第25話 軍議

 セキレイとエティエンヌが睨み合う、その間に割って入ろうとしていたユイナフの通常兵たちが、突如として現れた影によって斬り倒された。

 シュウだ。


 彼は、邪魔な兵士を排除すると、その勢いのままエティエンヌへと斬りかかった。


「なっ⋯⋯!」

 不意を突かれたエティエンヌだったが、卓越した反射神経でシュウの剣を受け止める。


「また会ったな、少年。大人の仕事を邪魔するなと言ったはずだが」

「あんたを倒すのが、今の俺の仕事だ!」


 エティエンヌの注意がシュウに向いた一瞬の隙を、セキレイは見逃さなかった。周囲を固めていた兵士たちを蹴散らし、距離を取る。

 そして、エティエンヌに向かって言い放った。

「紹介しておこう。私の部下、シュウだ。そなたの相手を任せている」


 さらに、セキレイは戦場全体に響き渡る声で宣言する。

「周囲の者に言っておく! この2人の戦いに手を出すな! 邪魔をする者は、この私が相手だ!」


「⋯⋯随分と、軽く見られたものだな」

 エティエンヌの目に、侮辱と怒りの色が浮かんだ。「若かろうが、遠慮なく斬りますぞ」

「やってみろ!」

 シュウが、再び激しい剣撃を繰り出した。


 剣を合わせながら、エティエンヌは、目の前の少年がレーゲンスブルクの森で出会った時とは全くの別物であると感じていた。

(速い! いや、速さだけではない。剣の重み、太刀筋の鋭さ、全てがあの時とは比べ物にならない。短期間で、これほど成長しているというのか――)


 シュウもまた、確かな手応えを感じていた。

(やれる! エティエンエンヌのスピードについていけてる!)


 激しい鍔迫り合いとなり、体格で勝るエティエンヌが、シュウを突き放して一旦距離を取った。

 彼の肩が、荒い息で上下している。シュウの息もまた、激しく弾んでいた。


 その光景を見て、セキレイが声をかける。

「どうだ、エティエンヌ殿? 軽く見ていたのはどちらの方かな」


 彼女は、エティエンヌが動揺しているのを見て取り、畳み掛けた。

「そなたの命を奪うだけなら、私がいつでも加勢できることを忘れるな。褒められたことではないが、そちらも、先ほど私を背後から狙わせた。戦場では文句はないだろう。そして、見てみるがいい」

 セキレイは、後方を指さした。


「見覚えがあると思うが、あそこにいるのも私の部下だ。私を狙った狙撃兵は彼がすでに始末している。そなたたちが誇る妙な装甲の兵も、見ての通り、2人を戦闘不能にしたようだな」

 エティエンヌがそちらに目をやると、手首から先を失った2人の装甲兵が、うずくまっている姿が見えた。エティエンヌは、驚愕に目を見開いた。


「どうする、エティエンヌ殿。そちらの特殊戦力は5人に半減、大将であるそなたの首には剣が突きつけられている。とるべき選択肢は、ひとつだけだと思うが?」


「⋯⋯そうですな」

 エティエンヌは、しばらくの沈黙の後、悔しさを押し殺して言った。


「では、まず貴女たちに、この場からレーゲンスブルク領まで下がっていただこう。ここはユイナフ領ですからな。その後で、我々は撤退する」


「いいだろう」

 セキレイは、シュウの腕を掴むと、超速でダンのもとまで後退した。そして、ユイナフ軍全体に聞こえるように、最後の言葉を投げつける。


「たった3人を相手に敗退したという事実を、首都パルシオンで、宰相殿によく報告することだ!」

 そう言い残すと、3人の姿は、リオの能力によって音もなく戦場から消え去った。


「消えた⋯⋯!」

 ざわめきが、ユイナフの陣営に広がる。


 エティエンヌは、セキレイたちが消えた空間をしばし睨みつけていたが、やがて全軍に聞こえるように号令した。

「負傷者を集めろ! 全軍、撤退する!」

 その声は、リューネリア大陸中に響き渡る、ユイナフ王国の最初の敗北を告げる声となった。

 

 一時は手に負えないと思われたユイナフ軍を撤退させたという、信じがたい勝利の報は、マール連合軍の陣営を熱狂させた。その熱狂の中心にいたのは、神足セキレイと、その2人の部下だった。


 翌日、連合軍の本陣で再び軍議が開かれた。そこには、バルガスやジギスムント皇子といった面々に加え、各領邦から集った有力な騎士や傭兵隊長たちが顔を揃えている。そして、その末席にはシュウの姿もあった。


 ユイナフ随一の騎士エティエンヌと互角に渡り合った彼の声望は、爆発的に高まっていた。

 軍議の前には、各領邦の血気盛んな騎士や腕自慢の傭兵たちが、競ってシュウに手合わせを申し入れてきた。「あのエティエンヌ卿と渡り合った剣、ぜひ一度拝見したい」と。

 かつてグレンツェンの片隅で、日銭を稼ぐための賭け試合しかできなかった頃を思い出し、シュウは自分の置かれた立場の変化に戸惑っていた。


 ひとたび軍議が始まると、陣地を包んでいた祝勝ムードは消え去り、重苦しい空気が天幕を支配した。議題は、今後のユイナフ軍の動向についてだった。


「奴らが誇る、あの奇妙な装甲兵⋯⋯」

 老騎士ゲオルグが、呻くように言った。「今回は10名ほどだったが、次はもっと数を増やしてくるのではないか」


 銀狼のバルガスが続ける。

「魔力の集束に時間がかかるのが奴等の弱点だが、きっちりと防御の硬さで補ってやがる。今回セキレイ殿が突いた脚の弱点も、間違いなく改良してくるぜ。脚全体を防御されたら、今日の3人のほかには、俺の斧ぐらいか。通用しそうなのは」


「その通りだ。我々ではもはや手出しができん」

 若き騎士団長コンラートも、悔しそうに続けた。「両軍が再び向かい合っても、あの装甲兵を倒せる者が片手で数えられる程度では、勝負にならない。こちらの軍勢は一方的に強力な魔法攻撃を食らい続け、ただ蹂躙されるだけだ」


 天幕の中に、誰もが口に出せずにいた事実が、重くのしかかる。

 軍勢と軍勢がぶつかり合う、これまでの戦いの常識は、終わってしまったのだ。ユイナフに、それを終わらせた者がいる。ユイナフは、戦争のあり方を変えてしまった、とんでもない人材を抱えているらしい。


「おっしゃる通り、次はユイナフも総力戦を仕掛けてくるでしょう」

 セキレイが、地図を指し示しながら言った。「ただし、今回のように森の多い南方ルートは使ってこない。街道が整備され、今日のような妨害を受けても大軍を動かしやすい北方から、大きく迂回してくる可能性が高い。そうなれば、最初の標的はグリューンヴァルト、次いで帝都アイゼンブルク。最後に我々ローゼンブルクとなるでしょう」


 その言葉に、ジギスムント皇子が苦渋の表情で口を開いた。

「⋯⋯帝都は、おそらく降伏するでしょう。今の父上と帝国軍に、ユイナフの本隊と戦う力も気概もない」

「それが賢明な判断です」

 セキレイは、静かに同意した。無駄な血を流す必要はない。


 問題は、ユイナフ軍がいつ動くかだった。一度首都パルシオンに戻って態勢を立て直し、再編成した大軍を動かす時期が、全く読めない。

「その時期を探りたいが、首都パルシオンでの諜報活動は、もはや容易ではないだろうな」

 バルガスが唸る。


 セキレイが静かに手を挙げた。

「その任、我々ローゼンブルクの遊撃隊がお引き受けしよう」


 天幕にいた全員の視線が、彼女に集まった。敵国の首都への潜入――それは、あまりにも危険な任務だった。

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