第21話私の必然
ゼットと別れ、私は部屋に戻った。
何だか慌ただしい放課後だったわ。胸の奥がざわざわして、どっと疲労が押し寄せ、ソファに身を沈める。
召使いにお茶を頼み、湯気の立つカップを手にすると、香りが鼻を抜けて少し落ち着いた。
温かい液体が喉を通るたび、張り詰めていた心がじんわりと緩んでいく。
机の上に、貰った招待状をそっと置いた。
オデッセイ様。
彼女は確かに怖い存在だ。けれど、前向きで、情熱的で、素直で、活動的で、
全てが私と正反対。
なのに、見ていてとても新鮮で、斬新で、心底嫌いとは言えなかった。
自分には無いもの、まるで正反対のものを持っているからこそ、目を逸らせない。
苦手意識は変わらない。
それは、彼女が人の心の弱点を鋭く突いてくるから。
自分に向けられれば返す言葉もない。けれど、他の人へ向けられた時には、気づかなかった盲点を示され、思わず「なるほど」と頷いてしまう。勉強になるのだ。
以前は「国のために」と情報収集の一環として話を聞いていた。
けれど、これからは違う。
「国を背負う」ではなく、「自分の未来を背負う」。
そういう覚悟で相対すれば、会うことそのものが楽しいと思えるかもしれない。
嫌な気分で終わる可能性だってある。
でも、それならそれでいい。それもまた一つの勉強。
そう決めると、私は立ち上がり、心を固めて行動に移した。
次の日。
朝帰りしたお父様を、無理やり捕まえた。まだ酒の残る香りが微かに漂う。
お母様も連れて談話室に入り、私は正面に座った。
「また、今度ではダメなのか?」
二日酔いらしいお父様は、血走った目でぐったりとソファに腰を下ろし、弱々しく呟く。
お母様は苦笑を浮かべ、水を注いだグラスをお父様に差し出した。
「早い方がいいの。招待状を貰ったの」
私は握りしめていた封筒を机に置く。
お父様が緩慢な動きでそれを取り、ひっくり返した。
そして目を大きく見開き、慌てて姿勢を正した。
ですよね。私も最初は驚きましたよ。
「シャウリ侯爵家……」
その言葉に、お母様も驚いた表情で、くっきりと押された封蠟と私とを見比べた。
お父様は中身を取り出し、目を通すと、まるで苦虫を噛み潰したような顔をしてお母様に渡した。
「どうするんだ?」
「参加しようと思います」
「お前、この日付が分かっているのか!?」
お父様が鋭く問う。
「分かっているわよ。アルファードの誕生日パーティーの前日よ。だから、前日から出発しようと思うの。だから学園には連絡しておいてほしいの」
「それはいいとしても、宿泊を匂わせている内容だ。つまり……パーティーには参加しないつもりなのか?」
お母様が「まさか」と声を洩らす。
「そこは正直、分からないわ。宿泊しても早朝に出れば間に合うし、気分がのれば、という程度ね」
「二度と参加出来ないかもしれないんだぞ?」
確認するお父様の気持ちはわかる。
「そうね。婚約を解消されたから、私は言わば低級貴族令嬢。本来なら招待される身分じゃないもの」
「何を言う。私とハリアーの仲だし、ハリアーはまだお前のことを諦めていない」
口を尖らせ反論するお父様。
「じゃあ、お父様は私とアルファードが寄りを戻すことを望んでるの?」
「望んでない!」
即答に、思わず笑みがこぼれる。
「それなら、問題ないでしょ。今回参加したところで、私が格好の噂の的になるだけよ。堂々と二人に問いかけられる人なんて、ほんの一握りなんだから」
「そうね。あなたの方がこれまで接してきた分、声をかけやすい。けれど、『捨てられた』『奪われた』と噂を好む方々にとっては、あなたの一言一言が格好の材料になるわ」
ぎゅっとドレスの裾を握るお母様の仕草に、本当に心配しているのだと伝わってきた。
けれど、誤解だけはされたくない。
「分かっているわ。でもね、パーティーに参加したくないわけではなくて、本当に興味がなくなったの。それよりも、オデッセイ様のお茶会を断り、『オデッセイ様から逃げた』と思われるのが嫌なの」
「どういうことだ?」
「お父様、お母様。私、これからは"自分のために"行動しようと思うの。アルファードの婚約パーティーと、オデッセイ様のお茶会を天秤にかけた時、どちらが心を惹いたか、素直に考えてみたの」
「天秤、とは?」
「もう私はアルファード、つまり王太子妃になることはない。お父様がハリアー様のご友人である限り、確かに優位な立場はある。でも、それはハリアー様の時代だけ。代が変わってアルファードになった時、果たして同じように扱ってもらえるかしら?」
問いかけると、お父様は頬を引きつらせ、一瞬だけ目を逸らした。
「心配することはない。ハリアーには伝えてある」
「ありがとう、お父様。でもね、保険は必要よ。たとえ書面で約束を取りつけても、力を持つ貴族の一言で反故にされることだってある。特に、経済的な後ろ盾を担う家の言葉には逆らえないわ」
お父様は言葉を探すように口を開きかけたが、結局、何も言えなかった。
理解してるよ。
何年もアルファードの婚約者として過ごしてきた中で、派閥、財政、権力、ありとあらゆる罠を目の当たりにした。いつ、どこで足を掬われるか分からない。
だからこそ、ここで綺麗に線を引かなければならない。
下手に動けば、この家にもお父様にも害が及び、アルファード自身にだって迷惑をかけてしまう。
私は「今」だけでなく、「未来」を見据えて考えた。
「お兄様の時代、いいえ、その先を考えて。私たちだけで生き残れる道を作りたいの。だからこそ、オデッセイ様の招待を受けたいの。あの方の地盤は、これから確実に固くなるわ」
「それは、お前の予見か? それとも、己の中で導き出した答えなのか?」
真摯な瞳が私を射抜く。突き詰める問いに、私はにっこりと微笑んだ。
「説明なんて出来ないわよ。ただ……なんとなく、オデッセイ様のお茶会の方が、私にとって心を惹かれる気がしたの」
予見なんてものは、所詮「行き着く結果」へと至るまでの積み重ねがあって生まれるもの。
たとえ道筋が飛んでいても、必ずそこには"必然"がある。
そう、これはきっと、ただの気まぐれではない。
私の中に芽生えた直感は、未来に繋がる小さな灯火なのだ。
これを私は必然に変えて見せたい。
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