小さな少女の秘密

灰根さやか

小さな少女の秘密

 ここはレビネート王国。人々が魔法を使い日々の暮らしを豊かにしている国。

 太陽が明るく町を照らす中、私は石畳の道を歩いて城下町の東エリアを訪れていた。

(さてと、時間になる前に早く行かなきゃ)

 楽しい気分に従い、私はスキップしながら煉瓦で出来た小さな家の前まで来た。

「お姉ちゃーん。今日も来たよー」

 ドアをノックして大きな声でお姉ちゃんを呼ぶ。いつもならすぐにドアを開けてくれるのに今日は反応がない。

(あれれ。留守なのかな?)

 首をかしげてもう一度ノックしようとしたその時。

「リカちゃん」

 家の窓からお姉ちゃんが顔を出して私を呼んでることに気づいた。

「あっお姉ちゃん!」

 私は窓の傍まで行きジャンプしてお姉ちゃんとハイタッチする。

「お姉ちゃん、今日はここでお話するの?」

 お姉ちゃんは何か言おうとして苦しそうに咳こんだ。それに少し顔も赤いように見える。

「あれ。お姉ちゃん、風邪?」

「うん……昨日雨に濡れたせいか、ちょっと体調がね……移しちゃまずいから、私は家の中に居ようと思って」

 お姉ちゃんは力なく笑った。その様子に私は心配な気持ちでいっぱいになる。

「大丈夫? ちゃんとお薬飲んでる? ママが風邪を引いたら、薬を飲んで暖かくして寝なさいって言ってたよ」

「それがね、家に薬なくて……食べれるものは少しあるんだけど、今はとりあえず休むしかないかな……」

 そう言った後お姉ちゃんはまた咳をした。

(私が風邪を引いた時は、お薬飲んだらすぐに体が楽になったけど、お姉ちゃんはお薬がないからずっと苦しいまま?)

 そこまで考えた私は青ざめる。

「お姉ちゃん! 私お薬買ってくるよ。あとお姉ちゃんが食べれそうな物も!」

「えっ……リカちゃん一人で大丈夫?」

 お姉ちゃんは心配そうにそう言った。

「大丈夫! 私もう九歳なのよ。それにいざとなったら魔法でなんとかするし」

 私は杖を振って自分の姿を透明にした。私が最近覚えた十秒だけ透明になれる魔法だ。

「……じゃあ、お願いしようかな。くれぐれも気を付けてね」

「うん!」

 私はお姉ちゃんに手を振って市場のほうへ駆けだした。


 歩いて五分くらいの場所にある市場に来た私はまっすぐ薬屋を目指した。

「……どこに行ったんでしょう。また一時間後に戻ってくるでしょうか。ああ、こんな調子じゃいつか絶対王様に怒られます……」

 途中、誰かを探しながら歩く人とぶつかり、驚いて杖を振る。透明になれる魔法が解けた後、私は薬屋に入った。

「こんにちは」

「あら、いらっしゃい。どんなご用だい?」

 店主のおばさんはとても親しみやすそうな笑顔で私を迎え入れた。

「お姉ちゃんのために、風邪薬を買いに来たんです!」

「あらまあ。お姉ちゃんの症状は?」

 おばさんはしゃがんで私に目線を合わせてくれた。私は必死にお姉ちゃんの様子を思い出す。

「えーっと、熱が出てて咳がつらそうでした」

「なら……この薬がいいね。咳と熱両方抑えられるよ」

「ありがとうございます。代金はこれで!」

 私は財布から札束を取り出した。

「あらあらそんなにいらないよ。この一枚だけくれるかな?」

「分かりました!」

 私は札を一枚渡し、財布と薬を鞄にしまった。

「じゃあまた困ったことがあったらおいで」

「ありがとうございました」

 私は扉を閉じ外に出た。


 薬屋を出た私は八百屋を探して市場を歩いていた。けれどもなかなか見つからず私は同じ道を行ったり来たりしていた。

(どうしよう……誰かに聞いてみようかな……でも誰に聞いたらいいんだろう)

 辺りを見わたしながら歩いているとふと後ろから肩を叩かれた。

「お嬢さん迷子?」

 振り返るとそこには茶色の髪をしたお兄さんがいた。

「どこに向かってるの? 場所教えてあげようか?」

「あっじゃあ……」

『知らない人や初対面の人を、簡単に信じてはいけませんよ』

 八百屋を探してるんですと言いかけて私は息を飲む。少し前、ママにそう言われたのを思い出したからだ。

「あ……えっと……」

 けれどもどう断ったらいいのか分からない。パニックになった私は咄嗟に杖を振って透明になる。

「ごめんなさい!」

「あれ? お嬢さん、どこ?」

 私がそう叫んで走り出したときには、もう私の姿はお兄さんに見えていなかった。


 混乱したまま走り続けていると、やがてお姉ちゃんの家の前にたどり着いた。

 私が息を整えてからドアをノックすると、お姉ちゃんはすぐに窓から顔をだした。

「リカちゃん、大丈夫だった?」

「もちろん! はい、これが薬で……あっ八百屋さん行ってない!」

 袋の中を確認して初めてその事実に気づく。話しかけられてからがむしゃらに走ってここまで逃げてきたので、八百屋さんに行くことをすっかり忘れていた。

「待ってて! 今からもう一回……」

「大丈夫だよリカちゃん。私ね、リカちゃんがおつかいに行ってくれて、とても嬉しいの。でも少し不安でもあった。リカちゃんおつかい行くの初めてでしょう?」

 お姉ちゃんは私の手を握ってそういう。その熱い手に不安とぬくもりを感じて私はどうしたらいいか分からなくなる。

「えっと、初めてだよ。でもお姉ちゃん食べるものないんじゃ……」

「大丈夫。さっき簡単にスープを作ってたの。それにね。私はリカちゃんが一人で行動して危険な目に合うほうが怖いかな。私はリカちゃんとずっと仲良くしていたいから」

 お姉ちゃんのその言葉に私ははっとした。

『一人で行動して危険な目にあったらどうするんですか!』

『くれぐれも一人では動かないように。もし何かあったら皆心配するからな』

 教育係の人やママに言われた言葉を思い出す。お姉ちゃんに同じことを言われて私はやっとその言葉の意味を理解した。

(そっか。いままでそんな危険な目になんか会うわけないって思ってた。でも会ってからじゃ遅いのかも。今日だってお兄さんに話しかけられた時に、ついていってたらどうなってたのか分からないし……。危ない目にあったら、私もう二度とお家から出してもらえなくなって、お姉ちゃんと会えなくなっちゃう)

「……分かった。これからは一人でここに来たりしないようにする。私のママも皆も心配しちゃうもんね」

 私はお姉ちゃんの目を見て言った。お姉ちゃんはにっこり微笑んで、私が持ってた袋を受け取った。

「はいこれ。薬はリカちゃんがお金出してくれたんでしょう? 流石にそれは申し訳ないから、これ持ってて」

「うん、ありがとうお姉ちゃん」

 私はお姉ちゃんがくれた薬代を財布にいれた。


 冷たい風が吹き私は身震いする。そうだ、風邪の時は暖かくしてないといけないのに、お姉ちゃんはずっと窓を開けて喋っている。

「お姉ちゃん大丈夫? 外寒くなってきたよ」

「そうだね、私もちゃんと体を暖かくして休まないと。リカちゃんはこのあとどうするの?」

「私そろそろ帰る時間なの。だから寂しいけど、今日はこれでお別れだね」

 腕時計の針は私がここに来た時から一時間経ったことを示している。早く戻らないと。

「分かった。じゃあまたね」

「うん。お姉ちゃんお大事にね」

 名残惜しさが残る中、私は走ってお姉ちゃんの家を去った。


「あー! 見つけましたよノリカ様。まったくいままでどこに行ってたんですか!?」

 城下町の中央広場に向かうと、教育係のお姉さんであるカヤに声をかけられた。今までのことを謝ろうにも、どこか気恥ずかしかった私は、目を伏せ静かに杖を振った。

「あーまた透明になれる魔法使ってー! 私から逃げようにも今度は……」

「今まで勝手に一人で行動してごめんなさい」

 透明になったまま私はその場で頭を下げた。

「今まで私、何度も何度も勝手にいなくなって。なんでだめなのか分かってなかったけど、今日その意味が分かった。なにかあってからじゃ遅いって。皆心配するって。だからこれからは、ちゃんとどこに行くか言ってから行くね……?」

 透明になれる魔法はもう解けている。私は少し頭をあげてカヤの様子を伺った。

「……何があったか知らないし、なんで急にそんなことを言い出したのかも分かりませんが、まあいいでしょう。これから城下町を探索するときは私と一緒に行くこと。いいですね?」

「うん……」

 静かに頷くとカヤは満足そうに微笑んだ。

「じゃあ。お城に戻りますよノリカ様。それから、今まで何してたのか詳しく教えてください」

「分かった。今まではね、城下町の東の方に住んでる優しいお姉ちゃんの家に行ってて……」

「平民の方ですか? ならまた今度挨拶しに行かないと」

「でもね、私お姉ちゃんに私のこと言ってないよ」

 今までのことを話して聞かせながら私はお城に戻った。


 その後、勝手に一人で行動してたことをしっかりママに怒られて、しばらくはお城から出られなかったけど数か月後にはまた外に出ることが出来た。

 その時はちゃんとカヤと一緒にお姉ちゃんの元に行ったけど、カヤは私の意思を汲んで、私の正体はお姉ちゃんには言わないでくれた。

 私がこの国の王女ノリカだってことを、お姉ちゃんは知らない。

 だって秘密があると少しだけ大人な気分になれて楽しいから、ね。


 これはお転婆なこの国の王女が少しだけ成長するまでのお話

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