第31話 謀議
「――聞いてほしいことがあるの、セキレイ様」
モニカが真剣な眼差しでセキレイを見つめていた。
「パルシオンでの情報収集って、まずはユイナフの本格侵攻の時期、それと侵攻ルート、動員される兵力を正確に把握したいってことよね」
モニカは、セキレイだけでなく、そこにいる全員に語りかけるように言った。
「でも、仮にそれを完璧に把握できたところで、この前の軍議で予測したみたいに、グリューンヴァルト領も、帝都アイゼンブルクも蹂躙されることは、結局防げないわよね?」
その言葉に、誰も反論できない。
「その前のどこかで迎え撃つとしても、どこで戦うとしても、あの装甲兵が前以上の数で来たら、こっちは止め切れない。そういう話をしてたわよね。覚えてるでしょ、シュウ」
「⋯⋯ああ」
シュウは、短く、重々しく頷いた。
「ましてよ。私達はゼノっていう大きな戦力の存在を、今の今まで知らなかったのよ。それで、敵の侵攻の詳細を知って一体どうするの。あんた達の誰を次の前線で犠牲にするか、それを決めるの?」
モニカの視線が、シュウ、ダン、ヴァル、リオを射抜く。
「あんた達、戦闘おバカさん達もよく聞きなさい。次はこの中の誰かが、あるいは皆が死ぬわよ。それでもユイナフを止められる保証なんて、どこにもない。違う? セキレイ様」
セキレイは、その問いを正面から受け止めた。
「⋯⋯確かに、次の戦闘は、よほどの覚悟が必要になる。立場上、私1人の命は捨てる準備ができているが、万が一ゼノが出てくるようなら、それだけでは済まないだろう」
「おそらくはゼノが主導的な役割を果たしたのだろうが、ユイナフの部隊は打ち負かせない。特殊な技能を持つ我々だけが何とか戦えるが、通常の軍では勝負にならない。戦争の次元が変わってしまった。正直なところ、次の侵攻は、ここにいる我々が敗北すればそれで終わりだ。そして、そうなる可能性は十分にある」
「だったら!」
モニカの声が熱を帯びる。「潜入するなら、そんな絶望的な戦いの準備をするんじゃなくて、戦争そのものを終わらせるための工作をするべきではないの!?」
「お前の言うことは正しい」
セキレイは、静かに同意した。「もちろん、戦争にしないことも常に選択肢にはある。――だが、今からユイナフを止められるか? おそらくかなり前から、大陸の制覇に向けて準備していたんだ」
「それを考えましょうよ」
モニカのその一言が、遊撃隊の任務の目的を、根底から揺さぶっていた。
「⋯⋯わかった」
セキレイは、モニカの提案を受け入れた。「ユイナフへの潜入は予定通り実行する。だがモニカ、お前は全面戦争を避けるための方策を出発までの2日間で考えろ。他の仕事は一切しなくていい」
セキレイはそう言うと、今度はダンに視線を向けた。
「ダンは、後で城にある私の部屋まで来い」
それだけを告げると、彼女は一人、隊舎を出て行った。
(やべえ⋯⋯)
ダンは、さっきゼノとの会話を報告した際に、うっかり「天界と魔界」という言葉を口にしてしまったことを思い出した。間違いなくその話だ。
「⋯⋯何言われるか分かんねーけど、行ってくるぜ」
ダンは、仲間たちにそう言うと、セキレイの後を追った。
「さ、ヴァルとリオは傷口に薬を塗り終わったら、さっさと寝てきなさい」
モニカは、テキパキと指示を出すと、一人残ったシュウに向き直った。
「シュウ。あんたの意見も、一応聞いておくわ。戦争を避ける方法なんて、何かあると思う?」
夕刻のグレンツェン中心部は、家路につく人々や、物資を運ぶ荷馬車が慌ただしく行き交っていた。ダンは1人、その喧騒の中を抜け、滅多に立ち入ることのない、領主の城へと向かった。
セキレイに教えられた部屋の扉をノックすると、中から「入れ」という、短くも凛とした声が響いた。
部屋の中は質素だが、彼女の生き方を示すかのように、一点の曇りもなく整えられていた。
「ゼノが天界と魔界に詳しそうだったと言ったな。具体的にどんな話をした」
セキレイは、窓の外に広がる街を見下ろしながら、そう切り出した。
「⋯⋯ああ。絵本の内容を知ってた。あれは、エリュシオン大陸で作られた貴重な本だと」
「他に何か言っていたか」
「さっき、ゼノとの戦いを再現した時に、オレが炎の壁を盾にしただろ。あれを、あいつは『神聖騎士団の絶対防御の真似事か』と言ったんだ。『神聖騎士団は天界の戦争屋』だともな。⋯⋯なあ隊長。あんた、そうなのか?」
その問いに、セキレイは答えなかった。代わりに、彼女は問い返した。
「ならば、お前は魔界の王なのか? 能力が同じだからと言って、そうではないだろう」
その言葉に、ダンは俯いた。
「――オレとアシュヴァルの関係は、全然わからねえ。ただ、時々怖くなることはある。オレ自身がというより、ヴァルとリオを見ていて、だけどよ。あいつらの能力は、恐ろしいほどの速さで成長している。本当に、あの絵本の王達みたいに⋯⋯。自分ではよくわからないけど、きっとオレにもそういうところがあるんだろう」
その弱音ともとれる告白に、セキレイは静かに、しかし力強く言った。
「迷うな。我々の目的から目を離さずにいろ。それが、お前の道標となる」
彼女は、ダンの目を見据えた。
「――もう、戻っていい」
ダンは、何も言わず、ただ一礼すると、静かに部屋を後にした。
セキレイとダンが隊舎を去った後、モニカとシュウは二人きりで、地図盤を挟んで向かい合っていた。
「あの忌々しい装甲兵、この前の戦いでは10体だったけど、あれが増えるとなると、かなり苦しいわね」
モニカが、厳しい表情で切り出した。「攻撃が通りそうなバルガスや、能力を開花させつつあるヴァルやリオを投入したとしても、向こうが50体もいれば、明らかにこっちが劣勢だわ」
「ダンの話では、ゼノはあの装甲の一部を、まるで自分の手足のように持ち歩いていると言っていた。相当な数を、すでに用意できていると見るべきだろうな」
「ええ。ユイナフが全軍を挙げて来るなら、50どころではないかも知れないわね」
重い沈黙が、2人の間に流れる。それを破ったのは、シュウだった。
「⋯⋯エティエンヌを仕留めるだけなら、リオの能力を使えば、可能かもしれない」
敵の大将の目の前に瞬時に現れ、奇襲による一点突破。理論上は可能だ。
「――でも、実行役は片道切符かもね」
モニカが、その作戦の結末を口にする。
「俺がやってもいい」
シュウは静かに言った。「元々、グレンツェンの裏通りで朽ち果てるはずだった野良犬だ。それが今や、帝国の各地で、いっぱしの騎士のように扱われている。剣士として、十分に成り上がったさ」
「なに言ってんのよ!」
モニカは、その自己犠牲的な言葉を、強い口調で遮った。
「あんたは、そんなところで満足してちゃダメなのよ。セキレイ様を超える、唯一の剣士になるんでしょ」
「そりゃ、俺もなりたいが――戦況が、それを許さない」
「いいえ」
モニカの瞳が、怜悧な光を宿した。「エティエンヌ1人を仕留める、というのは、いいヒントかも知れないわ。⋯⋯暗殺はどう?」
「まさか、ユイナフに潜入してか?」
「ええ」
モニカは、地図上の、ユイナフの首都パルシオンを指さした。
「狙うは宰相エルドレッド。それと、ユイナフ国王クロヴィス3世の首よ。あの神殿から転移すれば、可能性はなくはないわ」
その大胆すぎる作戦に、シュウは圧倒されたが、彼の目には、絶望ではなく、新たな活路を見出した光が灯った。
「俺に行かせてくれ」
「ヴァルやリオの力も必須になるけど⋯⋯。でもまだ単なる思いつきよ。これでセキレイ様を説得できるか、自信ないけどね。ダンの意見も聞いてみましょう」
モニカは、不安げな苦笑いを浮かべた。
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