第2話 うちのママがすみません

「ゆうくん!あぶない──」


ママの悲鳴。

咄嗟にボクの身体に覆いかぶさってくる、柔らかくて温かい感触。


そして鉄の塊がぶつかる轟音と、全身が砕け散るような強い衝撃。

それが、ボクの最後の記憶だった。




気が付くと、ボクは白いふかふかの絨毯の上に横たわっていた。


いや、違う。これは絨毯じゃない。

どこまでも広がる青空の下に浮かぶ、雲の上だ。


身体のどこにも痛みはなく、むしろ生まれて初めてなくらいに、心が安らいでいた。

隣には、ボクと同じように、安らかな寝息を立てるママの姿がある。

そしてボクたちの目の前には、美しい白いローブをまとった女性が立っていた。


その人は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、静かに口を開いた。


「気が付いたようですね。タチバナ=ユウト」


その声を聞いて、すべてを理解した。ああ、やっぱり。

異世界転生だ……。


https://kakuyomu.jp/users/jpmori/news/822139838900498012


女性──聖母神アストリアから、ボクたちが死んだこと、そして突如現れた魔王とそれが率いる魔王軍の侵略にこの世界の人々が苦しめられている状況を、淡々と聞かされる。


「私が加護を授けるのは、互いに信頼しあう親子だけです。特にタチバナ=ユキノ、彼女の母性はこの私をもってしても計り知れない……」


アストリアがそう言って、眠るママの頭を優しく撫でる。

すると、ママの身体がぴくりと反応し、ゆっくりと瞼が開いた。


「……う……ん……」


「ママ!」

「……ゆうくん……?」


意識がはっきりしていないのか、ママはぼんやりとした目でアストリアを見上げた。


「……救助隊の、人……ですか?おねがい!ゆうくんを!私のことはいいから、うちの息子を先に……!」


意識を取り戻した最初の言葉が、それだった。

自分のことより、ボクの心配。その変わらない愛に、胸が熱くなる。


しかし、すぐにママは状況の異常さに気づいた。

あたり一面の雲一つない青空。明らかに雲の上だとわかる、ふかふかの床。

遠くに見える、ギリシャ建築のような白い神殿。

自分と愛する息子が、なぜか揃いの白いローブを着ていること。

そして、目の前に立つ、神々しい後光を放つ謎の女性……。


「ママ、ボクたち……死んじゃったみたい」


ボクの言葉が、引き金だった。


「そんなあああああああ!」


ママの悲痛な叫びが、雲の上に響き渡る。


「ゆうくんの輝かしい将来が!ゆうくんは才能の塊だから、勉強に打ち込めば東大入って学者さんになるし、理数系なら絶対ノーベル賞取るし、俳優ならカンヌ常連顔パスで、芸術分野なら世界中のありとあらゆる人類が"オー、ユークンアート!"って言うくらいの偉大な作品を残したのにいいい!!」


「想像以上に期待が重い!!」


ボクのツッコミが、天高く突き抜ける。


「──落ち着きなさい、タチバナ=ユキノよ。神の目は人間の才能を看破しますが、タチバナ=ユウトの才能はそこまで……」


「は?」


アストリアの冷静な分析を、ママの地を這うような低い声が遮る。

その瞳が、ギロリと神に向けられた。


「……息子の才能を信じるその一途な思い、母性の極み。あなた達親子こそ、我が使徒にふさわしい」


神様に冷や汗をかかせたよ、うちのママ……。


「使徒?何を言っているの?私たちは短い人生を時折思い返しながら、二人で身を寄せあって天国で幸せに暮らすんでしょう?」


「いいえ。あなた達には第二の人生を歩んでいただきます」


アストリアは言う。

彼女の役目は、仲睦まじい親子を、この異世界へといざなうこと。

しかし信頼しあう親子が同時に亡くなることは滅多になく、力を与える機会も少ないため、多くの余剰エネルギーを抱えているのだと。

その言葉に、ママの瞳が再び輝きを取り戻した。


「じゃあ、うちのゆうくんに学者の才能を!」

「ええ、いいでしょう。知性の才を与えましょう」


「ね、ね、ゆうくん、魔法の才能とかもいいんじゃない?ほら、ゲームで魔法使うの好きだったでしょ!」

「ええ、いいでしょう。魔術の才を与えましょう」


「ほらほら、神様がなんでも叶えてくれるんだから、お願いしなきゃ損よ!芸術家の才能も欲しいわねえ♡」

「ええ、いいでしょう。加工術の才を与えましょう」


「あ、じゃあ回復魔法とかも……ケガとかしたら不安ですし」

「ええ、いいでしょう。聖術の才を与えましょう」


ひとしきりお願いし終わり、ようやくママが落ち着きを取り戻す。


「よろしいですか?」


「ええ、満足したわ。ああ、私のゆうくんが将来性の塊に……♡」

「いや、待ってよママ。こういうのはもっと慎重に──」


ボクがそう言いかけた時、アストリアはにこりと微笑んで、心からの親切心で最後の贈り物を与えてくれた。


「では、余った武術の才と各種戦闘の才は、せっかくだからユキノに与えますね」


「え?」

「ほらーー!!!」


ボクの絶叫と、ママの素っ頓狂な声が重なる。

アストリアは満足そうに頷くと、高らかに宣言した。


「では行きなさい、我が使徒達よ。この世界をその母性で照らし、民に希望を与えるのです!」


「「え~~~~~?」」


ボクたちの足元がふわりと光に包まれ、身体がゆっくりと地上へ向かって降りていく。

こうして、ボクとママの、異世界での新しい生活が始まったのだった。

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