第24話 覚醒
ユイナフ軍の前衛部隊の前方に、音もなくローゼンブルクの騎士団総隊長、セキレイが姿を現した。
「来たぞ!」
エティエンヌの陣営から、誰かが叫んだ。
その声が届くよりも早く、セキレイの姿は消えた。次の瞬間、最前線に立っていた装甲兵の1人が、胸に強烈な衝撃を受け、数メートル後方まで吹き飛ばされる。
大陸全土に知られた、セキレイの神速の突き。しかし――。
「硬い!」
セキレイは、自らの剣先に残る鈍い感触に、内心で舌を巻いた。怪鳥グライフの硬い羽毛をも容易く切り裂くこの剣が、装甲を貫けない。よほど特殊な金属で作られているようだ。
吹き飛ばされた仲間を見て、間近にいた別の装甲兵が、即座に反応した。右腕をセキレイに突きつけ、その掌から灼熱の火球を放とうとする。
「喰らえっ!」
だが、セキレイは魔力の集束を待たなかった。とっさに深く身をかがめると、踏み込みと同時に剣を水平に薙ぐ。狙いは、分厚い装甲に唯一覆われていない、脚の付け根、内腿。
ザシュッ、という肉を断つ生々しい音が響き、装甲兵の動脈から噴水のように血が吹き出した。彼は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ち、動かなくなった。
その瞬間、複数の乾いた破裂音が、側面の森から響き渡った。
セキレイからは死角となる位置に潜んでいた、数人のユイナフ兵が、隣のエリュシオン大陸で使われ始めた新兵器――「銃」を構えていた。
「勝った!」
副官が叫ぶ。
セキレイを仕留めるべく放たれた数発の弾丸が、回避不能の速度で彼女の体に殺到する。
バチバチバチッ!
しかし、銃弾はセキレイの体に届く寸前で、見えない壁に弾かれ、火花を散らしてあらぬ方向へと飛び散った。
「なんだと!?」
必殺のタイミングで放った一斉射撃だというのに、標的は無傷。何が起こったのか全く理解できず、ユイナフ軍の兵士たちに一瞬の動揺が走った。
セキレイは、その隙を見逃さなかった。再び神速で駆け、さらに2人の装甲兵の脚を、深々と剣で貫く。
マール側の軍勢は、1人敵陣で荒れ狂うセキレイをなすすべなく見つめていたが、ふとシュウが「――あの装甲兵は、近付いている方が安全だし、倒すチャンスがある」と呟いた。
そしてリオに向かって言った。
「リオ、俺もあそこに送れ。タイミングは合図する。ダンも一緒にだ」
名前を出されたダンも、自分の果たすべき役割は察していた。
「お前、オレに銃の奴等を片付けさせて、隊長にはあの変な鎧の奴等を引き受けさせて、安全になったところで自分はエティエンヌをやる気だろ」
「狙撃手だけじゃなく、装甲兵も倒せよ」
「言われるまでもねーよ!」
残る装甲兵は7人。
「これが新編成の部隊か! 口ほどにもない!」
セキレイが挑発した、その時。
「おのれっ!」
エティエンヌが、青薔薇の紋章を掲げて自ら斬りかかってきた。
その背後で、ユイナフの副官が叫ぶ。
「今だ、全軍かかれ! セキレイを包囲しろ!」
セキレイの口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
(乱戦になると、絶対防御が破られる確率は上がる。戦いに命をかけるのは久しぶりだ――だが、チャンスだ)
エティエンヌが自ら前に出てきた。これこそ、彼女が待ち望んでいた瞬間だった。
戦場の様子を伺っていたシュウが言った。「よし、頼む。リオ」
「うん、いくよ!」
エティエンヌがセキレイに斬りかかろうとした、その刹那。セキレイの後方にシュウとダンが現れた。
「うおおおおっ!」
シュウは、前方にいる標的――エティエンヌに向かって、猛然と走り出した。
セキレイは、エティエンヌの剣を受けながら、己の背後に現れた2人の気配に気づいていた。
(あいつら、私の指示なく――いや、シュウが真っ直ぐエティエンヌに向かって来ている。⋯⋯ちょうどいい)
彼女はシュウの意図を瞬時に理解し、その進路を塞がぬよう、わずかに身を引いた。
一方、ダンは、先ほどセキレイを狙った3人の狙撃手を見つめ、深く集中した。
(あれをやってみよう――)
ダンの視線の先、狙撃兵たちの目の前に、それぞれ小さな黒い魔力の塊が虚空から現れる。次の瞬間、その魔力の塊が一斉に鋭い槍状に伸び、狙撃手たちの胸を正確に貫いた。狙撃兵たちは声も上げずに崩れ落ちる。その異変に、まだ誰も気づいていない。
(よし、特訓の成果が実戦で出たぜ)
ダンは、内心でほくそ笑んだ。
絵本のアシュヴァル王は、見つめただけでそこに炎を出したというが、それをヒントに、そこからさらに槍を生み出す技だった。
(オレこそ、狙撃手みたいじゃねーか。⋯⋯魔法使いとして、戦場でもっと派手な正規魔法を撃ちまくって有名になるはずだったんだがな)
(まあ、今そんなことを言っても始まらねえ――。上手く近づけばエティエンヌもやれそうだが、横取りもできねえ。次は、あの変な鎧だな)
ダンが次の標的を探した、その時だった。側面から回り込んできた装甲兵が、至近距離でダンに向かって右腕を突き出していた。
「やべえっ!」
とっさに黒い火球をぶつけようとしたが、距離が近すぎて自分も爆発に巻き込まれる。かといって、装甲兵の強力な魔法が直撃すれば死ぬ。
装甲兵の右腕に灼熱の魔力が集束していく様子が、スローモーションのように見えた。
(エネルギー⋯⋯そうだ、あれもエネルギーだな⋯⋯)
ダンは半ば無意識に、魔力の集束する装甲兵の右腕を、ただじっと見つめていた。
ハッと我に返った彼は、ありったけの力で、自らの前に黒い炎の防御壁を作る。だが、高速で放たれた巨大な火球は、壁ごとダンを後方に派手に吹っ飛ばした。
「あ、あぶねえっ⋯⋯!」
全身を打撲しながらも、どうにか起き上がる。火炎そのものは、黒い炎が防いでくれたようだ。
「ふっ飛ばされるだけでも、これだけのダメージか。打ち所が悪かったら戦闘不能になっちまう。炎の壁だけじゃ守れねえ!」
追い討ちをかけようと、装甲兵が再び右腕を突き出す。
(そうだ――さっきの、あの感覚――)ダンは先ほどのぼんやりした瞬間を思い出した。そして、今度もまた、装甲兵の右腕に集まる魔力をただじっと見つめた。
次の瞬間、火炎魔法を放つために集束していたはずの紅蓮の魔力が、一瞬にして黒い槍へと変化した。そしてその槍は、装甲兵の右手首から先を断ち落とした。
「これだ!」
ダンは、戦慄と共に確信した。「これだよ!」
(あの本のアシュヴァルは、自分の黒い炎だけじゃない。他のエネルギーも操れたんだ!)
エティエンヌと剣戟を繰り広げながら、シュウを待ち、周囲に目を配っていたセキレイは、ダンが起こしたその現象の一部始終を目撃し、驚愕と焦りを感じていた。
(覚醒している⋯⋯! ヴィクトル殿が何かを教えたのか、それとも、あの本を読んだのか? この戦争のさなかに3王が復活したら、どうなってしまうんだ!?)
彼女の額に、初めて冷たい汗が浮かんだ。
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