第24話ねぇねぇ聞いてくださぁい

「ねぇねぇ皆様ぁ、聞いてくださぁい」

放課後、帰りの会が終わり先生が教室を出た瞬間、シルビアがいつもの甘ったるい声をさらに強調して響かせた。

わざとらしく首を傾げ、頬に手を添えたその仕草は、いかにも「可愛いでしょ」と言わんばかり。

当然、帰ろうとしていた生徒達は足を止め、教室の中央で微笑むシルビアへと視線を集めた。

うふふん、と鼻歌でも聞こえてきそうな満面の笑みを浮かべ、胸の前で両手を合わせる。

「ご存知のように、あと一月ほどでアルファード様の誕生日パーティーが開催されますのぉ。今回、そのパーティーに、なんと! 学園の方々を百人ほど参加させることにしたんですぅ」

その一言に、生徒たちは一瞬呆気にとられた。だがすぐに、どよめきと歓声が湧き起こる。

「マジ!?」

「本当に!?」

椅子から立ち上がる者、机を叩いて叫ぶ者。

一気にシルビアの周囲へと人だかりができた。

「うふふふ。本当ですわぁ。ただし、私とアルファード様が決めますので、残念ながら参加できない方も出てきますけど……選ばれるなんて素晴らしいことですわよねぇ」

にっこりと、上目遣いで告げる。

甘く蕩けるような声。けれどその目は、はっきりと狙いを持って私に向けられていた。

「選ばれたら本当に参加できるの?」

「嘘じゃないよね?」

不安げな声が上がると、シルビアは肩をすくめて大げさに微笑む。

「まぁ、嘘だなんてそんなことありませんわぁ。ずっとおかしいと思っていたんですもの。アルファード様は確かに王子様ですが、この学園の生徒でもあるのです。なのに、皆様が招待されないなんて変ですわぁ」

その声色にはっきりとした棘。

まるで、「特権を独り占めしてきた女は誰?」と示すように。

周囲の生徒たちの視線が、一斉に私へと注がれた。

「それにぃ、国外の方と触れ合うのは、とてもいいお勉強だと思いますの。でも、選ばれた一部の貴族だけが触れ合えるなんて……不公平ですわよねぇ? ねぇ、皆さん、そう思いません?」

「確かに!」

「不公平だよな!」

賛同の声があがり、空気が一気に変わった。私へと向けられる視線は、軽蔑と妬みを混ぜたものに変わっていく。

「アルファード様に相談したらぁ、ずぅっとカレンが"それは出来ない"と言っていたんですってぇ。つまりぃ、選ばれた貴族だけの味方になっていたんですのよ。ずるいですわよねぇ、ねぇ、カレン?」

馬鹿馬鹿しい。

そんなこと、一片だって考えたことなどない。だが彼女の言葉は、知らない者にとっては事実のように響くだろう。

腹の底から怒りがこみ上げた。

「全く違うわ。……けれど、前にも言った通り、私はもう関係ないわ。あなたが決めたことなら、好きにすればいい」

巻き込まないでほしい。

「まぁ、なんて言い草なのかしらぁ。そうですわねぇ、カレンはもともと招待状をもらっているし、これからも貰えるかもしれない。だから皆の気持ちがわからないのよぉ」

「そんなことはないわ。何度も言うけれど、私はもう婚約者ではない。上級貴族の方々と会う機会は減るし、もともと必要ないわ」

「はぁ……口ではそう言っていてもぉ、結局王宮はカレンの色に染まりきっているんですものぉ。婚約解消されたあとのことまで考えて動いていたなんて……すごぉく嫌な人ですわぁ」

ぞっとするほど意地の悪い笑み。

一気に教室の空気が凍りつき、私に向けられる視線は「計算高い女」を値踏みするようになった。

その時。

「カレンの色に染まっているのは、当然ですわ! まだ、婚約解消されて日も浅いのに、すぐに変わるわけがありませんわ! では、皆様に質問です。当主が変わって、たかだか一月足らずで全て新しい当主の色に染まりますの!?」

「そうよ! まだ婚約解消されて日も浅いのに、すぐ変わるわけがないでしょう!」

セリカとステラが声を張り上げた。

「ごちゃごちゃ言う前に、自分で変えようと努力しなさいよ! アルファード様の婚約者の割には、何小さいこと言ってんのよ! そんなんで王妃になれると思ってんの!?」

正論だ。

当主が変わってたった一月足らずで、すべてが一新されるわけがない。

小さな器のままでは王妃など務まらない。

「でも、友人のことを考えないのはどうかと思うわ」

今度はミラが反論する。

「シルビアは、あなたと違って本当の平等を考えているのよ。庶民ばかり持ち上げるけど、実際は貴族の中だって不平等はあるわ」

なるほど。シルビアの親友であることが、今は「次期王妃の親友」という立場に繋がる。だから強気に出られるわけね。

「その通りよ。でもね、何度も言うけれど、私はもう関係ないわ。アルファード様とシルビアがこの国をよく変えればいい……ああ、そうか」

本当に、腹が立っていたのかもしれない。

いつもなら流すはずの言葉が、棘となって口から飛び出していた。

「私と比べられるのね。それはごめんなさいね。そんなに私という存在が不安だったのね」

シルビアの顔がみるみる赤く染まった。

「そ、そんなことありませんわ! 誰もが私のほうが素晴らしいと褒め称えています!」

震える声で必死に反論する様は、どう見ても図星を突かれた証拠だ。

「それなら良かったわ。でも今のように私の色に染まっている、というとまるで努力しても変わらないように聞こえるわ。そうなると、不安なんだと思われてしまうわよ?」

「ち、違いますわ! 私が不安になることなんてありませんわ! だって、いつだってアルファード様が助けてくださいますもの!」

「そう。じゃあ、なぜ、私にそんなに突っかかるのかしら?」

ぐっと、シルビアが言葉に詰まる。

本当に自信があるのなら、私など眼中にないはず。言葉だけでは人を落とせない。行動が伴い、確固たる地盤があってこそ意味を持つ。

アルファードが助けてくれる?

絶対に、あり得ない。

これまで全て私が取り仕切っていた。

「つ、突っかかってなどいませんわ! 私は、思ったことを言っただけですの! 皆様、パーティーに招待して欲しい方は私に仰ってくださいね。では、失礼しまぁす」

シルビアはわざと優雅にスカートを翻し、教室を出ていった。

「あ、待ってシルビア!」

慌てて追おうとしたミラが、廊下に現れたアルファードを目にして足を止める。

彼は一瞥だけ私に向け、露骨に睨んでからシルビアの後を追った。

「アルファード様ぁ! お待たせいたしましたぁ」

シルビアの媚びた声が耳を刺す。

胸がざらつくように不快だった。

「アルファード様、この間二人で決めました"学園の皆様をご招待する件"をお知らせいたしましたの。皆、とても喜んでいましたわぁ」

「そうか、それは良かった」

私は振り返ることなく、鞄を手に取り声を掛けた。

「帰ろう、セリカ、ステラ」

「そうね」

「甘いものが欲しくなりましたわ」

二人の笑顔に、少し救われる。

「言い返してくれてありがとう」

「当たり前ですわ」

「当然よ」

そのやり取りで、重苦しい気分が少しだけ軽くなった。

廊下を出ると、ステラが小声で囁いた。

「でも、選抜された招待客以外を、それも品位ある教育を受けていない生徒を招くなど、どうかと思いますわ。カレンは、そのことを考えて招待客を選んでいたのにね」

アルファードとシルビアの姿はもうなかった。ようやく安堵の息がつける。

「それは、どういう意味?」

セリカが首をかしげ、私とステラを見比べる。

侯爵令嬢であるステラは、少し唇を結んだ。

「ともかく、お茶を飲みながら話しましょう。ここでは、誰が聞いているか分からないもの」

私の言葉に、二人は頷き合い、私たちはその場を後にした。

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