第17話 旧館の回廊、怨念香の最期
旧館の裏口から潜入した薫子たちは、廊下の影に隠れて息を潜めた。残党の「金属の音」と「殺意の香り」が近づき、陵子の父が小声で「この回廊の先に、忠正の居る密室があります。途中に三つの分岐路があり、それぞれに罠が仕掛けられています」と囁いた。
薫子は気香で回廊の内部を探った。「東の分岐路に『矢の罠』、西に『落とし穴』、中央に『毒針の罠』があります」と伝えた後、視線を清和に送った。「清和さん、符咒で罠を無力化していただけますか?温香雅さん、陵子さん、東西の分岐路で残党を誘い出してください。私と陵子の父は中央から密室に入ります」
「承知いたしました!」清和が「破罠符」を握り締め、温香雅と陵子はそれぞれ分岐路に向かった。薫子は陵子の父に「防呪香を持っていてください。怨念香が漏れてきたら、すぐに焚いてください」と香包を渡し、中央の回廊に進んだ。
回廊の壁は黒ずみ、蛛の巣が張り巡らされていた。足を運ぶたびに朽ちた板が「ギシギシ」と音を立て、前方から残党の足音が近づいた。「誰かいる!」残党が刀を抜くと、薫子は袖から「迷惑香」を撒いた。辛い香りが広がると、残党が咳き込み始め、陵子の父が杖で彼の足元を掛け倒した。
「密室はもうすぐです」陵子の父が壁の隙間を指差すと、暗い中に金属の扉が見えた。薫子の気香で、扉の後ろに平忠正の「執念の濃い香り」と共に、「怨念香の黒い香り」が感知できた——忠正が最後の手に備えていたのだ。
その時、東の分岐路から温香雅の声が聞こえた。「薫子さん!東の残党を制圧しました!ただ、怨念香の濃度が上がってきます!」西からも清和の声が漏れ:「西も終わりました!密室の方向に危険な香りがする!」
薫子は深く息を吸い、扉の把手に手を掛けた。「忠正さん、もう逃げられません。降伏しなさい!」
扉の後ろから忠正の冷笑が聞こえた。「降伏?平氏の誇りを捨てて降伏するわけにはいかない!この怨念香は、私たちの祖先の怨念を宿している。この館と共に、你たちも燃やし尽くす!」
「燃やす?」薫子が驚いた瞬間、扉の隙間から黒い烟が漏れてきた。陵子の父が即座に防呪香を焚き、烟の広がりを遅らせた。「密室の中に、火薬が仕掛けられています!」陵子の父が叫んだ——彼が若い時にこの館で働いたことがあり、火薬の保管場所を知っていた。
薫子は清和に「伝令符」を撒かせ、「内裏の侍に火消しを呼ぶ」と指示した。同時に、温香雅が「消火香」を調合し、薫子と共に扉を開けた。密室の中では、忠正が火打ち石を握り、怨念香の香炉の傍らに火薬の袋を置いていた。
「さあ!一緒に地獄へ行こう!」忠正が火打ち石を掲げると、清和が「束縛符」を撒いた。忠正の体が動けなくなり、火打ち石が床に落ちた。薫子が即座に消火香を香炉に撒き、怨念香の火を消した。
温香雅が火薬の袋を回収し、安堵してため息をついた。「幸い間に合いました。もう少し遅ければ、館全体が燃え上がっていました」
忠正が地面に伏し、号泣し始めた。「なぜ……なぜ平氏は勝てないのだ……先帝を毒杀し、内裏を揺るがそうとして……」
薫子は忠正の前に跪き、「力で支配することは、人の心を失うことです。平氏は人の命を踏みにじったから、敗れたのです」と言った。その時、她の目に密室の隅に置かれた漆の箱が映った。箱から「皇后の香り」——橘姬の「クスの根の淡い香り」が漂っていた。
「この箱は……」薫子が箱を開けると、皇后と平忠正の往復の密信が入っていた。最も新しい手紙には、「帝の体調が悪化している。旧館の残党が内裏を襲う際、私が帝の薬に毒を混ぜる。成功したら、橘氏と平氏で政権を分け合う」と書かれていた——皇后が平氏の襲撃を裏で支援していたのだ!
清和が手紙を読み、顔を厳しくした。「皇后はまだ諦めていません。旧館の計画が破れたら、次の毒殺計を実行するでしょう。内裏に急ぎ戻らなければなりません!」
薫子は手紙を胸に収め、忠正を侍に引き渡した。夕暮れの旧館は、怨念香の残り香と共に静まり始めたが、内裏の危機はまだ続いていた。皇后の最後の毒殺計——帝の命は今、危機に瀕している可能性が高かった。
「陵子さん、陵子の父さん、旧館の処理はお願いできますか?」薫子は陵子たちに一礼をした。「私と清和さん、温香雅さんは内裏に急ぎます」
「承知いたしました!」陵子は京染の布を胸に抱き、「薫子さん、帝の安全を守ってください!」と励ました。
薫子たちが馬車に乗ると、夜風が嵯峨野の山道を吹き抜けた。夜空には満月が輝き、内裏の方角に微かな「火の香り」が漂ってきた——それは、皇后の御殿から漏れたものだろうか?
「清和さん、馬を速くして!」薫子が叫んだ。皇后が既に毒を混ぜ始めている可能性を思うと、心が一緒に締め付けられた。この馬車が内裏に着く前に、帝が危険に遭わないことを祈りながら、薫子は手に《和香秘録》を握り締めた。皇后の最後の罠は、いったいどんなものだろう?帝は無事だろうか?
馬車の轍が山道に刻まれ、内裏への長い夜の旅が始まった。
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