第52話 涙の理由は訊かない

「すいませんねー、勇者を通しちゃって。シリウスさん魔王に命じられてこの扉を守ってたんですよねー」

「ああ。侵入者の足止めをしろと言われてな。だがオウリには敵わないと思っていたよ。実際かなり手を抜かれていたようだしな」

「あはははー、ほんと、強くてすいませーん」


 魔王がいる部屋の中へ勇者たちを向かわせるために擬似的な戦闘を繰り広げたのだが、シリウスさん的にはわりと本気だったらしい。

 まあ自分チートステータスだからね。 


「先程の少年が異世界から喚んだという勇者か。ずいぶん若いな」

「勇者の名前は空叶って言います。オレとこやきと空叶は今16で同級生なんですよー」

「そうか、三人同い年なのか。大賢者と魔法戦士も仲間にいたんだな。だが彼らのステータスでは魔王相手には厳しいかもしれない」

「あー、そうなんですねー。彼らは途中参加したんですよねー。でもやっぱり魔王相手はムリかー」


 この人オレと戦ってる間にレナードさんたちのステータス確認してたんだ。

 それはそれで凄いんだけど。

 

 あの二人のステータスが魔王には厳しいと言われてしまったけど、自分ももしかしてって少し思ってたからしょうがない。

 シリウスさんが言うならそうなんだろうな。

 レナードさんとアルガーさんは空叶の心の支えをしてくれていたので大感謝してる。

 オレやこやきじゃそれは担いきれなかったからね。


「オウリは勇者たちの所へ行かないのか? 私と話をしている場合ではないと思うのだが」

「んー、そうですよねー、もうちょっとだけお待ちをー」

「?」


 オレがまだ魔王の所へ行かず、シリウスさんとお話をしているのには目的がある。

 魔王との魔力の繋がりが解かれた後、一緒に魔王の所へ行くためだ。

 その為に只今シリウスさん用の装備を生成中である。


「でっきましたー! うん、めっちゃ勇者っぽい! はい、どうぞー!」

「これは……?」

「シリウスさんの為に作ったので是非是非! その黒い鎧は取っ払ってこれ着て下さい!」


 戸惑ってるけどゴリ押しする。

 根負けして通路の端で着替え始めた。

 一応年頃の女子高生なので、大人の男性の着替えを見ないように配慮する。

 そしてタイミング良くこやきからメールが送られてきた。


「今、うちの相方が魔王とシリウスさんの魔力の繋がり断ち切ったそうです。身体の具合どうですかー?」


 振り返りながら話しかけると、着替え終えたシリウスさんの姿に思わず息をのんだ。


 全体的にがっしりとした体格を際立たせつつ、重厚なマントが堂々とした風格を更に漂わせている。

 その下には動きやすさを考慮したデザインのプレートアーマーを装備。全身を覆っているわけではなく、随所に革のプロテクター付き。

 装備一式作ったのは自分だけど、めちゃめちゃ良い出来栄えに背筋がゾクゾクした。


 顔は前に見たことあるけど、装備を変えたビジュがあまりにも良すぎる。 

 タイプとかじゃなくて、目の保養的な意味合いでだけど。


「……やっと、解放されたのか……?」


 シリウスさんの身体は小刻みに震えている。

 魔王の魔力との繋がりを切った副作用とかなのかな?

 心配なので本来のサーチスキルをちょっといじって、シリウスさんの身体を調べてみた。


「うん、隅々まで魔力の流れを見ましたが大丈夫です。魔王の魔力とは完全におさらばしていますよ。その証拠はこれでどうですか?」


 シリウスさんを安心させる為に、魔力干渉を一切断つことの出来る結界魔法を発動する。

 前にこの結界の中では魔王の魔力が遮断され体力値が減り続けたのだが、もうそんなことは起こらない。

 ようやく魔王の呪縛から解くことができたのだ。

 

「ああ……、ありがとう……。感謝してもしきれないよ……」


 震える声でシリウスさんは言ってきた。

 そして彼の両目から堰を切ったように大粒の涙が溢れだす。

 まるで長い間抑えつけられていた感情が一気に噴き出したかのように、止めどなく溢れ続ける。


 初めてお目にかかる大人の男性の男泣きにびっくりして立ち尽くすことしかできない。

 とりあえずシリウスさんが落ち着くのを待つことにしよう。

 だって自分、それしか出来ないから。





「見苦しい所を見せてしまい、すまなかった」

「いえ、これ、もしよろしければどうぞ。ただの白湯ですが」


 熱すぎず、ぬるすぎていない程よい温度の白湯を注いだ湯呑みをシリウスさんに差し出した。 

 

「ありがとうオウリ」


 少しかすれた声でそう言って両手で湯呑みを受け取る。

 その温かさに安堵したように、微かに肩の力が抜けるのが分かった。

 かける言葉が見つからないので黙っていたけど、不思議と気まずさは感じない。



 ――魔王の魔力から解放された嬉しさで涙を流したのかどうかは分からない。理由を訊くのは違うと思うし、過剰な心配も不適切な気がする。

 黙って静かにしているのが正解だよね。 


 

シリウスさんは最後のひと口を飲み終えた後、しばし空になった湯呑みを静かに見つめていた。

 震えは止まっていて、落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……私も魔王との戦いに力を貸したい」

「りょーかいです! 武器は長剣でいいですか? 背中に背負うように作りました! 使って下さい!」

「オウリは武器も生成出来るのか……。遠慮なく使わせて貰うよ。攻撃力2倍の付与付き……。もはや何でもありなんだな」

「出来ないことを探すほうが難しいかもしれないですねー」


 笑いながら言うと、シリウスさんも微笑み返してくれた。

 海外の有名俳優に似た端正な顔立ちで完璧な笑顔が眩しすぎる。


 アホみたいにミーハー心を高ぶらせていると、部屋の中から魔力の増幅を感知した。

 

「なんか魔王の魔力が強まりましたね。シリウスさん、行きましょうか」

「ああ、行こう!」


 オレたちは急いで魔王の元へと向かった。








「あ、おうりー、やっと来た〜! ええー、ちょっ、ちょっと待ってちょっと待って! めっちゃかっこい〜! 素敵すぎ〜!」


 部屋の中は大きな広間になっていた。

 奥の方では空叶たちが戦っているのが見える。

 こやきが珍しくテンション上げて、はしゃぎながらこちらに近付いてきた。


「シリウスさん身体の具合どうですか〜。魔王との魔力の繋がり切ってみたんですけど〜」

「コヤキ、君が断ち切ってくれたんだね。本当にありがとう。身体は大丈夫だ、何ともないよ」

「オレも確認したけど後遺症も無く良さげ良さげ。それよりこの装備品いいでしょー! マントとか特にー!」

「うんうん! めちゃめちゃ良いよ〜! ナイスデザイン! 凄い素敵〜! 最高〜!」


 ミーハー心全開でシリウスさんのことを眺めまくっている我々二人。

 完全に冷静さを欠いて、夢中で熱い視線を送っている。

 一人の時はそんなでもないのに、こやきと二人だとついつい盛り上がってしまう。


「オウリ、コヤキ、私も魔王との戦いに行くよ!」

「それじゃあオレらも一緒に行きまーす」

「うちらがやることは決めているし〜」

「??」


 




「レナード! さっきの魔法全然効いてないぞ!」

「くっ! それならこの魔法を……」

「レナードさん危ない!」

「ソラト! ぐあぁっー!」

「うわああぁっ!」


 魔王と戦っている場所へ移動すると、アルガーさんは膝から崩れ落ちていて、レナードさんを庇った空叶は壁へ吹き飛ばされていた。

 一般の人ならその攻撃で体力値ごっそり持っていかれるだろうけど、うちの勇者はチートな装備品でがっつり身の守りがされているので心配という心配はしていない。

 壁に思いっきり背中打ち付けてたけど回復すぐだし、めげずにまた直ぐに魔王へ向かっていく。


 けど勇者を一撃で吹っ飛ばすなんて、どんだけの力なんだろうと魔王の姿を確認する。

 深い漆黒のマントを羽織り、すらっとしている長身。動きに合わせて流れるような銀髪に、頭の両側には曲線を描く角が生えている。

 赤い瞳は光を反射せず、むしろ周りの光を吸い込んでいくような暗い輝きを放つ。

 見た目そんなに悪くなくて、美青年と言ってもいいかもしれない。


「あれが魔王なんだねー。へー」

「魔王との戦闘が始まる前の前口上は普通だったよ〜」

「魔王! 私が相手になってやる! 来い!」

「「えっ、早い早い」」


 こやきと二人で思わず突っ込んでしまった。

 だってシリウスさんが魔王に向かって声高に叫んじゃうから焦る。

 オレが魔王とのやり取りもしてないし、シリウスさんのこと空叶たちに紹介出来てないよ。


 こやきと考えてたシリウスさんの登場シーン、急いで見直しをかけなくちゃ。

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