第45話 増えた同行者

「………………おはよ」

「おはよう、おうり」


 眠りの底からゆっくりと意識が浮上して目を覚ますと、そこには柔らかな笑みを浮かべている空叶の顔があった。


 今日は先に起きてたのか。

 そしてまた相変わらず抱き枕代わりにされてるよ。


 昨夜も空叶はオレの部屋に来た。

 そして他愛もない話をしながら過ごし、横になって一緒に眠った。

 その時もオレは上を向いた姿勢で寝たんだけどな。


「オレが作った抱き枕、気に入らなかった?」

「そんなことはないよ。ちゃんと大事にしまってあるから」

「折角空叶の要望を聞きながら作ったってのに、使わないなら意味ないじゃん。返してもらってもいいんだよー」

「いつか使うよ。ただ、今はおうりがいい……」


 そう言うと腕にぎゅっと力を込めてくる。


 不安なんだろうな、空叶は。

 それを和らげたくて、今の所関わりが一番濃いオレに充電を求めてくるのだろう。

 寂しい時は人が恋しくなるっていうし、そんな時には誰か側にいて欲しいもんね。

 それと同じことなんだと思う。


 この町に来てから連日同じベットで一緒に寝てたけど、それも今日までだ。

 別パーティーとしてレナードさんとアルガーさんが同行してくる。

 そしてまた魔王を倒すためへの旅をする。


 空叶を労るためのハグとか一緒になって眠ることは、今後いつか機会があればまた、かな。


「タイムアップだよ空叶、そろそろ起きないと」

「……ん」

「まーた匂い嗅いでるー。それ、結構恥ずいんだけどなー」

「だってしばらくは無理そうだから」


 さっきから空叶はオレの髪の中に顔を埋め、何度も深く吸い込んでいる。

 そして温かい息が吐き出されるたびに、くすぐったい感覚が広がってしょうがない。

 空叶のその様子がめっちゃ犬っぽくて笑いのツボを刺激してくる。


「ふふはっ! やっぱりダメだ、ふふふっ」

「おうり?」

「ご、ごめん! 空叶、犬みたいだから可笑しくて。ふふっ」

「……じゃあおうりが俺の飼い主ね」

「えー、なにそれー、それだったら、オレが空叶にお買い上げされたってのはどこいったー」

「そうだよ、おうりは俺のだからね。絶対手放さないから」

「りょーかいりょーかい、しっかり捕獲されているから安心して」

「あははっ、うん、捕獲は完了してたよね」


 空叶、いいヤツだよなー。

 オレのおふざけな言動に対して真面目に受け止めて、茶化さずに返してくれるなんてさ。

 朝からこうした空叶とのユーモラスなやり取りが心地よく感じる。


 世の中にはユーモアを勘違いしている人たちがいるんだよねー。

 相手を不快にさせる攻撃的なユーモアは酷いよね。受け取る側を傷つける可能性があるんだから。

 自虐ネタも過剰過ぎると、どう反応していいのか分からない場合があるし。

 経験上、そんな人たちと関わると精神的に凄く疲れるんだよね。関わらないようにするのが一番手っ取り早い方法だ。


 みんながユーモアなら良いのに。

 そしたら世の中はもっと楽しく、生きやすくなるのかもしれないね。

 

「おうり、これからも一緒にいてね」

「そうだねー、飼い主の務めだよねー」

「あはははっ、じゃあおうり、俺のこと撫でてー」

「急にどうしたー。えー、魔王倒したら撫でてあげるよー」

「今がいいのにー」


 拗ねたのか、ぐりぐりと顔を押し付けてくる。

 この仕草、犬や猫が甘える時によくするよね。


「しょうがないなー、撫でたらほんとに起きるよ」


 身体を起こしてから、両手で空叶の頭をがっしりと掴み、髪が乱れるのも構わずにわしゃわしゃと豪快に撫で回す。

 

「わわっ、お、おうり、嬉しいけど、なっ、なんか違う」

「はい、終了ー。今度こそ起きないとね」

「分かったよー」


 撫でられ方のイメージが違ったようだが、撫でてという要望にはちゃんと応えたぞ。

 ぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、ようやく空叶はベットから起き上がった。


 朝のこのじゃれあいの時間が終わりを告げ、ほんの少しだけ寂しさを感じた。

 存外楽しかったんだな、自分。


 また一つ、この世界での思い出が増えた。







「おはようございます、レナードさん、アルガーさん。お待たせしました」

「「おはよーごさいまーす」」

「ソラト様、オウリさんコヤキさん、おはようございます。今日からよろしくお願いしますね」

「おはよーさん、準備万端だぜ、よろしくな」


 出発の日の朝、ファーゼイストの町の入り口でレナードさんたちと待ち合わせをしていた。

 二人はオレたちより早く来て待っていたみたい。

 相手を待たせないように行動する気遣い、大人だなぁ。

 

「いやー、俺たちが家から出る直前までリリーナにゴネられて参ったぜ」

「そうなんですね。ゴネられてっていうのは……」

「自分も一緒に旅に行くと昨日からずっと言い続けており、家族総出で説得していました。最終的には母に妹を制止して貰いましたが」


 まあ、今まで三人で旅をしていたから、付いていきたい気持ちはあるよね。

 でも昨日こやきから思いっきり拒否られていたのに、それでも付いていく気でいたのはある意味凄い執念だ。


 ステータス的なことと性格的な面を考慮すると、この旅への同行は正直遠慮して欲しかったから良かった。


「ルルーさんが制止って、物理的にですか〜?」

「ああ、そうだな。今まで俺たちと旅をしていたが、この機会に家事スキルを徹底的に叩き込むって言ってたな。確かにあいつ、野営時の調理は壊滅的だったし」


 ルルーさん、娘に家事スキルを教えるなんて素晴らしいお母さんだね。

 早いうちに家事を教わっておけば、人生のあらゆる面で役に立つから是非頑張って貰いたい。


「それでは出発しましょう」

「そうですね、行きましょう」

「ああ、行こうぜ」


 レナードさんとアルガーさんの間に空叶が挟まれている並びで歩き出す。

 別パーティーで同行、だったよね……。

 ま、いっか。






「ねえこやき、あれはあれでいいんだよね」

「特に問題ないし、いいんじゃないかな」


 オレとこやきは離れた所で魔物の群れと戦闘を繰り広げている様子を眺めていた。


 虎や狼のような猛獣系の魔物や攻撃魔法を使ってくる魔物、毒を持っている魔物などがいる。

 今までこんな多種多様の魔物とはまだ遭遇したことはなかった。

 この数や種類的に、空叶一人だったら確実に劣勢になっていただろう。


 だけど今は勇者と一緒に大賢者と魔法戦士が戦っている。

 レナードさんとアルガーさんの戦い方は連携が取れていて戦術的にも無駄がない。

 そこにチート級の装備品を身に着けている勇者の攻撃が加わり、戦いはあっという間に終了した。


「ソラト様の強さには驚きました! 流石勇者ですね!」

「あ、ありがとうございます」

「ソラトすっげえな! 俺でも一撃では難しい魔物を一太刀で倒すなんてよ!」

「いやー、あはは……」


 空叶、返答に困ってるね。

 昨日の緊急会議にて色々聞かれても話は笑って流すことにしたのだが、難しいよねー。

 だって空叶真面目だし。


「もしよろしければ、ソラト様のステータスを見せて頂きたいのですが」

「俺も見てみたいぞ」

「あ、はい。構いませんよ」


 やっぱり気になっちゃうよね。

 レナードさんたちが空叶のステータスを見たがることは想定済みだけど、特になにもしていない。

 勇者だからってことで納得して貰えると思うから。


 わあ、二人してすっごい驚きの顔になってるよ。

 

「見せて頂き、ありがとうございます。必ず何らかのお力になれるよう、一層精進致します!」

「レベルと能力値が比例していないが、強さは本物だ。俺も負けてられないぜ!」


 アルガーさんの言う通り、装備品に付けた付与の効果で今のレベルでは考えられないくらい能力値が爆上がりしている。

 そうなるように最強の装備品をオレとこやきで作り上げたのだからね。


 自分より上の力を持っていることを知っても付いてきてくれるなんて、二人はいい人たちだなー。

 流石爺様の孫って感じ。

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