第50話 偽魔剣士としての演技

「入り口の結界ってこれだね〜」

「目に見えない壁だよねー。結構分厚く張られてるみたいじゃん」


 神殿入り口の閉ざされている大きな門扉の手前に、魔力の障壁が門全体を覆っているのが分かった。

 透明なので結界の向こう側の門扉は歪むこともぼやけることもなく、くっきりはっきり見えている。

 解析するために、オレとこやきは躊躇うことなくペタペタと結界を触りまくってみる。


「その結界は強力な魔力を持つ者が張ったようで、直ぐに結界を解くことは出来ませんでした」

「そーなんですね〜」


 触ると滑らかさがあるけど、固く冷たい抵抗感を感じる。

 地面に転がっている石で叩くとゴツンと硬質な音が響き、その部分に水面を突いたような波紋が広がっていく。

 この物理的な透明の障壁の不思議さに理科の実験さながら、ちょっと面白さを感じてしまった。


「おうり、どうしよっか?」

「じゃあ今回はオレに任せて」


 我々はこそこそと小声で話をする。

 この結界の解き方が分かったので、オレとこやきのどちらがやるかを相談。

 いつも色々こやきにやってもらっていたから、たまにはオレも働かないとね。


「えー、じゃあ今からこれ壊しますんで、少し離れてて下さいね」

「オウリさん、この結界が解けるのですか!?」

「はい、魔剣士ですのでー」


 偽造ステータスにある魔剣士という肩書き。

 思えばこれにしてから一度も魔剣士らしいことしてこなかったね。

 こやきは旅芸人として劇場で大活躍して伝説の旅芸人の称号がついてるけど、自分マジでなんにもしていない。

 せめてここでだけでも、魔剣士としてのパフォーマンスを披露してみたい。


「それでは……」


 透明で硬質な結界の前に静かに立ち、漆黒の刀身を持つ魔剣を出現させる。

 魔剣士については前々から少し調べていて、どうやら魔剣という特別な剣を武器にしている人が多いとのこと。

 当然前もって自分の武器生成のスキルで作成済みである。


 といっても剣に意思があったり呪われているとかそういうのでは全然なくて、ぶっちゃけただの長剣を見た目的に魔剣っぽくしてみただけ。


「おおっ、あれが魔剣士の魔剣か! 初めて見たぜ! すげぇ、超かっこいいな!」

「アルガー、静かに」


 アルガーさんが魔剣のデザインを褒めてくれている。

 そうでしょうそうでしょう。

 自分でもこの魔剣もどきの出来栄えにかなり満足しているので、褒められると嬉しくなる。


 早速パフォーマンス開始。

 熟練の剣士が一突きするように構え、そのまま結界の一点に魔剣もどきの切っ先を突き立てる。

 切っ先が触れた部分から結界の中に黒いインクが水に溶けるように、黒い染みがどんどん広がっていく。


 結界の透明度が失われ、内部に渦巻く魔力が濁流のように見えるようになった。

 結界全体が黒く染まったのを見計らい剣を引き抜くと、結界はまるで古いガラスが粉々に砕けるように音もなく崩壊していく。

 そして結界が消滅した門扉は、重厚な音を立ててゆっくりと開いていった。


「……す、凄い」

「これが魔剣士の力なのか……」


 レナードさんとアルガーさんの驚き様に、ちょっとだけ申し訳なさを感じた。


 だって単に結界の魔力を無力化しただけなんだよね。

 それを魔剣士の持つ魔剣の力で侵食しているように見せただけ。

 黒く染めてみたのもパフォーマンスの一つだったりする。


 これくらいの即興的なパフォーマンスが繰り出せなくては芸人とは言えない。

 予期せぬ展開を瞬時に拾うための瞬発力や思考の速さ、発想力や観察力、自己表現力などそれこそ一朝一夕では身につかない。

 高みを目指すためにも日々の努力が必要だと思うんだよね。

 まだ芸人じゃないけどー。


「さて、扉も勝手に開いたことだし、中に入りますかー?」

「そうですね、皆さん気を引き締めて行きましょう!」

「よしっ、油断しないで行こうぜ!」

「はいっ!」

「はーい!」

「りょーかいでーす!」


 このやり取り、なんかすっごくテンションが上がってくるぞ。

 一致団結感というか一体感が高まるというか、ライブでの手拍子やスポーツ観戦での応援時の高揚感に近いかもしれない。

 ワクワクして気分が乗ってきたけど、浮かれてると思われたくないから普段通りにしていよう。





「ねー、こやきー、これって確実に見られてるよねー」

「そーだね〜、見られてるね〜」


 神殿に入った時から、遠隔透視でこちらを観察している魔力を感知していた。

 感知した魔力は魔王のものってすぐに分かったけど。


 ルジアスの塔で爺様が遠隔透視の魔法を使ってオレたちを見てきたことを思い出す。

 自分が住んでいる所へ他人が勝手に入ってくれば、そりゃあ確認するよね。

 爺様の住居だったっていう事情を知らなかったとはいえ、あの時は不法侵入をやらかしてしまった。


 でも今回は別。明確な理由があるからね。

 『勇者』が魔王を倒しに来たんだもん。

 それから『元勇者』を助けるためにもここへ来たんだし。


「どーするー? また前みたいに透明とかティラノサウルスとかにしてみるー?」

「うーん、放っててもいいかもね〜。今回覗き元が誰だか分かっているし」

「そっか、じゃあ放置でいっかー。でもなー、ただ見られてるのって何かヤダからぼかしをかけとこうっと」


 魔力をいじったり魔力変換をすることで魔王の魔力を遮断することは簡単なんだけど、それじゃあ芸がない気がしたのでソフトなぼかしを入れることにした。

 よくテレビでプライバシーの保護のために通行人の顔にかけられている淡いモザイクのあれね。

 まあ、ちょっとした嫌がらせではある。


「何か向こうの魔力から乱れを感じるよ〜」

「見てる映像ぼかしたくらいで揺らぐなんて、精神修行が足りてないんじゃないのー」


 とはいったけど、自分もテレビを見てて急に画面がおかしくなったら絶対パニックになる自信はある。

 精神修行、いつかやってみようかな。





 魔王の魔力を辿りながら神殿の奥へ奥へと進んで行く。

 魔力を感知しているので分かれ道があっても迷うことはない。


「左右の分かれ道ですか。この神殿内に張り詰められている魔力がどちらからも同じように感じますね」

「ならどっちへ行ってもいいだろ。魔物がいるなら叩き伏せるだけだぜ。ソラトならどっちを選ぶんだ?」

「えっ、えっと……」

「はいはーい、旅芸人的な勘だと、ここは左ですね〜」

「伝説の旅芸人の勘はよく当たりますよー」


 レナードさんとアルガーさんが不審に思わないように、何気なーく道案内をする。

 そしてにこやかな笑みを浮かべ、素直に進んでくれるお二人。

 大人だなぁとしみじみ思うよ。


「どうしたオウリ。そんなまじまじ見られると何か照れるぜ」

「な、何でもないですよー。アルガーさんたちが付いてきてくれて心強いなーって思ってー」

「心強いって言われたなら頑張るしかないな。確かにこの神殿の中は不気味だから、オウリが怖がるのも当然だろう」

「えー、別に怖がってはないですよー」

「ははっ、そうか、オウリは怖くないのか。だが無理はしなくていいからな。女の子なんだしさ」


 そういうとアルガーさんは大きな手でオレの頭をポンポンしてきた。

 突然だったからこれにはびっくりー、動作が自然すぎるよー。

 これがお兄さん属性が繰り出す技なのかー。

 

「わー、なんかお兄さんみたいー。お心遣いありがとうございまーす」


 冗談めかしてアルガーさんに返答する。 

 ふと視線を感じ辿っていくと、こやきがまたによによとおかしな顔でこっちを見ていた。

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