第41話 それはただの労り

 こやきの紹介のくだりが面白すぎて、大笑いを堪えたまま空叶の手を引いて速攻で会場を後にする。

 通路を駆けて扉を抜け外にでた瞬間、堪えていた笑いの波が一気に押し寄せた。


「あっはははははははっ!」

「お、おうり? だ、大丈夫?」


 空叶の心配そうな声がけもよそに、涙が出るほど笑ってしまった。

 あの熱狂と感動で心が震えたミニオーケストラの調べは、遥か彼方の出来事のように思える。


「あー、おっかしかったー! 伝説の旅芸人ってなんなんよー!」


 笑いが一段落して、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 笑いすぎてお腹や顔面がひきつって少し痛い。

 どんだけ大笑いしすぎてんだ自分。


「空叶ごめんねー。実はこやきの紹介のされ方があまりにもツボに入っちゃってー。あの場所では絶対笑っちゃいけないって思ったら、余計笑いそうになっちゃって」

「旅する伝説の旅芸人って言われてたよね」

「そうそう! 最初の風に吹かれっていう部分から既にやばかったんだけどさー、正直笑いを堪えるのにとにかく必死だったよ。舞台上のこやきを見ると更に笑いが込み上げるから、見ないように下を向いてたんだ」

「そうだったんだね。感動して震えているのかと思ってたよ」

「違う違うー。あ、でも演奏は舞台演出もだけどすっごく最高だったよ。夜の部は18時からだよね。それで、座席のことなんだけど……」


 ミニオーケストラにこやきがゲスト出演するならと全公演を観に行くことにしているのだが、ずっと関係者席で観るのが申し訳ない気になっていたのだ。

 あれだけの素晴らしい演奏を毎回タダで見続けるということに後ろめたさを感じてしまう。


 関係者席用のゲストパスがあるので、タダで見ようと思えば見ることはできる。

 ミニオーケストラは今日の夜と明日の昼夜で、残すところあと3回。

 

 一回だけならまだしも、何度も対価を払わないで見るということに気が引けてしまうんだよねー。

 なのでゲストパスを使わずに、一般席のチケットを買いたいことを空叶に伝える。


「構わないよ。おうりがそう思っているならそうしよう」

「ほんと!? ありがとう空叶! じゃあ買いに行こうか!」


 早速売り場へと行き、夜の部当日券と明日の分のチケットを購入した。

 売り切れてなくて良かったー。


 次の公演ではこやきの紹介文に笑わないでいられる自信はある。

 初見のインパクトを大爆笑で出し切って消化したので、流石に二度目はないかなと。

 今度は後半のアンサンブルもこやきのソロもしっかり見るぞ。








「はー、なんだろう、この満たされた気持ちは。音楽っていいものだねー」


 ミニオーケストラの夜の部を無事に見終わった宿への帰り道、演奏会の余韻で興奮が冷めやらないでいた。

 こやきの演奏も今回は集中してばっちり見ることが出来たし、満足満足。


 例の紹介文も昼の部と同じだったから大笑いはしなかった。

 小笑いはほんの少しだけしちゃったけど。

 だけどこやきに一番近しい者としては、あの紹介のされ方には物凄くつっこみを入れたくなる。


 このことは明日の朝食の時に、こやきに絶対話すことにしよう。


「それにしても魔法を使っての舞台演出はものすっごく良かったー! この世界にも心が痺れる程の素晴らしいものはあるんだねー」

「そうだね。うん、素晴らしかったね」

「凄すぎて全身の毛穴がぶわーって開いて、演奏終わったら頭がボーッとしちゃったもん。オレたちの世界には、あそこまで凄いものってあるのかなー?」

「どうだろう? 俺は見たことはないや」

「ゲーム音楽のオケコンの一部をネットで見たことがあるんだけど、プロジェクションマッピングの演出やってて、今の所あれが魔法演出に近いのかなって思ったよ」

「そうなんだ。プロジェクションマッピングの技術も日々進化しているからね」

「そうかもね。あー、明日でミニオーケストラは千秋楽なんだねー。見るのはあと2回かー。なんだか贅沢な過ごし方をしてる気もするけど、それだけ貴重な時間を有意義に使えてるってことだよね。空叶も勇者の責務は一旦置いて、楽しむだけ楽しもうね」

「おうり⋯、うん、ありがとう!」


 空叶はあれだね、物凄く真面目な人。

 それはそれでいいんだけど、たまには気を緩めて欲しい。


 オレとこやきなんて、自分たちの思い出作りの為に旅をしているようなものだし。

 自分たちが楽しかったと思えるかどうかを重視している。

 そこに笑顔と笑いがあれば尚良し。


 そういえば勇者のシンボルのサークレットを付けていないからか、服装が違うからなのかは分からないが、顔を知っているイザークさん夫婦以外からは声を掛けられることはなかったな。

 

 イザークさんのお子さんたち、いつ頃帰って来るのだろう?

 三人とも冒険者やってるってことだったよね。

 魔王の居場所の目星が付きそうだなんて、やっぱりこの世界に元から居る人たちだからっていうのもあるかもしれない。


 勇者だろうが、チートステータス持ちだろうが、他の世界から喚ばれたポッと出の異世界人にとってみれば、ここは予備知識もない全く知らん場所なのだから。

 地図は旅に必要で見てるけど、見慣れてないからぶっちゃけ諸々わっかんないよね。

 

 実はまだ空叶にはちゃんと伝えていないが、こやきと二人で話をして、魔王の居場所が分かったらもう突撃しちゃおうか、ということになっている。

 もちろん勇者である空叶の気持ちを優先するけれど、現状、勇者の装備品がチート状態で能力値も引き上がっており、魔王との戦闘時には自分らもバレないようにサポートをガンガンすれば確実にイケるっしょ、という結論に。


 何事も攻めの姿勢が大事、だよね。




 宿屋へ戻り、部屋の鍵を貰おうとカウンターの受付へ行くと、勇者宛に手紙が届いているとのことで手渡される。


「イザークさんからだ。お子さんたち明日の夜には帰って来るみたいだね。明後日の午前中にでも来て下さいって書いてあるよ」


 空叶は受け取った手紙を読んだあとオレに渡してきた。

 イザークさんのお宅へお邪魔するのが明後日で良かったー。だって明日までこやきが演奏会へ出演するんだもんね。

 チケットも買っちゃってるし。


「明後日の午前中ね。行くのは10時過ぎくらいでいいんじゃない? 手土産持っていかなきゃだね。空叶、明日の演奏会前にでも買いに行こう」

「そうだね。そうしようか」

「こやきには明日の朝食の時に会うけど、一応メール送っとくよ」


 お子さんたちから話を聞くってことは、完全オフの日は明日までかー。

 残すところ後一日って考えると切なくなるけど、最後まで楽しんでやるぞ。

 

「おうり、食堂で夕食食べていこうよ」

「うん。そういえば空叶、今晩もオレの部屋に来るの?」

「⋯行っていいの?」

「いいよ。断る理由はないからね」

「ありがとう! 凄く嬉しい!」


 オレの返事に空叶は耳まで赤くなりながら、顔いっぱいに笑みを浮かべた。


 ハグをすること、一緒に眠ること。

 この行為は、いつも頑張っている勇者の空叶を労ってあげるための、シンプルで効果的な方法だと自分的に思っている。


 でも、空叶にそれをしている自分自身もなんだか満たされる感じになるんだよね。

 相互的な行為ってやつ、なんだろうな。


 ただ、一つ言わせてもらえるのなら、朝目覚めた時に抱き枕にされているのはちょっと勘弁して欲しい。

 そうだ、抱き枕を生成してプレゼントすればいいんだ。


 どんなのがいいのか、空叶に聞きながら作ってあげることにしよう。

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