第37話私とゼットの関係2

「俺の事を、もっといろいろ知って貰えるよう努力する」

「ありがとう。私まだまだゼットのことを知らない事が沢山あると思うの。これまではアルファードの事ばかり優先したけれど、これからはゼットのことを色々見たいし、私も努力するわ」

瞳と瞳が、重なり合う。

なんだかとても、心がこそばゆい。

いつものなら目を見て話せるのに、今は難しく感じ、つい、立ち上がってしまった。

頬が熱くなるのを感じながら、誤魔化すように荷物の方へ視線を逸らした。

「そうそう、王妃様からね、預かり物があるの。王妃様に渡して欲しいから、ゼットに預けて、と」

誤魔化しているのが自分でもわかった。

でも、いつもと違う雰囲気で私を見てくるゼットに、どうしていいのか分からなかった。

心臓がまだ速く鳴っていて、頭のどこかで「落ち着け」と自分に言い聞かせる。

急いで荷物から紙袋を取り、また横に座った。

綺麗な包み紙もない、本当に簡素で安い紙袋。

けれど、逆にお二人の仲の良さを感じる。

はい、と渡す。

当然中身が見え、ゼットはああ、と納得したように頷いた。

「いいのか? これは、元々カレンが特別に頂いている紅茶だろ」

「いいのよ。王妃様に差し上げたものだし、それに、わざわざ私の許可も貰ってくれた。それに、王妃様も好きでしょ」

王妃様が二人いるからなんだからややこしい。

「ああ。この紅茶は本当に手に入らないからな。だが、これはカレンの人間性が認められた結果だ。それに、このお茶を見る度に、ハンカチを思い出すな」

懐かしそうに言い、紙袋を邪魔にならないよう丁寧に横に置いた。

その仕草に、ゼットの優しさが滲み出ている気がして、胸がまた少し温かくなった。

「あれね」

苦笑いしてしまう。

この紅茶、ダージリンはオルライ王国の品物だ。

お茶の産地で、世界一と言っても過言ではない、素晴らしいお茶を作る。

数多くの名園があり、その園の名がつく茶葉が存在する。

全てが高値だ。

また、オルライ王国が認めた国と業者にしか出荷をしない、という事もあり、より値段も破格で入手困難な代物だ。

私の国ゼノリア王国、ゼットのエルゼディア王国、

両方とも認められていない為、本当に手に入らない。

それがなぜ私が頂いているかと言うと、

陛下の誕生日パーティーにオルライ王国の方が参加している。

ダージリンの紅茶は出荷させてもらえないが他のお茶を出荷させてもらっているからだ。

八歳になった時、初めて挨拶をさせてもらった。

ちょうどその時、オルライ王国の王妃様が参加されていた。

いつものように参加の方々を調べたのだが、オルライ国の王妃様はとても百合が好きなのだが、百合アレルギーの為、いつも離れた場所から百合を眺めているのだという。

可哀想、と思い、考えた結果、私はハンカチに百合の花を刺繍することにした。

ところが、私は刺繍がとても苦手だった。

何度も何度も、やってみたが、いつも、

白いマーガレット、と言われる。

花びらが難しいのよ。

結果、渡すのをやめよう、と思ったけれど、

ゼットが気持ちだから渡すべきだ、と何度も手紙で言うから、へこみながらもこれが一番まともな代物なんです、と言って正直に渡した。

するとオルライ国の王妃様は綺麗な営業の微笑みで、

「それなら、その失敗したものを見せて頂けますか? これは、幾つ目なのですか?」

と質問してきた。

質問の意図は分からなかったが、14枚目です、と素直に答えたら、では、明日見せて下さい。私の為に、貴方が独自で用意したのなら、問題ありませんよね、と優しく言われた。

けれど、言葉は柔らかいがとても棘があり、有無を言わせない強さがあった。

もしかして、すごく下手すぎて腹が立って、全部捨てる気なのかな、と子供心にとても怖くて、泣きそうになった。

でも、約束したし、と思い召使いに持ってきてもらい、次の日わざわざオルライ王妃様の部屋に持って行った。

すると、とても驚き、謝罪してきたのだ。

紅茶欲しさに様々な汚い手や、幼子などを使い、こちら側が不利になるようにか、同情をかうせ、どうにか紅茶を手に入れようとする輩が多いという。

私が百合のハンカチをプレゼントしたのも、裏を考えてのものだと思ったそうだ。

幼い子供がわざわざ自分の為に用意するわけがない、と。

でも、14枚のハンカチと私の手を見て、オルライ王妃様は、今度は心底喜んで下さって、全部貰って帰る、と言い出した。

失敗作ですよ?

と聞くと、

「だからいいのです。その先に成功があるのです」

と言ってくれた。

その時はそれで終わったのだけれど、しばらくして私の屋敷に、紅茶が届いた。

手紙も添えてあり、

「14枚のハンカチを頂きましたので、お礼として14年間送らせて頂きます。これからも友人としてお付き合い下さい」

と。

簡素な内容だったが、包装も、紅茶の箱にも王国の紋章が入り、明らかに特別品だった。

お父様とお母様に相談したら、貰っておきなさい、といつ友人になったのだ、と呆れながらも誇らしげに言ってくれた。

この事は家族と、そしてゼットだけの内密の話と約束した。

それから毎月一缶、送って下さる。

私は、というと、毎年一枚百合のハンカチを送るだけなのだが、それでいい、と頑なに手紙に書いてあった。

ハンカチを送った次の月に紅茶缶と一緒に添えられた手紙に、

「今年も、素敵な出来栄えです。成功がまだまだですので、来年また楽しみに待っています」

と…。

つまり下手くそ、と言われているのです。

これでもかなり頑張っているのにな。

ともかく、この紅茶は王妃様がどうにか手に入れたいと、隠すようにつぶやいていたのを知っていたので、内密に、詳細は伝えずにそっと渡したことがきっかけだ。

渡したひと缶を泣きそうなほどに喜んでくれて、大事に大事に飲んでいると聞いている。

また、誰から頂いたかも内密にしてくれているから、周りから今でも不思議がられている。

今回の紅茶は私が先日差し上げたものを、そのままお渡ししたい、とこの間お願いされた。

もちろん、内密なら、と承諾してあげた。

「しかし、肥料のことと言い、紅茶といい、カレンには秘密ばかりだな」

すり、と私の手の甲にゼットの手の甲が、触れる。

途端に熱くて、甘酸っぱい気持ちが胸を襲い、心臓が早く動き出す。

その感触に、思わず息をのんだ。ゼットの手の温もりが、こんなにも強く感じられるなんて、初めてだった。

「そう、かもね。でも、それはゼットがちゃんと秘密を守ってくれたからだよ」

ゼットには手紙で本当に全部書いて教えていた。

彼の誠実さが、私の小さな秘密をいつも守ってくれる。だからこそ、こうして心から話せるのだ。

「当然だろ。全部カレンの努力の賜物だ。オデッセイがあれだけ喜ぶ姿を見たのは久しぶりに見た。俺にできることは言ってくれ」

少しごつごつした大きな手が、私の手の甲に触れる。

緊張のためか少し震えている。

目と目が重なり合う。

なんと言っていいのか言葉が浮かばない。

自分の息遣いが気になり、部屋の外の人の声が妙に耳に響く。

いや、何か喚いている?

「お、お待ちください!!」

「十分待ちましたわ」

「誰も通すなと、言われております、あ、お待ちください!!」

「この屋敷は私の屋敷ですわ。何びとたりとも私の前に立ちはだかる事はありませんわ!」

「オデッセイ様!!」

止める声と、勢いよく扉が開いた。

「さあ参りますわよ!!」

もちろん誰も止めれる訳もなく、隣から大きな溜息が聞こえた。

ゼットの溜息には、どこか諦めと親しみが混じっていて、思わず私も小さく笑ってしまった。



「こ……れ……」

案内された部屋に入ると、驚く品物に目を疑った。

部屋の中央には、まるで舞台の主役のように、赤と桃色の色違いの豪華なドレスが飾られていた。絹の光沢が柔らかく輝き、裾には繊細なレースが揺れている。その両隣には、ドレスの色に合わせた男性の正装服が、堂々とした佇まいで並んでいた。

まるで、二人でパーティに立つ姿を想像させるような配置だった。

「ふふん。如何です。素晴らしい出来でしょう」

オデッセイ様の声は、まるで勝利を宣言する女王のようだった。

「さあ、これを着て明日乗り込みますわよ」

意気揚々と面白いことを言ってくれる。

その自信満々な姿に、圧倒されながらも、どこか心が弾んだ。オデッセイ様のこういう勢いは、いつも私を新しい世界に引きずり込んでくれる。

「オデッセイ…お前、やはりカレンのことを心配しながらも、俺たちが上手くいったことを考えてこんなプレゼントを用意してくれていたんだな」

ゼットが、感極まるように声を詰まらせながら、オデッセイ様を見た。

が、当然、はあ?という顔をする。

「何を仰っているの。捨てられて落ち込んでいるところに、さらに追い打ちをかけるために用意したものですわ。参加するつもりのないパーティーに、私がわざわざドレスを用意したのであれば、否応でも参加するしかない。その哀れな姿を、ゼットにも拝ませてやり、二人の悲痛にくれた顔を見て、笑って差し上げたかったのですわ」

全く、何の、悪びれることなく、至極当然とばかりにオデッセイ様は言った。

その言葉に、思わずぽかんと口を開けてしまった。

オデッセイ様のこの底知れぬ自信と、どこか茶目っ気のある意地悪さが、彼女の魅力そのものだ。

「さすがオデッセイ様ですね。王子であるゼット様でさえ、掌で転がすようなことを、さりげなくしようとされる」

「人の不幸は蜜の味ですわ。では、カレンを捨てて地団駄踏む男の顔を拝みに参りますわよ。ついでに、つてを強くして頂きますわよ。おっほっほっほっほっほ」

顎に手を当て、高らかに笑うオデッセイ様。

その笑い声が部屋に響き、まるで舞台の幕が上がる前の興奮を煽るようだった。

私は、ゼットの隣で、なんだか新しい物語が始まる予感に胸を高鳴らせていた。





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