第25話 それはノーカウント
「それじゃあ今度こそ開けよう。せーのー!」
宝箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。期待を込めて覗き込むと、中には紙切れが1枚入っているだけだった。
「何このメモみたいなものは?」
「おうり見てみて〜! これって輝石だよね〜。5つも入ってた〜。でもこの輝石には付与が一つしか付けられないみたい。質の良し悪しは分かんないけど遠慮なくもらっとこ〜」
「こっちにはお金が入っていたよ。小袋に金貨が結構あるね」
「おうりの宝箱には何が入ってたのって、まさかその紙切れだけ? なんて書いてるの?」
「……これはたぬきのたからばこ。本物は真っ直ぐ目の前にある。本物と共に開けよ、だってさ。たぬきの宝箱って何なん?」
何も入っていない宝箱にがっかりした。
心が掻き立てられた気持ちを返せ。
「それの意味は空箱ってことじゃないかな。たぬきだから「た」を抜いて、たからばこから「た」を取ったら、からばこになるよね」
「天宮くんすごーい! 頭の回転はやーい!」
「ふ・ざ・け・ろー! 誰だ、こんななぞなぞみたいなの仕込んだ奴はー!」
「か、春日野さん落ち着きなよ。本物は真っ直ぐ目の前にあるって書いてるのは、あの宝箱のことかもよ?」
天宮はそう言うと前方に指を差した。
そこには台座があり、その上に一つの宝箱が静かに鎮座しているのが見えた。
1個だけで置かれているなんて、なんだかとても特別感のある宝物のように思える。
「あっちにあるのが本物のお宝入りの宝箱ってことなんだね! よしっ、俄然やる気が出てきた! 今度こそ良いものが入ってるといいなあ」
気持ち新たに本物のほうの宝箱へと向う。
こやきは手に入れた輝石を鑑定しているようで、天宮が一緒について来た。
「んっ? 何だろう、妙な感じがする……。ま、いっか」
宝箱の前まで来ると、足元からゾワゾワする感覚を捉える。
思えばこの時スキルが発動して危険を伝えていたのに、すっかり宝箱に夢中になっていたせいでそれを完全に無視してしまっていた。
「中身確認よーし。鍵もなーし。中から攻撃してくる系のトラップもないね」
気合いを入れて蓋に手をかけ、上に押し上げようとしたが何故か全く動かない。
鍵がかかってないことは確認済みなのに何でだろう。
「開かないの? 俺も手伝うよ」
一人で何度も何度も開けようと奮闘するも全然ダメ。見かねたのか、後ろにいた天宮が一緒に開けようと手を貸してくれた。
二人で蓋に手をかけると今度はすんなりと開いた。
あの紙に本物と共に開けよって書いてたのは、本物の勇者とってことだったのかもしれない。
さておきワクワクしながら中を見ると、鍵が2つ並べて入っている。
取り出して鑑定してみても、なんてことのないただの鍵。持ち手部分がハート型になっている。ピンク色の石が装飾されていて可愛いデザインだ。
「鍵かぁー。えー、鍵だけー、めっちゃがっかり……」
とりあえず収納魔法に入れておく。
中身のしょぼさにがっくりと肩を落としたその瞬間、全身にゾワリとした強烈な戦慄が走る。
足元の床が音もなく消え、体が宙に浮くような感覚とともに落下していく。突然すぎて声も出なかった。
「春日野さんっ!!」
――天宮も落ちたか。このままだと落下の衝撃で大ダメージになる。自分はともかく天宮をなんとか守らないと。
重力と戦いながら天宮の身体を強く引き寄せ、力いっぱい抱きしめる。そして落下に備えて衝撃を和らげる為に急いで結界魔法を発動した。
暗闇の中を落ちていくと光が見え、落下は終わりを告げた。
結界魔法のおかげで地面に叩きつけられるなんてこともなくダメージはゼロで済んだみたい。
魔法が解けていくと同時に、背中に感じるのは柔らかくふかふかとした感触だった。
顔を上げ見渡すと、一面に広がるのは見たこともない色とりどりの花々。甘くて清々しさもある花の良い香りに、落下の緊迫感が解けていく。
落ちてきた場所を見るもそこには穴など何もなく、ただの天井になっている。そういった仕様の魔法が使われていたのかもしれない。
「柔軟剤みたいな良い香りでいっぱーい。天宮、大丈夫?」
いつぞやの時のように、自分の胸元に顔を埋めた天宮が覆い被さっている。なんだか少し体が震えてる?
「春日野さんありがとう……。ごめん、直ぐに避けたいんだけど、その、身体が上手く動かせなくて……」
「いーよ、無理しなくてそのままで。ちょっと動くけどいいかな。よいしょっと」
壁に背中をもたれさせる姿勢になる為、天宮をそのままに、ずりずりと壁側へと動く。
流石に自分の上に天宮を乗せているのは背中の剣とかあって重いから今は勘弁。
「天宮、姿勢的に大丈夫? 楽にしていいよ。休みなー。オレ、こやきにコールするからさ」
「うん……、ごめん……」
震えている天宮の様子も心配だけど、先にこやきにコールをして現状を伝えないと。
いつもの様に額に指を当てて、こやきにコールを送った。
「もしもしこやきー、ごめん落ちた。天宮と一緒。うん、ケガはないよ。なんかさー落ちてきた穴が消えてるんだよね。えっ、そっちも消えてるんだ。そっかー、塔の中だから移動魔法で落ち合うのは無理みたいだからねー。うん、そうだね、こっちで戻る方法探索してみるよ。こやきはそこにいて、うん、分かった、お願いね。何かあったらまたコールで。じゃあよろー」
こやきとのコールを終えて一息つく。
あの宝箱を開ける前に足元から感じたゾワゾワ感を無視した結果がこれだよ。どんだけ宝箱にハマってたんだって話。
なっさけなー。
チートステータス持ってんのに何やってんだ本当に。
「天宮ごめんねー。オレが宝箱に執着しすぎたせいで危険な目に巻き込んじゃって。落下、すごく怖かったよね。落ちる時のあの浮遊感とか胃が持ち上げられる不快感が凄くて、正直二度と味わいたくないわー」
「春日野さんがいなくなるのが怖かった……」
「え? なんて?」
天宮はもぞもぞと体勢を変え、オレの膝の上に跨って向かい合わせになるように座ってきた。さっきまでの姿勢は疲れたのかな。
体重と温もりが膝にじんわりと伝わってくる。
必然的に見上げる形になった。普段見慣れている天宮の顔がすぐ目の前にあって少し照れくさくなる。意外と睫毛長いんだね。
顔を赤くしながら天宮はじっとオレの顔を見て髪に触れてくる。前に似たようなことを天宮にしたからお返しなのだろう。
それにしても触りすぎじゃないかな。
「ちょっ、くすぐった、くすぐったいってば、天宮ー。それに距離近いって。どうしたのさー」
「……だめ、かな?」
「え?」
小声すぎて聞こえず聞き返そうとした時、天宮はゆっくり顔を近づけてきて唇にそっと触れる。
その間、わずか数秒。
柔らかい感触と一瞬の温もりを感じた。
すぐに天宮は飛び退くように顔を離し、まるで悪いことをしてしまった子供のように耳まで真っ赤になって焦っている。
「ご、ご、ごめっ、ごめんっ! お、俺、何を勝手にっ!」
「あー、大丈夫だから、そんなに慌てないでいいよ。そういえば天宮に魅惑耐性は全く付けてなかったね」
「魅惑、耐性……?」
「そう、ここの花の香りに魅惑の作用があるみたい。効果は消したから安心して」
「いや、さっきのは俺の本心での行動だよ!」
「うーん、どうだろ。それってきっと吊り橋効果だと思うな。不安や恐怖からのドキドキする状況になると、一緒にいる相手と無意識に身体的な距離を縮めたくなるっていう勘違いの心理現象。さっき落下したのと魅惑の作用が重なったのとで起きた感情の誤認じゃないの?」
「……そんなこと」
「何にせよノーカンだから気にすんなって。今まで通りでよろしく。動けるようになったらこの部屋から出るよ。こやきと合流しないと」
「そうだね……」
えええー、なーんでへこむかなー。
魅惑にかかった天宮の暴走を無かったことにして、今まで通りにって言ったのになー。
年頃思春期男子の気持ちは自分には全然分かんないよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます