第32話招待されたお茶会2
「おっほっほっほっほ!まぁ、何と愉快な流れでしょう!最高の展開ですこと。あなたもようやく人の心を持つようになられましたのね」
オデッセイ様の自室に案内され、重厚なソファに座らされた私は、涙で言葉を詰まらせながらこれまでのことを説明していた。
心配してくれるかと淡い期待を抱いたのに、返ってきたのは腹を抱えて笑う声。しかも心底面白がっている様子だった。
「な、なんですかぁ……わ、私……本当に困っているのに……」
嗚咽混じりに言いながら、濡れたハンカチで目元を押さえる。
アルファードの部屋で第二夫人の話を突きつけられた時のことから語り始めたのだが、思い返せば思い返すほど胸の奥が煮え立つように熱くなる。
あの二人の勝手な物言い。
私の努力も人格も軽んじられ、まるで自分達の所有物のように扱われた。
その怒りに、今度はゼットを巻き込んでしまった自分の愚かさが重なり、情けなさと罪悪感が一気に溢れてきて、ついには涙が止まらなくなったのだ。
オデッセイ様は最初こそ驚いた顔をしていたけれど、途中からは私の顔を見てまた笑いを堪えきれなくなったらしい。
むっとして頬を膨らませても、その様子さえも余計に可笑しいのか、肩を震わせて大笑いを続けられた。
何がそんなに楽しいのか、どこがツボだったのか私にはさっぱりわからない。
「失恋して落ち込んでいるとばかり思っておりましたけれど、あなた、なかなか大胆で、粋な真似をなさっているではありませんか」
愉快そうに告げると、オデッセイ様はカップを取り上げて豪快にお茶を飲み干した。
少し冷めていて、ちょうど飲み頃だったのだろう。 「熱めをご所望ですか?それとも、ぬるめにいたしましょうか」
すぐ傍らに控えていた青年が、穏やかに声をかけた。 召使いには見えない、端正な立ち姿。 銀のポットを持つ手も無駄がなく、美しい所作をしている。 青い髪に緑の瞳、どう見ても貴族の令息にしか見えない。
「ぬるめに決まっておりますわ。それから、カレン。あなたもお飲みなさいな。先ほどまであれほど泣いておられたのですもの、喉も乾いているでしょう」
「……はい」
頷くと、自分の乾いた喉がひりつくように主張してきて、思わず唇を湿らせた。
「入れ直しましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、飲み干されましたら温かいものをお入れします。ただし、これで最後にいたしましょう。夕食が近いですからね」
「ありがとうございます」
青年の声は落ち着いていて、にこやかな笑みを浮かべるその姿に、張りつめていた心が少し和らいだ。 「フリード。この菓子は何かしら?」
オデッセイ様が机に並べられた色鮮やかなオレンジのマカロンを指さした。
「こちらは限定の品でございます。今年のサワンガ国の甘夏は出来がよく、その果汁を使った特製のマカロンでございます。入手は難しかったのですが、ぜひオデッセイ様に召し上がっていただきたいと」 「ふん。当然ですわ」
「ですが、おひとつだけにして下さい。先ほども申し上げましたが、夕食に差し支えますので」
「別にいくつでもいいでしょ。デザートを控えればいいのでしょう」
そう言ってオデッセイ様は、サクリと一口マカロンをかじり、とろけるような表情を見せた。 このやりとり。
召使いと主人というより、対等なようでいて、どこか親しげで、時に拗ねる子供とそれを宥める保護者のようにすら見える。
二人の視線が重なり合うたび、私は胸の奥がざわついて、いたたまれない気持ちになった。
思わずカップを手に取り、一気にお茶を飲み干す。喉を潤したというより、この空気から逃げ出したい気分になった。
なんだかお尻がむず痒い。
「そうそう、この男はフリード・ヴェルヌよ」
マカロンを口に放り込みながら、オデッセイ様はぞんざいに紹介する。
「よろしくお願いいたします」
フリード様は少しも嫌な顔をせず、背筋を正して優雅に一礼した。
その仕草に、私は慌てて立ち上がる。
「こ、こちらこそよろしくお願い申し上げます。私はカレン・ナギッシュと申します。そのお名前、存じております。ヴェルヌ伯爵家といえば菓子の輸出で名高く、また珍しい品々も多く取り扱っておられると。そして、フリード様は特に舌と目が優れていらっしゃると伺っております」
「そのように仰っていただけるのは光栄です」 「まぁ、家柄が有名だからついでに本人も褒めただけでしょうに。いつもの社交辞令が上手いこと」 オデッセイ様は軽く笑い飛ばすけれど、私は首を横に振った。
「そんなことはございません。先ほどのお話に出ましたサワンガ国の甘夏、もともと輸出に回せるほど多く収穫されてはいないのです。それをこうして手に入れられるなんて、本当に驚きですわ」
フリード様はわずかに目を見開き、嬉しそうに微笑んだ。
「これは、恐れ入りました。サワンガ国の事情をご存知の方など、滅多にお会いできません」
自然な仕草で自分のお茶を注ぎ、オデッセイ様の隣に腰を下ろす。その姿はあまりにも自然で、オデッセイ様も当然のように少し身体を寄せた。 やはり。 胸が妙にざわめき、落ち着かなくなる。 「あ、あの……おふたりは……その……」
どう尋ねればいいのかわからず、しどろもどろになってしまった。
「とりあえず、座りなさいな。いつまで立っているのですか。目障りですわ」
「……はい」
面倒な声で鋭く促され、私は慌てて腰を下ろした。 「お気づきなのにわざわざ質問するなら、答えてあげますわ。私達は、いずれ結婚する間柄ですの」 なんだか嬉しそうだ。
「オデッセイ様が婚約を解消されたばかりですから、正式には一年後を予定しております」
フリード様が落ち着いた声で補足する。
「私は別に気にしておりませんのよ。ゼットとの不仲は誰もが承知していたことですから。やはりね、と言われただけですもの。元々ゼットと婚約、というのが私にとっては、人生の汚点ですわ!」
「ですが、婚約を解消してすぐに別の方と結婚となれば……オデッセイ様にどのような噂が立つか。決して良いものではありません。それだけは避けるべきです」
「私に関する噂など、今さらどうということもありませんわ」
「いいえ。オデッセイ様ほど素晴らしい方はいらっしゃいません。世の人々が本当のあなたを知らなさすぎるのです」
その真摯な声に、私は思わず息を呑んだ。
言葉に一片の迷いもなく、真っ直ぐにオデッセイ様を見つめるフリード様。
そして、オデッセイ様の頬にも、かすかな熱が差している。
この方は本気でオデッセイ様を愛しているのだ。 そんな二人の空気を、何故か私は強く意識してしまい、こちらの方が恥ずかしくなる。
「さて」
ふいに、オデッセイ様が私の方へ視線を向けた。 先ほどまでの軽い調子は消え、瞳は氷のように鋭くなる。
「そもそも、どうして私があなたをこのお茶会に招いたのか、理解していらして?」 ソファに深く背を預け、脚を組み直しながら放たれたその問いは、まるで私を試すかのようだった。 一瞬にして空気が張り詰め、私の背筋も自然と伸びていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます