第18話 帝都からの来訪者

 バルガスが勢いよく出ていった後の隊舎で、セキレイはシュウに向かって言った。

「バルガスはあんな態度だから表面上は小物のようにも見えるが、武勇と見識を持ち合わせた、マールでは一流の戦士だ。彼の実力をこんな短期間で上回るとはな」


 シュウはまっすぐにセキレイを見て答える。

「まだまだだ。1人でグライフを倒せるかわからない。エティエンヌもいるし、あなたもいる。それに、完全にこいつの上を行っている気もしない」


 シュウに指を差されたダンが口を尖らせた。

「どっちかというとオレの方が上なんだよ。言っとくけど、オレもバルガスとやれば勝つと思うぜ。でも、オレの技はいちいち殺傷力が高くて、戦士との模擬戦には向かねーんだよな」


 ダンの不満についてはセキレイも問題意識を持っていた。ダンは、実戦経験を積むのと同時に、魔法使いとの切磋琢磨が必要だ。


「そんなこと言って、あんたたち知らないでしょうけど、ヴァルとリオ、帝都ですごかったんだからね。上ばかり見てると抜かれるわよ」

 バルガスという物差しによって、はっきりと自分達の実力に自信を持ち始めた様子の2人を、モニカが戒めるように言った。


 が、ダンには響いていないようだった。

「本当かよ。だとしたら、オレ達こんな人数でも強すぎるんじゃねーか?」


 セキレイが頷く。

「だから、さっきのバルガスのような申し出があれば、他の領邦に振らねばならない」


 モニカが面倒くさそうに言う。「レーゲンスブルクは近いからバルガスが最初に来たけどさ、今や救国の英雄セキレイだし、ひょっとしたら色んな領邦から同じような人が続々来ちゃうかもね」


「その戦力の割り振りは、モニカに頼むとするか」

「なんでよ、セキレイ様! もうちょっと休ませてよ!」


(それにしても――)

 シュウにしろ、ダンにしろ、会うたびに強くなっている。誇張でなく、もはやこの遊撃隊がローゼンブルクの最大戦力となっていた。



 バルガスがレーゲンスブルクに帰ってから、さらに数日が過ぎた。


 久々に騎士団の総隊長としての隊務についていたセキレイは、領主アルフレートから急な呼び出しを受けた。


 務室に入ると、そこには見慣れぬ3人の男がいた。その中心に立つ若者の姿に、セキレイは息を呑んだ。その顔立ちは、若き日の皇帝の肖像画に生き写しだった。


「紹介しよう、セキレイ。こちらは、帝都よりお越しの、皇帝ルドルフ4世陛下のご子息、ジギスムント殿下であられる」

 なんと、帝国の皇子が、側近2人だけを伴って、このような遠方の領邦まで極秘裏に訪ねてきていたのだ。


「お初にお目にかかる、神足のセキレイ殿」

 皇子ジギスムントは、年の頃は20歳を少し過ぎたぐらいだろうか。血気盛んで、その瞳には知性と強い意志の光が宿っていた。自身も帝国軍の参謀本部に籍を置いている。


 ジギスムントは、セキレイに対して深々と頭を下げた。

「まずは、一連の帝国政府の非礼を、カール家の一員として心よりお詫び申し上げます。父が、そして帝国が、貴女という真の愛国者に対して行った仕打ちは、許されるものではない。我々の弱さを私は嘆いています」


 彼は顔を上げ、熱のこもった声で言った。

「今回の一件で、私は思い知らされました。帝都の民は、もはや帝国軍を腰抜けと嘲り、信頼は地に落ちています。事実、長き平和の中で、帝国軍は今や帝都アイゼンブルクの守備隊に成り下がってしまった。貴女がユイナフの騎士に対し、『帝国軍が恐れる軍勢でもローゼンブルクは全く怖くない』と言い放ったそうですが、それはもはや、ローゼンブルクに限ったことではありますまい」


 彼は、悔しさを滲ませながら続けた。

「帝国軍の一員として、私や志ある兵たちは、もうこの現状に耐えられないのです。ユイナフに対する牽制は、すべて貴女1人が行った。帝国政府そのものが、まともに機能していないことは明白です。私は皇帝家の一員ではありますが、もはや父や政府にこの国を任せられないと考えるに至りました。どうか、我らも貴女の仲間に加えていただき、領邦の守護につかせていただきたい!」


 それは、帝位継承権者による帝国からの離反宣言だった。

 セキレイは、この若き皇子の申し出に、静かに、しかしはっきりと答えた。


「殿下のお志、確かに承りました。そのお覚悟、嬉しく思います。ただ、恐れながら申し上げますと、私は新たな王や支配者を求めているわけではありません」


 ジギスムントは黙って聞いている。

「それぞれの領邦が、自らの足で立ち、自らの民を守る力を持つ。そして共通の脅威に対しては、対等な立場で手を取り合う。そのような、しなやかで強靭な連携こそが、この大陸に真の安定をもたらすと私は信じています。私が目指すのは、そのような国の形です」


 セキレイは、皇子の目を見据えた。

「ですから、私の理想を突き詰めれば、旗印になるような突出した個は必要ないのです。これは私自身に言えることですが――」

「大変無礼な申し上げ方をしているかも知れませんが、ご容赦ください。私の目指す国の形、いや国の守護の形にご賛同いただけるのならば、陛下にも、現在の地位から離れ、同志としてそのお力を貸していただきたく存じます。民のために剣を振るう守護者として」


 ジギスムントは笑顔で答えた。

「元よりそのつもりです。私自身、このマールという土地に、そしてその土地を守護する神にお仕えする身なのですから」


 セキレイは、この青年が20年遅く生まれてきたことを惜しんだ。ジギスムントの治世であったなら、自分は神聖マール帝国の解体を思い描くことはなかっただろう――と。


「ご賛同いただいた方々には、今なおユイナフの脅威に晒されている、国境地帯の領邦の力となっていただくようお願いをしております。特に、最も不安定なレーゲンスブルクに兵を回していただけると心強い」


 皇子とその側近たちは、セキレイが常にマール帝国全土、大陸全土を頭に思い描いていることに、ただ感嘆していた。


 セキレイはまた、バルガスにも言ったように、今後の戦士たちの交流を活発にしていくことを提案し、快諾を得た。


 会談を終えたセキレイは、ひとり城を辞去しながら思考を巡らせていた。


(私の意思に共鳴する者たちが、それぞれの場所で立ち上がり始めた。帝国政府は形骸化し、帝国軍もまた有名無実の存在となる。第一段階は達成された)


 彼女の視線は、すでに次の段階へと向いていた。

(次はユイナフだ。今度は戦いが避けられない――)

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