第12話 ハロー、ヒーロー

空が白み始め、森に明るい光が徐々に差し込む。昨日こやきが集めてきた薪の残りを焚き火の火にくべる。


 昨晩は時々うとうとはしたが、ぐっすりとは眠れなかった。座ったままの姿勢だった為体の節々が痛い。ためらわずに回復魔法をかけて痛みをとる。

 元の世界だったら当たり前だけどこんなことできるわけがなくて、湿布を貼ったりストレッチをしたりだけど、折角なら使えるものは使わないとね。


 喉が渇き身体が水分を求めているようなので、カップを出してお湯を注ぐ。そしてゆっくりと一口啜る。

 熱すぎず、ぬるすぎない白湯が少しずつ緊張を緩めていく感じがした。


 ちらりと横目で隣で寝ている天宮を見る。無防備な寝顔で、膝を抱えるように丸くなって眠っていた。

 

「……自分、めっちゃイタいやつだったじゃん」


 昨日の天宮への言動を思い返し、深くため息をつく。



 ――抱えてる思いを知りたいってなんだよ。突然そんなこと聞かれても自分だったら知ってどうするって思う。そもそもこの知りたい気持ちって、単に好奇心を満たそうとしていただけなんじゃないかな。

 それに、チートステータス持ってるから天宮のことを導いてやらないとって無意識に上から目線で思っていた気がするし。反省反省。



 天宮とは今後も特に変わりなく接していこう。

 言ってしまったものはやむなし、だけど一旦忘れておくことにする。今はそれが最善。

 これからも一緒に旅をしていくんだから尚更だ。


 剣の相手を頼まれてたから、それに関してはしっかり手合わせをしてあげよう。いずれは魔王を倒す勇者だもんね。舐められないように強くならないと。

 どうせなら実戦形式のほうがいいかもしれない。この世界は現実、戦闘はゲームのようなターン制ではないのだから。


「よしっ、ちょっと朝散歩してこよう」


 気持ち新たに凝り固まっている体をほぐす為歩いてくることにした。

 考え事は朝にするぺし、なんて言葉を聞いたことがあるけどわりと正解かもしれない。おかげでやるべきことの道筋が見えて、ごちゃごちゃしていた頭の中が今はすっきりと整理されている。


「あっ、そうだ」

 

 行く前に天宮の水筒に新しく水を注いでおく。焚き火の近くで眠ると余計喉が渇くからね。優しさ全開。


 こやきもまだ寝ているので、動作を静かに立ち上がり森の中へと進んでいった。







「うっ……、ううっ……、ぐすっ……」


 森をしばらく散歩していると、どこからか女の人の泣き声が聞こえてくる。朝から泣くのってよっぽどじゃないかなと思い、声の主を探してみた。

 すると少し先の木の根元にうずくまっている人を見つける。焚き火もないし、聖水を使って魔物よけをした跡もなく、結界魔法をかけているわけでもないのでそこが野営地ではないだろう。


 ――どうしよう、声をかけたほうがいいのかな? でも一人で泣きたくてそこにいるのかもしれないし。誰しもそういう時ってあるよね。


 その人のステータスを勝手に見てみる。肩書きは僧侶、レベル的にはちょっと低め。この辺りの魔物相手は厳しいかもしれない。

 もしあの人のレベルで一人旅をしてるなら、よっぽど運が良くて逃げることの成功率が高いか、強力な武器でも持っているかなんだろうけど、どっちも当てはまっていない。別の場所にお仲間がいると考えられる。


 女の人に声をかけるかどうかをうだうだ悩んでいると、奥の方からごつい体をした戦士っぽい人がニヤニヤしながら現れた。


「ねえちゃん用足しは終わったか? へへへっ、見張りに集中していろと言われてるが、もう一回くらいしてもいいだろ」

「ひいっ! い、嫌……」


 おっさんが女の人の肩に手をかける。女の人、確実にめっちゃ嫌がってるじゃん。これは助けなければ案件だよね。


「――武器生成、魔法弓。強力麻痺、時間差で強制的睡眠効果付随」


 遠距離から攻撃する為に弓矢を作り出す。命中率100%で放つ矢には刺さっても殺傷力はないが、代わりに付随した魔法が速攻で発動するという代物だ。


 早速弓を構えておっさんのこめかみあたりを狙い矢を放ってみる。弓矢も今までに一度も触ったことも使ったこともない。だけど今の自分はこれくらい当たり前に出来ると納得している。

 もう違和感を覚えることはなくなった。でも驕らずに精進していこう。


「ぐべえっ!」


 うわぁ、きったない声。

 矢は当然だけど見事命中。麻痺と時間差で眠る効果を付けている。始めはのたうち回るくらいの酷く痛む痺れが全身を襲い、その後眠りに落ちる。

 己を戒めるためにも存分に苦しむがよい。


「ぐあああっ! 何だ!? 頭がっ! 体がぁっ! ぐええええっ!」


 ひっどいうめき声をあげて地面をゴロゴロと転げ回っている。うわぁ、醜い。

 誰があんな酷い状態にしたの、なーんて。


 というか、そのうめき声うるさい。

 

「付随追加、沈黙、暗闇」


 矢に効果を追加してもう一本放つ。

 本来呪文を封じ使えなくする沈黙魔法を魔力変換し、声を出せなくする仕様に変えた。暗闇魔法は視力を奪う仕様へ変換。自分でやっててちょっとエグいと思った。けど後悔はしていない。一応一定時間後には戻るようにしてある。


「ーーーーーー!!」


 喋れないけど、もがき苦しんでいるおっさんに僧侶の人はただ呆然として見ている。そりゃそうだ。僧侶の人からすれば目の前の人間が急に突然苦しみだすんだから。ある意味ホラーかもしれない。


「おい、何を騒いでやがる」


 仲間らしきおっさんBが現れた。同じように攻撃し矢は命中。おっさんBもおっさんAのように地面に崩れ落ちて身悶えしている。

 

 つい矢を放ってしまったけど、おっさんBが悪人なのかは知らない。ついうっかりなんてやばいよね。僧侶の人に確認をとろう。

 

「あのー、ちょっとすみませんがー」

「ひっ!」

「自分、特に怪しい者じゃないですよ。通りすがりの旅人です。おねーさんとこの人たちの関係が知りたくてー」


 初対面の人に警戒心を持たれないようにするには、まず笑顔ってこやきが言ってたっけ。


「こっちのおっさんが嫌なのは分かりました。あっちのおっさんは悪い人でしたかー?」


 未だもがき苦しんでいるおっさんAとBをそれぞれ指をさして聞いてみる。もちろん笑顔は崩さずに。

 僧侶の人は頷く。この人、着ている服がぼろぼろだ。それに擦り傷やあざもある。不謹慎だけどお胸の大きさ的に、裂けている服の面積ではお胸の全面を隠しきれるとは思えない。


 見かねて収納魔法から毛布を出しておねーさんにかけてあげる。これなら安心できるよね。


「あ、ありがとうございます。あなたが助けてくれたのですか……?」

「結果的にそうなりますかねー。お体大丈夫、じゃなさそうですね」


 声をかけてはみたものの、この後どうするのかなんてのは頭になかった。とりあえずおっさんBも悪い人で良かった。

 

「体の傷とか痛みは早いうちに回復魔法かけたほうがいいですよ。おねーさん僧侶なら回復魔法使えますよね。あ、でも魔力は残り少ないんですね。じゃあ代わりに掛けますよ」


 完全回復魔法を発動する。パァッと柔らかな淡い緑色の粒子の光が僧侶の人の体を包んでいく。


「これは最上位の回復魔法……? それに無詠唱で使えるなんて……。もしやあなたは勇者様ではありませんか!?」

「え、違いますよー」


 うちの勇者殿はまだ完全回復魔法は使えないです。レベル上げを頑張ってさせねば。


「それなら大僧侶様ですか!? それとも大神官様!? ああ、傷がこんなにも綺麗になるなんて……」

「どっちも違いまーす」


 感情が高まったのか、ポロポロと大粒の涙を流し始める。

 美人さんの泣く姿なんてテレビドラマくらいでしか見たことがない。現実問題目の前で泣かれると、どう声をかけたらいいのか分からなさすぎ。

 ヤバい、困った。


 あ、でもでも、この展開、この流れって、助けた女性が次に発する言葉は……。


「お願いです! 仲間を助ける為にお力をお貸し頂けませんでしょうか!?」


 あー、ほらやっぱりー。お見事な王道的台詞だー。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る