第13話 悪魔の脚本

 宿の一室。

 ランプの揺れる灯りの下、モニカがテーブルに広げた帝都の地図を前に、最終的な作戦の確認を始めた。その口調は、まるで舞台監督が役者たちに最後の指示を与えるかのように、自信に満ちていた。


「じゃあ、最後のおさらいをするわよ。よく聞いて」


 モニカは、芝居がかった仕草でセキレイを指さした。

「主役のセキレイ様は、明日夕刻4時きっかりに、サンクト・カール城の城門前に立つ。そして、そこに……ユイナフが誇る“青薔薇”の騎士、エティエンヌ・ド・ヴァロワが現れる」


「ええっ!?」

 その名前に、ヴァルが素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。


「きゅ、急に来るの!? 本物が!?」

「忘れたの、あんた」

 モニカは、心底呆れたという顔でヴァルを睨みつけた。「あんたのことよ、偽エティエンヌ。いい? 今から私が言うセリフ、一言一句、全部覚えなさいよ」


 モニカは咳払いを一つすると、再び続けた。

「偽エティエンヌは、城門前広場、つまり衆人環視のド真ん中で、セキレイ様に求婚するの。こう言いなさい。『おお、神足のセキレイ殿! その比類なき強さ、夜空の星々を束ねたごとき美しさ、そしてその謎めいた神秘性。そのどれもが、我が魂を激しく揺さぶる! 貴女こそ、我がユイナフに、いや、この私にこそ相応しい!』ってね」

 あまりにキザなセリフに、リオがくすくす笑い出す。


「セキレイ様は、その求婚をすげなく断る。『貴殿と剣を交えた結果、私はこの帝城にて弁明をせねばならぬ身の上。これで失礼する』とかなんとか言って、さっさと城内に入ること」


「さて、ここからが偽エティエンヌの独壇場よ」

 モニカの目が、きらりと光る。


「ヴァル、あんたは1人広場に残って、集まった民衆にこう訴えかけるの。『セキレイ殿は一領邦の騎士でありながら、このマール帝国全体のことを真に考えておられる! それがゆえに私とて剣を交えることになったというのに、その忠義の士に申し開きをせよとは何事か!』ってね。すぐに衛兵がすっ飛んできて――きっと上位の騎士か執政官なんかも一緒だと思うけど――お話は城内で承るとか何とか、あんたを城に案内するわ。大人しくついて行きなさい」


 モニカは一度言葉を切り、水を一口飲んだ。


「城内で、おそらく宰相か誰か相当偉い人が直接面会して、どうやって帝都まで来たのかと聞かれるでしょう。その時、あんたはこう言うの」

 彼女は声を潜め、しかしはっきりとした口調で続けた。

「『怪鳥グライフの背に乗って、単身ここまで参った。ユイナフは今、新たな戦力としてこの怪鳥の群れを従えている。セキレイ殿の身柄をお受けするためとあらば、この後、空を埋め尽くすほどのグライフを率いて、このアイゼンブルクを再訪しても構わない』とね」


 ユイナフを実際以上に大きく見せ、マール帝国軍がユイナフに進撃するようなことがないよう牽制する意図もある。とんでもないハッタリに、ヴァルは目を白黒させている。


「帝国軍にそんなバケモノ軍団と戦う力はない。だからこそ、民の英雄になりつつあり、巨大な戦力であるセキレイ様をユイナフに差し出すことなんて絶対に許されない。そんなことした時点でユイナフの勝利が確定する」


「彼らは、偽エティエンヌに聞くかもしれないわ。『その行動は、ユイナフ王国の意思か、それとも貴殿の独断か』と。もちろんあんたは『我が国の宰相閣下の許可を得て参っている』と答える。そうなれば、青薔薇の騎士殿は丁重に城から解放される。その時、あの小物の皇帝はきっとこう言うはずよ。『セキレイの身柄は、後日ローゼンブルクに帰す。奪いたければローゼンブルクに行かれるがよい』とね。そして、いよいよクライマックスよ」


 モニカは立ち上がり、部屋の中を歩き回りながら語る。

「あなたが城門から堂々と出てくる。時を同じくしセキレイ様も城から出てくる。もちろん、普通には出してもらえないわけだけど」


 彼女は、セキレイの部屋になると特定した、城の窓を地図の上で指さした。

「あそこの部屋の入り口には、見張りが常に立つはず。窓は、開かないように魔力がかかっているでしょう。だからリオがセキレイ様を部屋の外に“出す”わ」


「城壁の中にまで侵入して大丈夫か? リオ」

 セキレイが心配そうに問うと、ヴァルが代わりに答えた。

「側面の城壁沿いは警備がいない。空から確認した。リオはそっち側から壁を抜けて敷地内に入り、隊長を外に出したらすぐに壁の向こうへ消える」

 リオが頷く。

「隊長は窓辺に立っていて。見えさえすれば動かせる」

「わかった。モニカの仕込み通りに川を眺めていよう」


「続けるわよ。セキレイ様はどうにかして正面に移動して、堂々と城門へと出てきて」

「ずいぶんと大雑把な指示だな」

「セキレイ様の場合、いざとなれば力業で何でもできちゃうから、考える喜びがないのよね」


 人々が固唾を飲んで見守る城門前広場。そこへ、釈放されたユイナフの騎士と、堂々と無罪放免を勝ち取ったようにしか見えない帝国の英雄が出会う。

「ここからが、2人の芝居の見せどころよ。まず、お互いの釈放の経緯を、広場にいる全員に聞こえるように大声で話すこと。これで帝国の顔に、これでもかというくらい泥を塗りたくってあげて」


 モニカは、うっとりとした表情で続けた。

「そしてエティエンヌ、あなたは懲りずにまた求婚するのよ。でも今度は、セキレイ様がエティエンヌ、そしてユイナフに盛大に恥をかかせる。こう言い放つのよ、セキレイ様。『帝国軍がグライフの群れに恐れおののいたから何だと言うのだ。その程度の戦力、ローゼンブルクは問題にしない』ってね」

 その痛烈なセリフに、ヴァルはゴクリと喉を鳴らした。


「偽エティエンヌは、その言葉に気圧されて、すごすごとその場を去ること。そして、森に引っ込んでグライフの姿に戻り、見せつけるようにユイナフの方角へ向かってしばらく飛ぶのよ。その後、どこか適当な場所で降りて、別の目立たない鳥、そうね、鳩にでも変身して、この宿場町まで帰ってきなさい。後のことは、この私に任せなさいな。この件はセキレイ様の一人勝ち。事の顛末を、尾ひれ背ひれをつけて私が街で喋りまくって、このお芝居を『真実』にしてきてあげるわ」

 噂が巡り巡って、上手く行けば、騎士エティエンヌや宰相エルドレッドは本国で不利な立場に追いやられるかも知れない。


 モニカは、ダンが悪魔的と評した脚本を一通り説明し終えると、にっこりと笑ってメンバーを見回した。

「どう? 頭に入れた?」


 ヴァルは、今モニカが言ったばかりの長台詞をぶつぶつと復唱し始めていた。この作戦の成否は、彼の演技力に懸かっていると言っても過言ではなかった。

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