第39話 演奏会へ行ってみよう

 こやきが出演する劇場でのミニオーケストラは、少人数の楽団で演奏会を行なっている。

 演奏会は定期的に開催されており、結構有名な楽団のようで、この楽団の演奏会を目的にこの町を訪れる人もいるという話を聞いた。


 劇場自体魔法を使った舞台演出を売りにしているので、楽団の演奏会だけではなく、演劇など他に上映される様々な演目も人気があり注目を集めている。

 うん、立派な娯楽施設として成り立っているね。


 折角こやきが出るのなら、2日間昼夜計4回の公演全て観ることを決めた。

 空叶も了承してくれたので、午前中はまた二人でゆったり街ブラをしていた。


 今日は本屋に寄ってみたのだが、空叶が物凄く楽しそうに見ている。

 読書も娯楽の一つに入るよね、人によるとは思うけど。

 自分にとっては漫画を読むことが娯楽に当てはまるのだが、この本屋のどこを探しても漫画は置いていなかった。


 テレビも無い、ラジオも無いって出だしの歌を思い出す。

 ついでにスマホもゲームも漫画も雑誌もどこにも無い無い。

 無い無い尽くしばかりでイヤになる。

 当たり前が無いなんて、やっぱりオレにはこの世界は合わないみたい。


 でも本屋に来ているので、暇つぶしになりそうな本を探して適当に何冊か購入してみた。


「おうりも本買ったんだね。俺、読みたい本たくさんあってさ、これは買いすぎかな?」

「いいんじゃない? 今まで特に欲しいものが無くてお金使ってこなかったでしょ。好きなだけ買っちゃえば。空叶の収納魔法は個数制限あるから、もし入り切らないならオレの収納魔法に入れるよ。だからいっぱい買っても大丈夫だよ」

「ほんとに!? じゃあ、あの本も買ってくる!」


 そう言い、空叶は本屋を何度もぐーるぐる。

 あいつ、頭いーから活字読むのが苦ではないんだろうな。

 おっと、これはただの偏見だけど。

 そういえば空叶が入った高校は地域で一番偏差値が高い高校だって、こやきが言ってたっけ。しかも推薦入学だったとか。


 元の世界では空叶はただの同級生。

 しかも同じクラスだったけど、話をしたことがない。

 うっすら思い出したのが、体育館の壇上で生徒会長だった空叶が何か喋っている様子がぼんやりと浮かび上がる。いつのことだか何を話してたのかすら覚えていない。


 あれ、ていうか、オレ、中学のクラスメイトたちとそんなに話をした記憶があんまり無いぞ。

 思えばずっとこやきとしかつるんでなかったな。

 別に嫌われていたとかじゃないと思う。話しかけられれば普通に雑談した人たちもいたし。


 それに、体育祭とか修学旅行とか文化祭とかで同じ班になった人たちと仲良さそうに楽しく写ってる写真持ってるし。

 うん、アルバムにちゃんとあるはず。


 自分の中学生時代の思い出は……、漫才のネタ作りや漫才の練習に日々明け暮れていたことしか思い出せないかも。

 他には担任から呼び出されたことが多々あったから、職員室の風景は自分の教室よりも鮮明に思い出すことが出来てしまう。


 うん、それはそれで思い出深い中学生時代だったってことで。


 何の因果か縁なのかは知らないし分からないけれど、ただの同級生でクラスメイトだった空叶が『勇者』のこの世界。

 そして自分の肩書きは、勇者がいないと意味がない『勇者を守りし者』だ。

 喚ばれたからにはきっちりしっかりチートステータスを存分に活用して、使命を果たしてやろうじゃないか。


 そして必ず元の世界へこやきと帰るよ。

 このことはいつも思い返している。

 

 忘れないためじゃなくて、絶対叶えるために。

 大事なことは何度も何度も思い返して、脳みそに刻み付けておかないとね。


「おうりお待たせ。ついたくさん買っちゃった。おうりの収納魔法に入れてもらってもいいかな?」

「オッケー。預かっておくね」


 木箱二箱に購入した本を入れて渡してきた。分厚い本がたくさんある。

 この厚さ的に、きっと難しい内容の本なんだろうな。

 見た感じでもう自分は読む気にもならないよ。


 全て収納魔法にしまい、オレたちは本屋を後にした。

 その後はお昼を食べ、劇場へと向かう。




 劇場へは当然初めて入るし、どんな感じなのかも分からないので、時間に余裕を持つために開演1時間前には到着した。


「なんか人がいっぱいいるー。よっぽど人気のある楽団なんだろうね。この関係者用のゲストパスを付けて裏から入ってきてってこやきが言ってたよ」

「そうなんだ。じゃあそっちに行ってみようか」


 そう言うと空叶は自然な動作で手を繋いできた。

 きっと人混みの中ではぐれないようにという配慮なんだろうな。

 天宮さんてば、超やさしー。 


 劇場の裏へ回り、関係者入口と書かれてある扉から中に入ろうとした時、後ろから声を掛けられた。


「もしかして、ソラト様じゃないですか?」

「イザークさん、それにルルーさんも。こんにちは」

「こんにちはー」

「あらあら〜、こんにちは〜」


 声を掛けてきたのは、つい先日家にお邪魔したイザークさんご夫妻だった。

 二人とも格式張った正装ではないが、大人の品格を感じさせる素敵な服装だ。


 ちなみにオレと空叶も楽団の演奏会ということで、劇場に来る前ちょっと良い服屋に寄り、スマートカジュアルな服装に着替えている。

 コーディネートは上から下まで、全部店員にまるっとお任せをお願いしたのでおかしくはないはず。 


「ソラト様も楽団の演奏会を聴きにいらしたのですか?」

「はい、仲間が急遽参加するとのことなので来ました」

「そうですか。昨日の演奏会の夜の部で急遽出演した旅芸人の方がいるとの話を聞いたのですが、ソラト様のお仲間の方だったんですね」

「そうですね。僕も聞いた時はびっくりしました。昨日の夕方路上ライブ後に町長から声を掛けられて出ることになったそうです」

「とても素晴らしい演奏だと伺っております。この劇場は舞台演出にも力を入れておりますので、是非そちらも含めて楽しんで下さいね」

「ありがとうございます。楽しませて頂きます」

「私たちは各所へ挨拶をしてきますので、また後ほどにでも」

「うふふ〜、それではまた〜」


 イザークさんご夫妻はにこやかに腕を組んだまま去っていった。

 ルルーさんのほんわかした感じも相まって、仲良しで素敵なご夫婦という印象を受ける。


 後ほどにということは、座る座席が同じ関係者席で近いのかな?


「イザークさんたち、この劇場の関係者なんだね。各所へ挨拶ってことは、お偉いさんか何かかな?」

「劇場の入り口に舞台の演出家としてイザークさんの名前が書いてあったよ。ルルーさんの名前も劇場運営者の所に乗ってたから、二人とも関係者なんだろうね」

「そっか、だからイザークさん舞台演出のこと言ったんだね。なるほどー」

「おうり、俺たちも行こうか」

「あ、うん」


 空叶に手を引かれながら会場の中へと進んで行く。

 受け付けの人にゲストパスを見せると、案内役の人が恭しく頭を下げてきた。

 

「お待ちしておりました。関係者席へは右手の通路をご利用くださいませ」


 言われた通り通路を歩いていくと、途中開演前の準備で忙しく行き交う楽団員や裏方スタッフの人たちとすれ違う。


 これに似た状況を見知っている。

 全国スクール漫才グランプリに出場するためテレビ局に入った時だ。

 真剣な表情の大人たちがこんな風にバタバタとせわしなく動いていた。

 それを見て、良い番組を作り上げるという情熱とプロ意識を感じたんだよね。


 舞台の成功は華やかな表舞台に立つ演者たちだけじゃなく、光の当たらない場所で奮闘する裏方さんたちの努力によって支えられているんだ。

 

 これはどの世界でも共通的なことなんだね。

 皆さん、本当にお疲れ様です。

 



 通路は緩やかな階段を伴って上階へと続いている。

 その先の扉の奥からはかすかに聴衆のざわめきと、舞台袖で最終調整を行っている楽器の音色が漏れ聞こえてくる。


「この先だね、関係者席の入口は。おうり、薄暗いから階段気を付けて」

「うん、お言葉に甘えて気を付けるね」

「ふふっ、お言葉に甘えてって。あはは、おうりの手、しっかり握っておくからね」


 そういえば空叶とずっと手を繋いでいるな。イザークさん夫婦と会った時もだ。

 立ち位置的に仲間の括りだから、変な誤解はされてないよね。


 手を離すタイミングを失ったまま、空叶が開けた扉を通り抜けて中に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る