第48話 無自覚のじゃれ愛
「シリウスさんの素顔見た時びっくりしたわー。あの海外映画の俳優かと思ったよー。マジでマジでー」
「ほんとにね〜、映画のスクリーンから抜け出してきたみたいだったね〜」
『元勇者』であるシリウスさんに去り際、どうしても顔を見ておきたいと、こやきと二人でお願いをしてみた。
最初はかなり渋っていたシリウスさんだが、我々のしつこすぎるお願い攻撃に屈して、兜を取り顔を見せてくれた。
一言で言うなら、めっちゃ男前な人だったね。
彫りが深くて骨格がはっきりとした顔立ちに、吸い込まれるような紺碧の瞳。
髪は深い青色の髪が無造作に伸びていて、髭も生えていたが、それもまた似合っていて大人の魅力に感じた。
何で我々のテンション上がっているのかと言うと、この世界に喚ばれる少し前に二人で見に行った海外映画の主演俳優っぽかったからだ。
外国の映画俳優の人なんて実際には手の届かない存在である。そんな顔立ちの人を間近で見てしまったが故に、ミーハーな心が刺激されただけ。
うん、それ以上も以下もないね。
さすが一国の王子、眼福でした。ありがとうございます。
年齢を聞いたら20歳は過ぎているとのこと。
旅に出たのが18歳になる少し前で、魔王の所へ辿り着いた時には2年が過ぎていたらしい。
そして更に、勇者として旅に出たことは公にはしていなくて、仲間が一人もいなかったんだってー。
空叶の時もだったけど、魔王を成敗するための旅が一人だなんて、この世界の勇者の扱い、めっちゃ酷くない?
まあ、何を言っても今更だけども。
でも今は現勇者にも元勇者にも我々『勇者を守りし者』が付いている。
二人の勇者のことは我々が必ず守ろうではないか。
……これ、言葉で言うと恥ずかしいから、心の中だけにしておこう。
「ただいまでーす」
「戻りました〜」
シリウスさんと別れた後、移動魔法で直ぐに空叶たちのいる所へと戻る。
魔物が潜んでいる場所で、『勇者を守りし者』の自分らが二人して勇者の側を離れることなんて今まではなかった。
それだけレナードさんとアルガーさんのことを信頼しているのだ。
「二人ともおかえり。おうり、大丈夫だった?」
「え、あー、うん。大丈夫大丈夫」
「おうり、さっきのこと今のうちに天宮くんに話してきたら。うちはあっちにいるレナードさんたちのとこで一緒に野営の準備してるから〜」
「オッケー、じゃ空叶、ちょーっとあっちに行こうか。聞いて欲しい話があるから」
「う、うん」
シリウスさんの話をする為、空叶と歩いてその場から離れていく。
こやきの姿が豆粒くらいに見える距離まで来た時、急に手を握られた。
「この場所なら繋いでてもいいよね」
「オッケーでーす」
そーんなにオレと手を繋ぎたいもんなの?
隙あればって感じだ。
拒否するほどのことでもないから、繋がれた手を握り返しておく。
「それでね、話っていうのは実はさ……」
森の中まで入り、そのまま手を繋いだ状態で空叶に『元勇者』のことを伝えた。
「……そうなんだ。……元、勇者の人がいたことに驚きだよ……」
「オレもステータス見た時びっくりしたんだー。現勇者の空叶からすれば複雑かもしれないけどさ」
「そんなことはないよ。ローダン国に王子がいたことはリーシャ王女から聞いたことがあるよ。自分の兄が何年か前に魔物退治に出て、今も消息不明になっているって言ってた。でもまさか勇者として魔王を倒す旅に出ていたなんて……」
「事情は分からないけど、国は表沙汰にしていなかったんだって。当時の王女に教えなかったのも、もしかして心配かけたくなかったから黙っていたとかじゃないのー。魔王退治と魔物退治じゃ全然違うし」
王子が勇者として旅立ったことを伏せていた理由なんて、正直オレらには全く関係のないことだ。
知らなくてもいいし、知る気もさらさらない。
『元勇者』のシリウスさんと会って、あの人のことを助けたいという気持ちが芽生えただけ。
ただそれだけのこと。
「リーシャ王女、お兄さんの話をしてきた時すごく辛そうな表情をしていたんだ。家族がいなくなることの辛さは、俺もよく分かるから」
「空叶……」
「シリウスさんがまたリーシャ王女に会えるように、俺も自分のできる限り力を貸すよ!」
「うん……」
「だって、リーシャ王女には笑ってて欲しいからね!」
あれ、あれれれれー。
何だろう、心臓がキュってする。
何でかなー、何でかなー。
おっかしーなー。原因が分からないやー。
「そーだねー。王女には笑って欲しいよねー。あははははー」
「おう、り……? どうしたの?」
「オレもわっかんないー。あははー、王女様めっちゃ可愛い人だもんねー。笑顔素敵だしー、笑ってて欲しいっていうの、すっごくわかりみー」
何これ、何で笑ってんの何言ってんの自分。
ううー、心が勝手に揺れ動いて、自分が自分じゃないみたいだ。
意味分かんないし、こんな感情、知らない知らない。
「おうりごめん!」
自分の中のこの知らない感情をどう処理しようかと考え始めた瞬間、空叶に引き寄せられた。
気付けばきつく抱きしめられて、ギューッとされてる。
え、何、どういう状況でこうなってんの?
「ほんっとにごめん! 俺、軽率だった! 王女に笑ってて欲しいっていうのは、あくまで国の人たちの為にもって意味だからっ!」
「……は? えっ? いや……、オレ別に何も……」
「王女が笑顔ならあの国の人たちの不安も軽くなると思ったからで、俺が王女をとかじゃなくて、俺の一番はおうりで、だから……」
空叶はものすごく早口で言葉を必死に重ねてくる。
何だかまるで悪さをして言い訳をする幼い子供のよう。
「俺はおうりが大切で、大事にしたくて……」
「分かった、分かったからー。ちょっ、腕の力強いなー、もー」
「俺はおうりだけだから……」
「はいはい、そうだね。オレは空叶のだからねー」
そう答えた瞬間、空叶の全身から力が抜けるのが分かった。
腕の緊張が和らいで、代わりに安堵の吐息が聞こえてくる。
オレの中の知らない感情もいつの間にか収まっていて、胸の痛みも消えていた。
何だったんだろう、あの感覚は。
……深く考えてもしょうがないか。
心がざわついた理由、それが何でなのかは焦って答えを出さなくてもいいよね。
いつかは分かるといいな。
今は空叶にハグされた時に感じた、言葉にならない安心感や温もりを大切にしようと思う。
「空叶、オレもう大丈夫だから、そろそろ離してもいいよ」
「……やだ」
「やだって……、いやいやいや、ここでそのモードになるのはダメだって! 戻るの遅くなるとこやきたちに心配されるからー!」
「……まだ充電中」
「ええー……」
何故か子犬系男子が発動して甘えモードになった空叶。
急に何でー何でー?
よくないよくない!
流石に今は時と場合が非常によろしくない!
申し訳ないけど実力行使させて頂きます。
「……っ、あはははっ! や、やめっ、はははは!」
空叶の脇腹に指を滑らせるようにして、小刻みな動きでくすぐる。
不意打ちのくすぐりに、笑いながら身をよじって逃げようとする。
何かちょっと面白くなってきて、くすぐる手を強め、追い打ちをかけてみた。
「あははっ、わかっ、分かった! 分かったからっ!」
くすぐり解除術の効果は覿面で、ようやくハグは解かれた。
空叶は息を切らしながら涙目で顔を真っ赤にしている。
「くすぐりなんて、おうりってばずるいよ……」
「ふふっ、だってこうでもしないと空叶、離れてくれないじゃん。ほら、いい子いい子ー」
不服そうに拗ねたような目で見てくる空叶の頭を、オレはゆっくりと撫でてあげた。
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