第26話 呼び捨てとさん付け

「天宮、身体動けそう? 大丈夫になった?」

「……うん」


 返事はするが、俯いたままで避けてくれない。

 全く、しょうがない勇者様だな。いつまで落ち込んでるんだか。


「手、回して」

「えっ?」

「ほーら」

「う、うん」


 オレは天宮の背中に腕を回し、顔を肩に埋めるようにしてギュッと力を込めて引き寄せる。天宮も言われるがまま、そっと手を回してくる。


 全てを包み込むように優しく抱きしめ、しばらく黙ってそのまま天宮の背中を支えた。

 静かな空間に互いの呼吸音が聞こえ、心臓の鼓動と、布越しだけど確かな温もりが伝わってくる。

 首から背中に回されている天宮の腕の力がわずかに強くなり、その指先はオレの服を握りしめていた。

 

「……不安な時ってさ、こうしてギュッとされると安心しない?」

「うん……、凄く安心する」

「オレは天宮のこと、どんなことがあっても見放したりしない」

「春日野さん……」

「黙って勝手にいなくなることもないから」

「うん……」

「つらい時はまたこうしていつでも充電してあげる。オレで良ければだけど」

「充電って、ふふっ。春日野さん、ありがとう」


 笑い声を聞いて安心したことが分かった。

 抱きしめていた腕の力を緩め、肩に手を置き、少し引いて正面から天宮の顔を見る。視線が交わり、照れくさそうな微笑みの天宮を見て安堵した。


「これで充電完了だね。よし、行こうか」

「そうだね、行こう!」


 元気になったみたいで良かった良かった。なんだかこっちも心が満たされていくようだよ。

 ハグをすることでこんなにも心が落ち着いていくんだね。ハグの力って凄い。


 メンタルが無事に回復した天宮と共に、花々が咲き乱れていた部屋を後にした。




 

「天宮、戦える? あの角曲がると魔物がいるっぽいよ」


 この階層から抜ける為歩いていると、暫くぶりに感じる魔物の気配。

 いつもの様に気配や害意、殺気など危険を察知する系のスキルが自動的に発動するので、事前に感知して対策を取ることができる。魔物の気配に気付くのはそういうスキルがあるおかげ。


 だけど、スキルからの情報を無視すると痛い目に合うことを今回身を持って体感した。なのでもう二度と同じ過ちを繰り返したりするもんか。


「大丈夫、対応できるよ。春日野さんは危ないから離れてて」


 そう言って背中の剣を抜き放ち、慎重に魔物のいる方へ進んで行く天宮の背中を見送る。



 ――ちょっと待って、今、危ないから離れててって言った?

 何故に? 一体全体どうしちゃったのかな、天宮さんは。

 チートステータス持ちが危ないことなんて一つもないでしょうに。混乱魔法でもかかった? 

 いやいや、昨日状態異常を完璧に防ぐ付与を付けた超最強の腕輪あげたよね。身に付けているから混乱魔法にかかるわけがないじゃん。



 天宮のステータスを確認してみても、うん、特に異常は見当たらない。だとしたら考えられるのは勇者補正か? 

 勇者補正で一皮剥けたのか?


「……まあ、いいか」


 ゆっくりと深呼吸をして、そのことを考えるのをやめることにした。


 天宮の後を追っていくと、鎧の魔物が二体いた。

 前に見た鎧の魔物とはまた少し鎧の形状が違う気がする。

 後ろの通路には扉が見える。魔物らは扉を守る番人かのように勇者の前に立ち塞がっている。


 この錆びついている鎧の魔物は剣での攻撃が主である。なので勢いを付けて間合いを詰め、相手が剣を振り下ろすよりも先に鎧の継ぎ目を狙い、剣を突き込んで倒す。

 もう一体は最初の間合いを詰める時に氷結魔法で氷の槍を生成し、貫いて足止めをしておく。そして一体目撃破後狙いを定めて直ぐに攻撃をする。


 このような戦術が魔物と遭遇時、チートステータスにより一瞬で自分の頭の中に組み立てられる。

 ちなみにこれ毎回ね。

 特に弊害はないし、とっくの昔に既に慣れているので問題はない。


 でも今戦っているのは自分じゃなくて勇者だ。大人しく見守っているしかない。


 それに……。

 

「……誰だか知らんが、こそこそ見てんなよなー。覗き見なんてマジできっしょ」


 天宮の戦闘を見ながら、つい小声で呟いてしまった。


 でもこの場所でやっと感知し、ようやく捉えることが出来た。

 塔に来た時から時々うっすらと感じていた視線。その覗き元への逆探知が出来ないくらいの微力な魔力。

 あちらさんオレに魔力を気付かれて引っ込めたみたいだけど、遅すぎー。残留魔力ゲットしましたー。


「こやきにこの残留魔力送っておこう。メールメールっと。覗いてた奴のいる場所の特定もお願いしたい、っと。はい送信」


 視線のことはこやきと情報共有済み。もしかしたら今頃既に特定してるかもしれないね。

 うちの相方は非常に優秀ですから。


「返事きたね。特定出来たよって、早いし凄いな。覗き見の犯人は一番上にいるっぽい、か。りょーかい、っと」


 流石としか言いようがないや。

 じゃあますますなる早でこやきと合流しないとね。


「チラチラだけど覗かれてるのはやっぱ嫌だから、この残留魔力を使って魔力変換して無効化出来るようにしとこう」


 オレと天宮に対して、精神保護の魔法を魔力変換でいじり、透視不能の状態になる魔法をかけておく。

 これにより覗き見してる奴は今後オレたちを認識できず、透明にしたから見ることは絶対無理。ざまぁ。

 チートステータスなめんなよー。


「春日野さん、終わったよ」

「お疲れーって、天宮頬に傷がっ!」


 覗き魔対策を色々していたら戦闘が終わっていた。二体の鎧の魔物を倒した天宮がこちらに来て報告する。

 頬から血が流れ落ちているのを見て、慌てて直ぐに回復魔法をかけた。


「……おうり、また俺のこと充電してくれる?」

「充電? あー、まだ何処か痛むところあるなら治すから教えて。あちゃー、マントに血液付着しちゃってるじゃん。これも魔法で汚れ落としておこうか。……ん? 天宮、今オレのこと名前で呼んだ?」

「……呼んだよ。おうりって。間違ってないよね?」

「間違ってないことはないけど……、突然でびっくりしたー」

「おうりも俺のこと、名前で呼んでよ」

「どうしたー、急に。名前で呼ぶのはいいけど、そしたらこやきのことも名前で呼ぶことになるよ」

「上若林さんは……、こやきさんでいいのかな?」

「あはっ、こやきだけさん付けっ!? おもしろー! あはははっ! オレは呼び捨てなのにー!? あははっ!」


 天宮からの突然の名前呼び捨てで驚いた。

 更にこやきに対してはさんを付けて呼ぶって、なんかそれが妙におかしくて、久々に目に涙が溜まるくらいの大笑いが発生した。

 

「そんなに笑う!? ダメならやめるよ……」

「ごめんごめん! そう呼びたいならいいんじゃない? 実際こやきの反応は聞かないと分からんけど。あ、でも、えー何ーとかって言いそう」

「おうりのことは……」

「だから良いように呼びなー。呼び捨てでもオレは全然構わないよ。なんなら、おうり様って呼んでくれてもいいんだぜ」

「お、おうり、様……?」

「やだ、この子ったら、そんな真顔で真に受けてー。これ、笑うとこだよー」

「えっ、あ、ああ……」


 大笑いしたせいか、自分めっちゃテンション上がってるのが分かる。天宮、じゃなかった、空叶は物凄い真っ赤になってるし。

 じゃあオレも呼んでみようかな。


「そーらとくん、そ・ら・と・く・ん」

「俺も呼び捨てにして。くんは付けないで呼んで欲しい。おうりは、特別だから……」

「何だよもー、空叶ってばー。うわー、慣れないねー。まあでも、空叶、変わりなくよろしく」

「ありがとう、おうり! 名前で呼んでくれて! すっごく嬉しいよ!」


 満面の笑みで喜んでいる空叶を見て、まるで子犬がはしゃいでいるみたいと思ってしまった。


 あれ、これってもしかしなくても相方にいじられ案件か?

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