第23話私の気持ち
「今日は招待に応じて頂き、ありがとうございます」
満面の笑みで、オーリス様が頬を赤らめて言った。
「そんな事ありません。急に参加させてもらって、むしろ申し訳なく思っています」
本音を言えば、来たくなんてなかった。バカな兄様がどうしても、と言うから仕方なく来たのだ。
私は何時もの作られた微笑みを返し、あえて少し距離を取った。
今日の主役はオーリス様の弟、私の3歳年下のスペイド様。
実は二週間ほど前、私宛てに届いた招待状の中に、このパーティーへの案内も含まれていた。
その後にお父様とお母様と話をして「全部断る」と決めたから、お断りの手紙を出したのに、
「もう参加の返事をしているから断れない」
そう言い出したのがバカ兄様だった。
わけの分からない理屈を並べ立て、挙句「親友の頼みだから」と泣きついてきたものだから、私も渋々承諾せざるを得なかった。お父様もお母様も、最初は私の味方をしてくれたけれど、兄様の必死のお願いに根負けしてしまったのだ。
けれど、実際に参加してみて、私はすぐに気づいた。この方、私に気がある。
私の言葉一つ、仕草一つを過剰に褒め、さりげなく自分を売り込んでくる。
誕生日の儀礼が一通り終わり、会が自由な雰囲気になって談笑して楽しんでいた。
ある程度の区切りを見つけると、オーリス様は当然のように私のそばへ来て「庭園を歩きませんか」と誘ってきた。
断りたかった。だが兄様の顔もあるし、貴族としての立場もあって強くは断れず、仕方なくその誘いを受けた。
そして歩きながら、オーリス様はこう切り出した。
「私のお勧めのお店があるので、是非ご一緒しませんか?」
柔らかな笑みを浮かべつつも、その目は妙に真剣だ。
「誤解しないで下さいね。ほかの女性に言っているわけではありません」
そんな事誰も聞いてないし、興味ない。
さらに続けざまに、
「カレン様の趣味や興味は何ですか? 私は絵に興味があり、よく美術館に足を運びます。興味がなければ是非一度ご一緒しませんか? それと、私はピアノを嗜んでおりまして、カレン様はどの楽器がお好きですか? もしピアノに興味があるのでしたら、是非一曲お聞かせしたいです」
と矢継ぎ早に話しをしてくる。
正直、私は興味もなく曖昧に答えてしまったから、何を言ったのかすら覚えていない。ただ、早く離れたい。その一心だった。
周囲を見れば、オーリス様を狙う令嬢達の視線が痛いほど突き刺さってくる。
そんな中、オーリス様がさらりと聞いてきた。
「噂で聞きましたが、エルディア王国の王子から求婚されているとか?」
そうだ! それを忘れていた。
こういう時の為だ。
「はい。まさか、そのような気持ちを寄せてくださっているとは思わず、私も驚いています。しかし」
きちんと考えようと思っています、と伝える前に言葉を重ねてきた。
「そうでしょうね。私は思うのです。カレン様は、もう自由になられたらいいと」
「自由、ですか?」
ぴり、とこめかみに何か走る。
「はい。これまでは"王太子妃"という国の重責を背負ってこられた。ですが、これからはもっと身近なことだけを考えて良いのです。たとえば、私の母のように心を許せる方とお茶会を開き、好きな買い物をして、嫁いだ領地を守る。それが、普通の貴族令嬢の幸せな日々なのです」
「……そうですね。私は特別な立場にいたから、普通の令嬢よりは、確かに違った日々を送っていました」
「その通りです。お疲れさまでした。もう、あのような苦痛を感じる必要はないのですよ」
苦痛?
胸の奥が、ぐっと詰まった。
私が過ごしてきた日々は確かに辛いこともあったけれど、それだけではなかった。むしろ、誇りと楽しさがあった。
「もともと女性は男性に守られて、ゆったりと過ごすべきなのです。たまに領地を旅行がてら見に行き、好きなことをする。男性がすべてを守るのですから」
「……そう、ですね」
違う。そうじゃない。
どこかで、声がする。
「ところで、何か気になる品物などありませんか? 私ならある程度はご用意できますし、ご提案もできます」
「ありがとうございます。ですが今は特にありません」
「そうですか。……そうだ」
オーリス様は一層嬉しそうに私を見つめた。
「近々、友人たちを招く予定です。ソリオも来ますので、ぜひご一緒に。皆、学園の友人で年の近い者ばかり。重苦しい場ではありませんし、きっと楽しいですよ。皆様にもカレン様が来ると伝えておきますね」
是非、というよりは、もう既に決定事項のような口ぶり。
私は小さく溜息を吐いた。
「申し訳ありませんが……婚約解消したばかりで、まだ気持ちが落ち着いておりません」
「だからこそ、です。その気持ちも晴れやかになりますよ」
「ですが、他国の王子から求婚されたということもあり、男性の集まる場に出向くのはいささか気が引けます。今回は遠慮させていただきます。それに、私は前向きにゼットの事を考えております」
にっこりと笑みを浮かべ、はっきりと言い切った。
ゼット、あえて呼び捨てにした。
やはり、驚いた顔になった。
もう、一緒にいるのが苦痛になっていた。
「そうですか……残念です」
なおも何か言いたげだったが、私はあえて視線を外し歩みを速めた。彼が一生懸命に何か話していたようだが、耳に入らない。適当に相槌を打ち、早々に別れた。
その後、ホールに戻り兄様に「疲れたので先に帰る」と伝えると、慌てて引き留めようとした。だが、私が軽く睨むと諦めてくれた。皆に挨拶し、パーティーを後にした。
馬車に乗り、一人きりになった瞬間、どっと疲労が押し寄せてきた。
楽しくなかったわけではない。
子供のパーティーはしきたりに縛られず、料理も華やかで、他愛もない会話が飛び交う。スペイド様とは年が離れていて接点はなかったが、違う年頃の令嬢や若者と話せるのは新鮮で、刺激になった。
けれど、オーリス様の父、ディグランセリア公爵の縁者や友人らが多く顔を出しており、挨拶を交わすと皆が口を揃えてこう言ってきた。
「婚約解消、おめでとうございます」
「これからは相応しい令息を選ぶべきです」
そして、当然のようにオーリス様を推してくる。
やっと逃れても、今度は別の令息を紹介される。誰も彼もが「次」を押し付けてきて、正直辟易した。
そして極めつけは、オーリス様との庭園での散歩。まるで、私が嫌々王太子妃教育を受けていたかのような言い方。
確かに大変なこともあった。けれど、嫌ではなかった。むしろ誇りであり、楽しかった。
それを「苦痛」と言い切られた時、胸の奥で何かがざわめいた。
女性は男性に守られるもの。
確かに母もそうだし、既婚女性の多くがそうだ。
それは楽で、幸福なのかもしれない。
でも、私は……。
私自身が、その枠に収まる姿を思い描けなかった。
アルファードも、ゼットも、そんなことは絶対に言わない。
いや、もしかしたら私の価値観がすでに「普通」とはずれているのかもしれない。
物心ついた時には王宮に上がり、いつの間にか王太子妃教育を受け、自国の枠を越えて世界を視野にするようになった。
そこに私の価値が問われていると感じ、もっと、もっと、と知識を求めた。
あの時間は、楽しかった。
それを「全部捨てろ」と?
いいえ。新しい世界を知る機会だと思えばいい。前向きに考えようとする。
けれど同時に、これまで積み重ねた知識や努力が「無かったこと」にされるようで、胸にぽっかりと穴が開いた。
寂しくて、辛かった。
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