第40話 親友の晴れ舞台に震える

 会場に入ると、目もくらむような豪華な光に包み込まれた。

 天井にあるクリスタルのシャンデリアの存在感が大きい。

 そして至るところに設置されているライトには魔力が流されているのを感じ取る。

 今はまだほんのりとした微かな灯りだが、魔法を使った舞台演出がどれ程のものなのか、今から待ち遠しい。


「おうり、こっちだよ」


 空叶に未だ手を繋がれているが、これはこれで迷わなくて良さそうだ。

 関係者用の席があるのは、一般席よりも数段高い位置に設けられている特別観覧エリアにある。

 

 何だか一般席のほうから視線を感じるが気にしないでおこう。

 これくらいの薄暗さなら、まじまじ眺めたりしない限り、勇者がここにいることは知られないと思う。

 騒がれて集まられてっていうのは、ちょっと勘弁して欲しいので。

 そういえば、この町の人たちの民度は良かったよね。


 ふかふかとした座席に身を落ち着かせて、改めて場内を見渡してみる。

 この席からだと会場内全体を見下ろせる。さすが特等席。

 一般席はすでに大勢の人たちで埋め尽くされているようだ。

 

「楽しみだねー。演劇やミュージカルは見に行ったことがあるんだけど、楽団の演奏会は初めてだよ」

「そうなんだ。俺はクラシックコンサートには何回か行ったことがあるよ」

「クラシックコンサートかー。一度も行ったことないなー。好きなゲーム音楽のクラシックコンサートにはいつか絶対行ってみたいって思っているんだよねー」

「その時は俺も一緒に行きたいな」

「そうだねー。でもなかなか近場でやらないからいつも行くの諦めてたんだよねー。……え、一緒に行くって、空叶、マジで?」

「大マジだよ。希望、持っていてもいいよね」

「う、うん……」


 空叶が言った希望ってのは、ゲーム音楽のオケコンを見に行くことだよね。

 オレと一緒に行きたいのも、周りにゲーム好きな人がいないからなのかもしれない。

 この前ゲームの話をして盛り上がっちゃったし。


 未来を前提とした話をしてきたのは、空叶もいずれは元の世界に戻る方向で考えているってことなのかな。

 

 でも、空叶の思いは今は聞かない。  

 今は考えないことにする。

 演奏会に集中したいからね。


「何事にも希望は持ってていいと思うよ。それより、もう席に座ってるから、手、離しても大丈夫だよ。気を遣ってくれてありがとね」

「……まだ繋いでてもいいかな?」

「んー、ダメではないけどー、このままじゃ拍手できないじゃん」

「その時は離すってことで」

「オケ、りょーかいでーす」


 そんなに手を繋いでいたいんだね。

 断る理由はないからいいけどさ。


 開演時間が近づくにつれ、関係者席にも人が次々と座っていく。

 イザークさんとルルーさんたちの姿を少し離れた場所で確認し、目が合ったので会釈をしておいた。


 舞台はまだ厚いベルベットの緞帳に隠されているが、その裏側からは開演前のざわめきの中、楽器の音合わせの音が聞こえる。


 やがて場内の照明がゆっくりと落とされ始めた。ざわめきが止み、一瞬にして静まり返る。

 開演直前に静寂が支配するこの感じにドキドキが収まらない。


 思わず握っている手にぎゅっと力を入れてしまった。空叶は何も言わず、すぐに握りかえしてくる。

 あ、何だかそれをされると、安心感がじわじわと湧き上がってくるよ。


 固唾を飲んで緞帳が上がるのを待っていると、キンッ、と澄んだ音色が響き渡った。

 瞬間、不思議な魔力の流れを感知する。

 どうやら会場に仕掛けられている魔法演出開始の合図っぽい。


 緞帳がゆっくりと上昇し、現れた舞台には、楽団員さんたちがそれぞれの楽器を構えて椅子に座っていた。

 こやきの姿を探すも舞台上どこにも見当たらない。

 後から出演するんだろうか。


「こやき、どこにもいないよね」

「ゲスト出演なら、後半に出てくるんじゃないかな」


 小声で空叶と話す。

 急遽の出演ならそうかもしれない、と納得して、これから始まる音楽に心を傾ける。


 指揮台に立っている指揮者が観客席へ一礼しタクトを構えると、会場全体が幻想的な空間へと変化していった。

 高く掲げられたタクトの先端から淡い光が放たれ、その光は吸い込まれるようにゆっくりと上へ舞い上がっていく。

 天井は深い夜空へと変わり、きらめく星々が次々と浮かび上がって舞台全体に降り注いでいく。

 

 タクトを指揮者が振り下ろすと同時に星々が流れるように動き出し、最初の音色と共に光の渦を巻き起こす。


「えっ……、すごっ……」


 一曲目から鳥肌が立つほど感動した。


 楽団が奏でる音楽はもちろん素晴らしかったのだが、それに加えて魔法を使った舞台演出が想像以上に素敵なものだった。

 音の一つ一つが目に見える形で空間を彩り、音楽が具現化されている。

 耳で聴くだけでなく、目で見る音楽。

 その色と光の洪水にただただ圧巻された。




 数曲続けての演奏が終わる。

 指揮者がタクトを静かに下ろすと、会場のあちこちから堰を切ったように拍手が沸き起こる。


 自分も震える手で拍手をする。

 身体に残る鳥肌の感触が消えない。

 それほどまでに演奏と魔法での演出が、熱狂と感動を自分に与えたのだ。


「何の曲かは分からないけど何となく聞き覚えがあったね。演奏と演出に胸が熱くなったよ」

「うん、心に響く演奏だったね。舞台演出も凄かった」

「あ、舞台の上、椅子が並べ替えられていくよ」


 舞台上では新たな舞台配置が作り上げられていた。

 前半の配置とは異なり、円形状に椅子が追加されて並べられる。

 設置が終わると舞台袖から出てきた楽団員が椅子へと座っていく。


 その中にギターを持ったこやきがいた。

 他の演奏者と同じように、光沢のあるベロア生地のマントを羽織っている。

 座った席が真ん中だということに少しびっくりする。


「皆様、前半のミニオーケストラによる演奏はお楽しみいただけましたでしょうか? ここからはより親密な響きをお楽しみいただくため、編成を絞ったアンサンブルをお届けしたいと思います」


 舞台中央にいる司会者の人が話し始める。そしてアンサンブルメンバーを丁寧に紹介していく。

 もちろんこやきのことも紹介される。

 だけど、その紹介のされ方に吹き出しそうになってしまった。


「こちらのコヤキさんは、風に吹かれ、人々の笑顔に触れながら、何とも珍しいギターという楽器を携えて旅を続ける旅芸人です。時に力強く、時に切なく、そのメロディーと歌声は聴く人の心に深く響き渡ります! 今回このミニオーケストラのアンサンブルにゲスト出演をしてくれることになりました! 旅する伝説の旅芸人と、楽団が奏でる奇跡のセッションを、どうぞお楽しみ下さい!」


 ヤバい、紹介文がめっちゃ面白すぎる。 

 こやき、いつの間に伝説の旅芸人になっちゃったのかな? 

 え、この内容って普通のことなの?

 でも、風に吹かれてって……、ウケる。

 

「おうり? 丸まって震えてるけど、どうしたの?」

「ななな、何でも、な、い、よー……。ぐっ、ぐふっ……」


 あー、めっちゃ声を出して笑いたいレベルだよ。

 でもでも絶対に声を出すわけにはいかない。

 何か関係ないこと考えて、笑いの思考を消し飛ばさないと。

 よし、100から7を引いていく計算をしよう。


 こやきを見ると笑い出してしまいそうだったので、舞台を直視できない状態。 

 下を向いて、内頬を噛んで、爪を立てて手の甲をつねって、脳内では計算をして……。

 

 演奏が始まっても、なかなか引かない笑いのせいで、その後は全く集中して観ることができなかった。


 アンサンブルの演奏の後、最後にこやきの弾き語りが行われ、大歓声と大きな拍手に包まれて、ミニオーケストラは幕を閉じた。

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