第2話 フルボッコは決定事項
「紅茶よりも気分的に今はブラックコーヒーが飲みたい」
「おうりってば、出されたものにケチつけないの〜。あ、普通に美味しいですよ。うちはいつもは緑茶を好んで飲むんですけどね〜、紅茶なんて半年ぶりに口つけましたわ〜」
「こやきも大概じゃん……」
詳しい話を聞くためにさっきの広間から客間へと通される。客間でふかふかのソファーに座るとメイドさんがお茶を淹れてくれた。それを一口啜った後、つい口から出た言葉はちょっと失礼極まりなかったかもしれない。
スカイから「ブラックコーヒーとはどのようなものですか?」って真剣な表情で聞かれて、よくよく考えると自分もコーヒーのことは上手く説明できないから話を濁して会話を強制終了した。
こやきの方も緑茶の説明を求められてて、いつもにこにこしている顔が一瞬めんどくさそうな顔になったのがちょっと面白かった。
とりあえずコーヒーも緑茶もない世界ということの確認ができた。紅茶が作れるなら同じ茶葉だから緑茶も作れる、みたいな話を聞いたことがあるけど、詳しくは知らない。
今まで当たり前だったものが当たり前じゃないこの世界にいるのは気が滅入る。
「すみません、そろそろお話してもよろしいでしょうか?」
「あ、ごめんごめん。どうぞどうぞ」
いらん発言をしてて王女様に気を使わせてしまった。失敬失敬。
壁際に騎士の人やローブの人らがずらっと並んで立っており、そのせいで部屋に圧迫感を与えている気がする。
対面のソファーにはフェリシアとスカイが座っており、我々二人の様子を気にしているようだ。
そしてフェリシアがゆっくりと話し始めた。
「……一ヶ月程前、魔王と名乗る者に妹が攫われました」
フェリシアの話では、ローダン王国にてスカイとの婚約発表のため開かれていた夜会の最中に突然黒い影が現れ、フェリシアの妹のリオラを抱えると、こう言い放った。
「我は魔王、500年前の雪辱を果たすため蘇った。勇者の血を継ぎし者よ、姫を返して欲しければ我を封印した勇者の仲間らを探し出し、共に我の城へ来るがよい。それまで姫はこちらで丁重に扱っておこう」
黒い影は長い銀髪で頭に角がある長身の男の姿となっていた。リオラは魔王の腕から逃れようと激しく抵抗していたが魔法で眠らされてしまう。会場は一気にパニック状態。そんな中スカイを筆頭にフェリシアは魔法を使い、騎士の人たちと魔王に立ち向うも攻撃は全く効かなかった。
「――その時僕は魔王に言ったんです。勇者に仲間がいたなんて話は伝わっていない、と」
「私も魔王の言葉を聞くまでは初代勇者様にお仲間がいたなんて知りませんでした。ローダン王国の伝承にそのような記載はどこにもありませんし、勇者様の血族である我がバルドール国でも聞いたことがありません」
フェリシアとスカイの二人が言っていることは本当のことなんだろう。嘘をついているようには見えない。
――あいつはなんだかんだ言っても、この世界に我々二人がいたことを何一つ残さないっていう約束を後世までしっかり守ってくれてたんだ。疑ってしまって悪かったな。
「それで、スカイ王子の発言に魔王はどんな反応を?」
「驚いた顔をしてから何かを考えていたかと思うと、一人笑って一冊の魔導書を渡してきました。『これを使い再度そいつらを喚べ』と。仲間は小娘が二人、勇者よりも遥かに強い力を持つ者たちだ、とも言っていました」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。っていうか、勇者といたってことが魔王によって見事にバラされてるじゃーんっ!
あいつとした約束が今になって全部台無しだよ!
いや、ホント、マジでどうしてくれようか。
魔王のヤツめ、今さら復活したからって既に元の世界に帰ってる我々にヘイトを向けるなんてどういう神経してんのさ。
あー、世界を支配するなんて考えてた奴だから、まともなわけがないか。
「うち、思ったんだけど〜、魔王から渡された魔導書なんてよく使えたね〜。うちだったら怪しすぎて使えないかも〜。それに自称魔王なんて名乗っちゃう人の話を間に受けるのもちょっとね〜。ありえないっていうか〜、なしよりのなしでしょう〜」
あらら、こやきも珍しくお怒りモードだ。顔の表情はいつも通りにこにこだけど、言葉に棘がちょこちょこ入ってるよ。
「わ、私たちも魔王から渡された魔導書について何度も議論を重ね、宮廷魔術師により解読を試みました! 魔王のことも調査団を組み騎士団とともに向かってもらいました! けれども皆負傷して、妹を助けるための手掛かりが全く掴めず……」
「それで最後の手段として魔導書を使って強制的にうちらを喚び出したんだ〜。こっちの都合もお構い無しにねぇ〜。魔導書で大爆発とか起こらなくて良かったね〜」
「そ、そう、ですね……。幸いでした……」
王女の力ない言葉の後、室内が静まりかえる。こやきがキレているのを見て自分は少し冷静になれた。
前回も思ったことだけど、自分たちの世界のことを他の世界の住人になんとかしてもらおうって発想は何なんだろう。喚び出すにしても、やる気のベクトルが最初っから違う人たちだと、こちら側は巻き込まれた感が半端ないんだからね、マジで。
「一応訂正させてもらいたいんだけど、自分らはあいつの……、勇者の仲間だったわけじゃないんで」
「そうなのですか!? しかし魔王は仲間が二人と――」
「魔王の話は魔王側からの視点でしょー。仲間の定義は詳しく知らないけど、自分らと勇者がたまたまこの世界に一緒に召喚されて、たまたま目的地が同じだっただけ。あいつは、勇者は一人で世界を巡り頑張って魔王を倒したんだよ」
「そーそー、うちらは何だろ〜、決戦の見届け人? みたいな〜」
「そーそー、見届け人見届け人。魔王と勇者の戦いの場所にいただけだから。ただそれだけなのに仲間って勘違いする魔王がおかしいおかしい」
我々の言葉に、フェリシアたちはまた黙り込む。別に論破をしたいわけじゃないのに、何だかこっちが悪いみたいな空気っぽくてちょっと嫌。何かフォロー入れとかないと。
「えーっと、スカイ王子、フェリシア王女、あなたたちの先祖である勇者は500年前たった一人で魔王と戦い、この世界を平和にした紛れもない英雄だよ。それは伝承としてしっかり残っているでしょう?」
「はいっ! 初代勇者様のことはオウリ様のお話通り、我がローダン王国に英雄譚として代々伝わっております!」
「ちなみに、尊敬してたりする?」
「もちろんです! 初代様に恥じないよう日々鍛錬を積んでいます!」
「じゃあ、それでいーんじゃないの。初代のことは何も疑うことないよね」
「そ、そうですね!」
よしっ、スカイのほうはこれで大丈夫そうだ。
「魔王の話では何か我々二人に特別用があるみたいな感じだし。フェリシア王女の妹様の救出の為にも魔王の城へご一緒します。ね、こやき」
「うん。そうだね〜。そうしよう」
「それではお力をお貸しいただけるのですね!? ありがとうございます!」
嬉しさからフェリシアの表情がパアッと明るくなる。綺麗な青い瞳には涙が溜まっていて目はうるうる。たゆんたゆんの素晴らしいモノも相まって、そこらの全男子たちを一撃ノックアウトしちゃうくらいの可愛さだ。
「それでさ、こやきに相談なんだけど、あいつはちゃんと約束守ってくれてたじゃん。それを台無しにされて、自分かーなーりー怒ってるんだよねー」
「ぶっちゃけうちもおんなじ気持ち〜。激おこ〜」
「じゃ、決まりだよね。決まりだよね」
「「魔王はフルボッコけってーい!」」
二人揃って言った後周囲の視線を気にもせずに、こやきと二人で「イェーイ!」とハイタッチをした。
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