本日付で退職できるのは死亡者のみだよ😊、退職代行なにそれ? 辞められるわけないだろというキチガイを俺が作った退職ガイドラインでクビにしてやった件

@pepolon

第1話 「本日付は死亡のみです😊」って言われた金曜18時の話

金曜の18:03。

オフィスじゃなくて、自宅のワンルームだった。雨でWi-Fiがちょっと不安定で、エアコンの音がゴーって鳴ってる。会社のPCはもう返却済みだ。机の上にあるのは私物ノートとスマホだけ。


——今日で終わる。

そう思って、スマホで昼に保存した「退職代行〇〇」をタップした。


「はい、退職サポートの東條です」


「お世話になります。〇〇社の雨宮悠斗と申します。明日付での退職をお願いしたくて」


「承知しました。では今から——」


って言われた3秒後に、家のスマホがもう1台、テーブルの上でブルブル震えた。

表示:会社(代表)。

はやすぎる。代行まだ切ってないはずだ。


俺は代行に「すみません、一度切ります」と伝えて、会社のほうを取った。


「はい、雨宮です」


「雨宮くーん😊」


にこにこが電波に乗ってた。

会社で一番“出てほしくなかった声”が、自宅に来た。


「……久世課長、ですよね」


「そうそう、久世でーす。ちょっとびっくりしてさあ。急に退職代行さんからお電話いただいちゃって。まずはね、連絡してくれてありがとう。家にいる? 雨?」


「家です。雨すごいです」


「今ね、退職代行さん?って方?がね、かけてきてくれてね、『本日付で退職したいんです』って。“あ、まただな〜”って思って、すぐ出たの」


まただな、って言うな。


「でね雨宮くん。これちょっとね、言いにくいんだけどね」


音が一段下がった。

ここからが一番おかしいとこだって、自分で分かってる声だ。


「本日付の退職はね、生きてる人からは受けてないんだわうち」


「……は?」


「今まで大々的には伝えてなかったけど、“本日付での退職は、死亡・災害による行方不明、その他会社が同等と認めた場合に限る”って決まってるのよ。で、いま雨宮くん、ご存命なので」


“ご存命なので”。笑いながら言うな。


「翌営業日以降で、ご本人のご来社をもって、ってお伝えしておいたよ〜」


「代行の人にはそう伝えたんですか」


「うん。“ご本人が会社にお越しになれば、退職でも休職でも配置換えでも何でもできます”って。だから安心して? 来てくれさえすればね、ほんと何とでもできるから」


「会社にはもう行きません。だから代行に頼んだんです」


「うんうんうん、そう言うと思った😊。でもね、“行けない”ってことを会社の中で言ってほしいの。外から“もう行きません”って言われちゃうと、残ってる子が“あの人どこ行ったんですか”って不安になっちゃうでしょ? だから“行けない”を会社でやるの。うちは」


「そういうのは“任意です”って書いてましたよね」


「書いた。俺が書いた。“来られる人だけでやります”って。でもね——」


一瞬、声が柔らかいまま、奥行きだけ増えた。

この人が一番気持ちよくなるときの声だ。


「今回はね、君の担当してた仕入先さんがね、ちょっと困ってんのよ」


「……仕入先?」


「そう。A工業さん。分かるでしょ?君が月末でまとめてたとこ。あそこね、請求書の出し方が毎回手書きでバラバラだから、君のExcelで揃えてからじゃないと支払い回せないようになってるの。で、今日は雨でしょ?先方も早く帰っちゃっててね、“社内に聞ける人がいないんです、雨宮さんいますか?”ってさっき電話来たの。——こういうの、代行さんには説明できないのよ」


「……A工業、今月はもう締めましたよ」


「そう、“締めたって聞いてるんですけどぉ〜”って先方が言ってた😊。でもね、先方の言う“締めた”と、こっちの“締めた”って違うじゃん? うちは入金サイクルで動いてるから、君にしか分かんない“ズレ”があるの。だから“本人に一回だけ説明してほしい”って、先方が。先方が、ね?」


——ぜってぇ言ってねえな。

声が嘘つくときの笑顔になってる。


「A工業さんが言ってるんですか、それ」


「言ってる“ってことにしてあげたい”の😊。取引先が困ってます、ってなると君も出にくくなるでしょ? “僕が辞めたせいで先方が怒ってる”って思うでしょ? それを防いであげたくて、いま電話してる」


「防ぐ、ですか」


「そう。“君が辞めたから取引先が迷惑してる”って空気になると、残る子が一番しんどいの。“あの人いなくなったから先方が〜”って話が一番広がるの。だから一回会社に来て、“これは私のせいじゃなくて、手順が紙になってないせいです。相手の不手際です”って俺と一緒に言お。俺が隣でサポートしてあげるから。そしたら君、きれいに辞められるよ?」


きれいに、の意味が違うんだよ。


「……来れなかったらどうするんですか。僕、明日も雨だったら行かないですよ」


「うん、明日は台風っぽいね〜🌧。そういうときはね、ご実家におうかがいして“会社として謝りに来ました”って言うの」


「……」


「“会社のほうでちょっと追い詰めてしまって、連絡が取りづらくなっちゃったみたいで、すみません”って。これを親御さんに先に言っとくと、お母さまは100%味方になるから。“だったら一回会社に行っておいで”って言ってくれる。親御さんから言ってもらえれば、君も出られるでしょ?」


「僕は親に言わせたくないから代行にしたんです」


「そうだよね〜。えらいよね〜。でも君が会社で言わないなら、親御さんにだけでも“会社としてはこう考えてます”って伝えとかないと、親御さんが不安になるでしょ? “うちの子が急に会社辞めたんですけど”って。だから行くの。親御さんを安心させるために」


「親には迷惑かけたくないです」


「俺もだよ😊。だから“会社が悪かったです”って俺が先に言うの。“うちの説明が足りなかったです”“お休みのことをちゃんと相談に乗れてなかったです”って。親御さんから見たら俺は善人。親御さんが君を会社に戻す。すべてが丸くおさまる。そうすると君も“取引先が困ってる”って罪悪感を持ったままじゃなく辞められるでしょ?」


——全部、“会社に来させる”の材料にしてるだけだ。


「……課長。僕、もう次の会社決まりました」


「あ、じゃあもういいや😊」


「……え?」


「よそさんの社員さんの家に行くのは失礼でしょ。俺はうちの子にしか行かないの。俺が守るべき子の範囲はそこ。だから君が“もう別の会社に所属しました”って言ってくれれば、そこでおしまい、バイバイ。でも“まだこっちに籍がある”あいだは、親御さんにも行くし、取引先も理由にするし、君の大事な後輩ちゃんも使う。“うちの子が黙って辞めた”ってかたちには絶対しない」


外の雨がゴォッと鳴った。

いまこの瞬間に、もし俺が電話を切って音信不通にしたら——

久世はほんとに親に行く。にこにこで。


「……分かりました。じゃあ僕は、会社には行けないって紙に書いて送ります。“オンラインで退職します。取引先には説明済みです”って」


「ははっ、それ一番やられたくないやつだな〜〜😅。でもまあ、君らしいわ。書かれるとね、“会社がやってること”がぜんぶ見えちゃうからね。“取引先が困ってるから来て”って嘘も、バレちゃうからね。……そういうの書く子って、次の会社で人気出るんだよなぁ。その能力があればうちでも出世できると思うよ、俺なんかすぐに追い抜いちゃうのに、おしいなぁ」


「そうなるといいですね」


「なるよ。——でもね、覚えとくから」


「……」


「“来ないで辞められる人を実際にやった人”ってのは、会社としてはちょっと怖いの。だから名前は覚えとく。次に君のところに“辞め方が分からないんですけど”って若い子が行ったら、俺、親んとこ行くよ。“それ作ったの雨宮くんですよね、一度内容について確認したいから息子さんを会社に連れてきて”って。」


「そこまでしますか」


「するよ〜😊 会社に来てくれさえすれば何でもできるんだから。じゃあ、翌営業日以降で。お大事に。雨の日は無理しないで来てね、待ってるから」


ピッ。


電話が切れて、部屋にはエアコンの音と雨だけになった。

俺はノートPCを開いて、新規ブックを作る。

名前を打つ。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


退職フォーム_v1(来ないで辞める人用)


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


——あの人の「会社に来てくれさえすれば何でもできる」を、俺のやり方で殺す。誰も親にまで来られないように。

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