第11話 絶対防御
モニカは、身を乗り出し、声を潜めてその策略の概要を語り始めた。
その内容を聞き終えたダンは、あんぐりと口を開け、やがて呆れたように呟いた。「悪魔か、あんたは」
セキレイの反応は違った。彼女の口元には、はっきりと笑みが浮かんでいた。それは、強敵との戦いを前にした武人のそれにも似ていた。
「実に面白い。それで行こう」
セキレイは即決すると、ヴァルに向き直った。
「ヴァル。怪鳥グライフに変身できるか? 」
ヴァルは少し考えた後、こくりと頷いた。
「この前よく見たし、できると思う」
「よし」
先日のグライフ討伐でヴァルを前線に残したのは、怪鳥グライフへの変身を手札にするためだったと気づき、モニカが感心する。
「さすがセキレイ様。抜かりなしね。グライフもシナリオに組み込むわ」
セキレイは立ち上がった。その動きには、もはや迷いはなかった。
「リオ、そしてモニカも来い。ヴァルが化けたグライフの背に乗って、一般的な旅程より1日早く帝都入りする。浮かせた時間で下準備をするぞ」
その言葉に、モニカは嬉しそうに手を叩いた。
「まあ素敵! 前回の帝都遠征では、街をぶらつく時間もなかったもの。今回はお買い物ができそうだわ」
そして彼女は、状況についていけずにいるシュウとダンに、意地悪くウィンクしてみせた。
「というわけで、戦闘バカのお2人は、ここで仲良くお留守番、ということで。よろしくて?」
その小馬鹿にしたような物言いに、シュウとダンは顔を見合わせ、悔しさと納得のいかない気持ちが混じった、複雑な表情を浮かべるしかなかった。
「2人は腕を磨いていろ。すぐに戻ってくる」
そう言ってセキレイが支度のために隊舎を出ようとした、その時だった。
「待ってください!」
シュウが、その行く手を塞ぐように立った。その瞳は、決死の覚悟を宿して燃えている。
「お願いします、セキレイさん! 手合わせを!」
「やっぱり戦闘バカ」モニカは苦笑した。
「戻ってくると言ったばかりだが、信じていないのか」セキレイは、わずかに眉をひそめたが、シュウの真剣な眼差しに何かを感じ取ったのか、静かに頷いた。
「まあいい。だが時間がない中だ。剣が三度交わるまでだ」
訓練場の乾いた土の上で、2人は再び対峙した。
以前の手合わせとは、空気が違う。シュウの全身から放たれる気は、いっそう鋭く冴えている。
「来い」
セキレイの言葉と同時に、シュウは地を蹴った。
速い。
一度目の剣戟。シュウの渾身の一撃を、セキレイは柳に風と受け流す。
二度目の剣戟。フェイントを織り交ぜたシュウの斬撃を、セキレイは最小限の動きで回避する。
(変わった)
セキレイは内心で驚いていた。帝都遠征での実戦経験が、この少年の剣を、恐るべき速さで練り上げている。太刀筋も、踏み込みも、以前とは比べ物にならない。
そして、三度目の剣戟。シュウは、これまでの二合が布石だったとでもいうように、セキレイの剣を受け流された勢いをそのまま利用し、体を独楽のように回転させた。遠心力を乗せた、予測不能の一閃。
それは、ついに神速の剣士の懐を捉えた。シュウの剣先が、セキレイの体に触れる――!
その、瞬間だった。
カキンッ、というガラスが割れるような甲高い音と共に、シュウの木剣は見えない何かに弾かれ、高く宙を舞った。手には、痺れるような衝撃だけが残る。
「なっ⋯⋯!?」
何が起こったのか、シュウには全く理解できなかった。
自分の剣は、確かにセキレイを捉えたはずだった。なのに、そこには何もなかった。いや、何かがあったのだ。目に見えない鉄壁の何かが。
「あの神殿の入り口と、同じだ⋯⋯」
その光景を見ていたダンが、呆然と呟いた。
セキレイは、表情を変えずにシュウに告げた。
「1対1で”これ”を見ることができた相手は数えるほどしかいない。素晴らしい成長だ、シュウ。自信を持っていい」
だが、その賞賛の言葉は、今のシュウには届かなかった。人間離れしたスピードに加えて、触れることすらできない絶対的な防御。セキレイとの距離が、縮まるどころか、さらに絶望的に広がったように感じられ、彼は愕然としていた。
「次はオレだ」
今度は、ダンが前に進み出た。
「オレも頼む、隊長」
「いいだろう。条件はシュウと同じだ」
セキレイが剣を構え直す。
ダンは、ふっと息を吐くと、その体の周囲に、3つの黒い炎を不気味に浮かび上がらせた。
「あんた相手なら、遠慮はいらねえ。残忍だから気が引けてた技も、当たらない相手なら気兼ねなく試せる」
そして、ダンは誰に言うともなく呟いた。
「オレ、あの神殿で弾かれたから、なんとなく分かるんだ。その壁のこと」
次の瞬間、ダンは叫んだ。
「地殻隆起!」
正規魔法――?
いつの間に身につけた、と仲間たちが驚く間もなく、セキレイの足元の地面が、まるで生き物のように急激に盛り上がった。
不意をつかれたセキレイは、わずかにバランスを崩す。
その一瞬の隙を、ダンは見逃さなかった。
「喰らえぇっ!」
3つの黒い炎が、目にも止まらぬ速さで槍状に形を変え、ほとんど時間差なくセキレイに襲いかかった。
バチバチバチッ!
凄まじい音が三度連続で響き渡り、ダンの黒い槍は、やはり見えない壁に激突して弾け、霧散した。
「⋯⋯なるほどな」
ダンはそれだけ言うと、あっさりと浮かべていた炎を消した。「まいった」
剣を収めたセキレイは、満足げに頷いた。
「お前もよくこれを出させたな。それにいい勘だ。その攻め方で合っている」
その一方で、内心では驚嘆していた。(グライフ戦以降、これほど急速に炎の形態を操るようになるとは。この子の成長速度も常軌を逸している。それに、「これ」に対する理解が早すぎる――)
「へえ、今のが噂に聞く“絶対防御”ってやつね」
感心したように見ていたモニカが、茶化すように言った。
「そんな噂はないだろう。見た者がほとんどいないのだから。今日、急に増えたがな」
セキレイは軽く否定したが、誰にともなく、ぽつりと漏らした。
「⋯⋯全く、どこで拾った情報か知らないが、確かに私の祖国では”絶対防御”と呼ばれていた。だが、何事にも絶対などない。さっきダンが破ろうとしたように」
その言葉に、遊撃隊のメンバーは、セキレイの秘密のさらに奥深い一端に触れたような気がした。
セキレイは、場の空気を断ち切るように言った。
「帝都組は、仮眠をとっておけ。5時間後、私がここに来たら出発だ」
そう言い残し、彼女は今度こそ、闇の中へと立ち去っていった。
セキレイの姿が見えなくなると、シュウはすぐにダンの肩を掴んだ。
「おい、ダン! どういうことだ!? あの防御の攻め方ってのは、一体⋯⋯」
ダン自身、まだ半信半疑という顔で答えた。
「理屈はよく分からねえ。けど、あの神殿での経験からなんとなく思ったんだ。あの見えない壁は、たぶん間隔を空けずに複数回連続で衝撃を与えれば消えるんじゃないかってな。それを試してみたら、どうも正解だったらしい。3発では足りなかったけどな」
「連続攻撃⋯⋯」
シュウは、なるほど、と考え込む。自分の剣は、一撃を速く正確に叩き込む剣だ。あの絶対防御を破るには、全く違う発想の剣技が必要になる。
横で聞いていたヴァルが言う。
「攻撃を弾けるのに、普段はなぜあのスピードで避けるんだろう」
ダンが同調する。
「確かにあんな能力持ってりゃあ、オレなら避けない。弾いたほうが相手の体勢を崩せるわけだし。神足のセキレイじゃなく絶対防御のセキレイで有名になってもおかしくねえ」
「何か、普段は使えないリスクがあるのかなあ。異常に疲れるとか」
「どうだろうな、発動して消耗するようには見えなかったけどな」
モニカが口を挟む。
「セキレイ様はさっき、この能力を見た者は、という言い方を何度かしたわよね。見られる、ということに意識を置いているのかもね」
「それはセキレイさんの素性に関わる問題があるということか?」
黙っていたシュウが口を開いた。
「可能性のひとつよ」
「でも何か素性に秘密はあるぜ。そもそも強さが異常すぎるし、あの謎の神殿とも関係ありそうだ。隊長は祖国って言ってたけど、あの人がどこから来たか、モニカは知ってるのか?」
「いいえ。アルフレート様は何か知ってそうだけどね」
モニカが首を振った。
「セキレイ様は圧倒的な強さだけじゃなく、あの神秘的な雰囲気が人を惹きつけるのかもね」
「確かに圧倒的に強いことは強いが、あと一発ぐらい当てられたら、あの壁消せたかも知れねえ。そう思うとオレが世界最強に一番近い存在じゃねーか?」
「何言ってる、攻略法が分かったから俺が先に破る」
「剣の連撃じゃ限界あるだろ」
ダンとシュウの言い合いを横目に、リオが無邪気な声で言った。
「何でもでたらめな隊長のことだから、300発くらい耐えそうだよね」
その言葉に、ダンは頭を抱えて絶叫した。
「おい、ふざけんなよ! そんな遠くてたまるか! 俺の勘が言ってる、4発だ、4発!」
必死な叫び声が、夜空に虚しく響き渡った。ダンを無視して、モニカはヴァルとリオを追い立てた。
「さ、子供たちはさっさと仮眠をとりなさい」
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