束で、領邦の一員として出場させてもらったんだ。アルフレート様には、ある程度、私の素性を話すことになったがな」


「その結果は、私も知ってるわ」

 モニカが、懐かしむように言った。「もちろん、ぶっちぎりで優勝。それからたった8年で、セキレイ様はローゼンブルク騎士団のトップまで上り詰めたのよね。私が知り合ったのは、副隊長の頃だったわ」


「何で、そんなにしてまで大会に出たの?」

 リオが尋ねる。


「リューネリアにもし生き残った同胞がいれば、同じように出場してくるかも知れないと思ってな。そうでなくとも、私の名が広く大陸に知られることになる――だが、どうやら、この時代のこの大陸には誰もいないらしい。ユイナフにもな」


「⋯⋯あんた、それでユイナフに戦争を仕掛けさせたんじゃねーだろうな。ユイナフ軍にいるかも知れない同胞を、あぶり出すために」

「馬鹿を言うな。そんなことはしない」

 セキレイは、ダンの問いをきっぱりと否定した。

「――だが、覇権思想を持つ勢力を許さないという私の考え方は、天界での経験からくる個人的な価値観が強く反映されていることは否定できない。モニカはずっと反対していたんだがな」


「⋯⋯言わなくてもいいんだけど」

 モニカが、少し遠慮がちに聞いた。「セキレイ様と、そのリヒトっていう人は、どういう関係だったの? なぜ、そんなにしてまで彼を探したの?」


 その問いに、セキレイはほんの少しだけ表情を和らげた。

「――弟なんだ」


「え⋯⋯」

「こうしている今も、この時代のリューネリアにふと転移して来はしないかと、時々、鷲ノ巣の森の神殿は見に行っている」


「そうだったの⋯⋯」

「だが、この時代の天界人は、おそらく私だけだ。今はもう、過去にとらわれるつもりはない。この時代の平和を、お前たちと共に実現させることを、第一に考えている」

 セキレイは、遊撃隊の全員を見回すと、きっぱりと言った。

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