第27話 パルシオンの森
鷲ノ巣の森からユイナフの首都パルシオンまで、ヴァルが化けた大鷲の背に乗っても、直線距離で15時間ほどかかる。
ヴァルの消耗度合いを考慮する必要はあるものの、休む時間は最小限にしなければならない。遊撃隊の若者たちにとって、これまでで最も過酷な任務の始まりだった。
前夜、セキレイに見送られて森を飛び立ち、彼らは真っ直ぐ西を目指した。
眼下には闇に沈むローゼンブルクとレーゲンスブルクの地が広がり、数時間後にはユイナフ領へと入る。
そこからは北西へと針路をとり、さらに数時間飛行を続けたが、まだパルシオンは見えてこない。
その辺りで、彼らは眼下に撤退していくエティエンヌの一団の姿を捉えた。無数の松明が、まるで巨大な光る蛇のように、街道を西へと進んでいる。
「あいつら、明後日にはパルシオンに戻りそうだ。早いとこ潜入ルートを開かないと、俺たちの行動が制限されちまうな」
ダンが、眼下の光の列を見下ろしながら呟いた。
一度、3人は岩場の陰に降りてヴァルのために短い休息をとり、再びパルシオン郊外を目指して飛び立った。
夜が明け、太陽が高く昇った頃、ようやく前方の遥か彼方に白く輝く壮麗な街並みが見えてきた。ユイナフ王国の首都、パルシオンだ。
前夜に飛び立ち、翌日の陽が明るい内に目的の森までたどり着き、上空から神殿を探す――どうにか、モニカが立てた予定通りの行程だった。
真っ直ぐ進めばパルシオン市街だが、彼らが目指す森は、左手の方角、より西へと進んだ先に広がっていた。
遠目に見ると、その森は広大だった。ローゼンブルクと帝都アイゼンブルクの間、黄金平原の脇にも広大な森林地帯が広がっているが、規模はそれに優るとも劣らない。
「うわあ⋯⋯。なんだか、グライフが棲んでそうだね」
リオが、少し怖気づいたように言った。
「いたら倒すさ。今のオレ達ならできる」
ダンは、こともなげに答えた。先の戦いの経験が、彼に確かな自信を与えていた。
ヴァルは、慎重に高度を下げ、森の上空を旋回し始めた。
しばらくの間、果てしなく続く木々の海を上から眺めているだけだったが、不意にダンが声を上げた。
「おい! 木の間に、何か白っぽい建物の一部が見えるぞ!」
「よし、一旦降りてみるか。俺たちの探してる神殿かもしれねえ」ダンの指示で、大鷲はゆっくりと降下を始める。
鬱蒼とした森の中に、3人は音もなく降り立った。ヴァルは大鷲から人の姿へと戻り、疲れたように息をつく。
目の前には、木々の間に見えていた白亜の建物がそびえていた。しかし、近付いてみると、上空から見た印象とは大きく異なっていた。鷲ノ巣の森にある、あの古びた神殿よりもずっと大きく、どこか近代的な造りをしている。
「これじゃなかったな」
ダンは、即座に結論を下した。
「しかし何だろうな、ここは⋯⋯おい、エティエンヌ!」
ダンの唐突な呼びかけに、ヴァルは心底うんざりした顔をした。
「もーっ、人使い荒すぎだってば!」
文句を言いながらも、ヴァルの体はきらめく光に包まれ、次の瞬間には、ユイナフが誇る青薔薇の騎士、エティエンヌの姿へと変わっていた。
エティエンヌは建物を一瞥すると、尊大な口調で説明を始めた。
「ここは、我がユイナフの王立研究所の付属施設だ。研究所本体ではないが、大きな図書館があり、研究者の出入りは多い。仕事柄、私のような騎士がここに来ることはないから、中のことはよく知らんがな」
説明を終えると、ヴァルはすぐに変身を解いた。
「ふうっ。やっぱり、この人になるのは疲れるよ」
「よし、もう一度空に上がるぞ!」
ダンの号令に、ヴァルは悲鳴のような声を上げた。
「もうっ! おれの負担、大きすぎない!? 潜入任務になるといつもこうだ! リオ! お前、さっきから楽しすぎなんだよ! 何もしてないじゃんか!」
突然名指しされたリオは、びくりと肩を震わせると、おずおずと口を開いた。
「そ、それなんだけど……さっき、上からこの施設を見つけた時、ちょうど反対の方向に、神殿っぽいの、見えたよ」
「なんだと?」
ダンの目が、きらりと光る。
「早く言えよ! よし、行くぞ、ヴァル!」
「へーへー、わかったよ⋯⋯」
再び大鷲に変身したヴァルの背に乗り、3人は空へと舞い上がった。リオが指し示した方角へ、直線距離にして5キロほど飛ぶと、確かに、木々の間にひっそりと佇む石造りの神殿らしきものが見えた。鷲ノ巣の森で見たものと、瓜二つだ。
「よく見えたな、リオ!」
ダンがリオの頭をわしわしと撫でる。
3人は、再び慎重に森の中へと降り立った。今度こそ、目的地にたどり着いたのだ。
彼らは、森の中に佇む神殿の前に立った。
「間違いないね。ローゼンブルクの鷲ノ巣の森にあった神殿と、全く同じだ」
「よし、行くか」
ダンは神殿の入り口を睨みつけ、2人に声をかけた。
ヴァルが、ゴクリと喉を鳴らす。
ダンは、確かめるように足元の小石を拾うと、神殿の入り口に向かってひょいと放り投げた。
バチィッ、と鋭い音がして、小石は目に見えない何かに弾かれた。
「やっぱり、防御壁があるね」
「ああ。でも、隊長のとは少し違うみてーだ」
「どういうこと?」リオが、不思議そうに首を傾げた。「この前、戦場でこっそり隊長の背中に向かって小石を飛ばしてみたんだよ。けど、隊長の絶対防御は作動せず、小石は隊長に当たった」
「確かに、ここのは常に壁が張りっぱなしになってる感じがする」
ヴァルも同意する。
「石ころ1つでも中に入れば、リオの能力で楽に入れたんだがな。仕方ねえ、破るしかねーか」
そう言うと、ダンはニヤリと笑い、自らの周囲に7つの黒い炎の塊を虚空から生み出した。
彼は、その7つの黒炎を、わずかな時間差で見えない壁の一点へと叩き込んだ。凄まじい衝撃音が連続し、最後の黒炎が着弾した瞬間、空間がガラスのように砕ける甲高い音が響いた。
壁を破り、3人は神殿の中へと足を踏み入れる。
内部は、ローゼンブルクのそれと全く同じく、風化した外観とは対照的に、まるで新造されたかのように真新しかった。
ダンは、慣れた様子で壁に掛けてある銃を手に取ると、奥の祭壇へと進んだ。
「この銃を、こうはめ込んで⋯⋯この出っ張りを、押す、と」
ダンの操作に応じ、祭壇が青白い光を放ち始めた。低い唸りのような音が響き、転移装置の起動が成功したことを示している。
「何か、すごい魔力を感じるけど⋯⋯正規魔法の魔力とは、やっぱり違う感じがする」
リオが、不思議そうに呟いた。
「他のとこ押したらどうなるんだろう。ボタン、あと2つあるけど」
ヴァルが、操作盤を覗き込む。
「おい触んなよ! 隊長は絶対触るなっつってたぞ」
「わかったよ。でもさ、隊長がそう言うってことは、何か機能があるよね」
「他にもこういう神殿があって、そっちに飛ぶのかもしれねーな。このリューネリア大陸だけじゃなく、エリュシオン大陸にも⋯⋯ま、ローゼンブルクはこれで開通だ」
ダンはそう言うと、満足げに腕を組んだ。
「思ったより、早かったね」
リオが無邪気に笑う。
その言葉に、ダンの目が悪戯っぽく光った。
「早すぎるよな。なあ? 思ったよりずいぶんと時間ができたぜ。でよ、お前ら。さっき通りかかった王立研究所の付属施設、ちょっと忍び込んでみようぜ」
「はあ!? そんなとこ侵入して何すんのさ!」
ヴァルが、素っ頓狂な声を上げた。
「エティエンヌが言うには、大きな図書館があるんだろ? 『黒い王たち』に近い本でもねーかなと思ってよ。で、最後は建物ごと燃やして帰ったらどうだ? これも立派な潜入工作だぜ」
「燃やすのは絶対ダメだよ! 全然潜入じゃないじゃん! 攻め込んでるじゃん!」
ヴァルが、真っ青になって反対する。リオも、冷静に付け加えた。
「森で大きな騒ぎを起こすと、この神殿の場所がユイナフに見つかる危険があると思う」
「⋯⋯わーったよ」
2人の説得に、ダンは渋々といった様子で頷いた。
「じゃあ、おとなしく忍び込むだけにするから。いいな、リオ。お前の能力を、フル活用させてもらうぞ」
その顔は、まだ何か企んでいることを隠そうともしていなかった。
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