第33話 苦難を乗り越えろっ

「あなたは……『ユリウス・カエサル』……」


 瓦礫の街の中、僕がその名を口にすると一陣の風が砂埃を巻き上げる。

 僕たちが目を伏せると……

 

 風の中から、逞しい男性が現れた。


 ローマ人然とした、筋の通った高い鼻。

 多くの物を見てきたのだろう、黒色の奥深い目。

 彫刻刀で削ったかのような鋭く細い顎、高い頬骨。

 ああ、彼こそがローマで一番有名な、

軍人であり、政治家であり、作家としての側面を持つ、ユリウスカエサルその人だ……。


 僕を見ている。


 そして、風は止み、凛々しい瞳で廃墟を見渡した。


「今一度問おう。お前は、復興を望むのか」


「え……は、はい!」


 カエサルは、僕を一瞥するとフンと鼻で笑って歩き出した。


 僕たちは、廃墟の中を進む。


「沈まぬ陽などない。死なぬ人間など居らぬ。……滅びぬ文明もない。完結しない書物もなければ、終わらぬ愛などないというのに。……お前はこうして一度滅んだ国を復興したいと言う。なぜだ」


 彼の目が僕を射抜く。

 僕は何も言い返すことなどできなかった。


 煙の匂いがする。どこかで火が上がっているのだ。

 僕たちの足元には、剣や甲冑が転がっていた。

 そのどれもが、同じ色と形をしていた。


「どうしてこの美しい文明が滅んだと思う。

 私が育て、千年続いた文明はどうして終わったと思う。

 一度オスマンに滅ぼされかけて、残った西側は結局、内乱で沈んだ。いかに強固な国であろうと、終わらぬ文明などないのだ」


 彼は倒壊した民家の前で膝をついた。


「……ここには、ユリアと言う女性が暮らしていた。

 目の前で息子をゲルマン人に刺された。……彼女にとって、息子を殺したこの文明は、幸福の象徴だったといえるか?」


 彼は、反対側の家を指差した。


「あっちでマルクスが死んだ! 病と戦いながら最後は凶刃によって息の根を止められた! お前が世界を復興すると言うことは、彼をもう一度殺すと言うことか!?」


 その凄まじい剣幕に、僕はたじろいでしまった。

 僕の言葉には、責任感がないのだ。そのことを、思い知らされた気がして悲しかった。それでも彼は続ける。


「彼らに問えるか!? ここはユートピアだったか、ディストピアだったか! その勇気があってお前は、復興を望むのか!?」


 カエサルは立ち上がり、違う民家を指差す。


「ここにメアリーがいた。

 彼女がディストピアとユートピアの先の言葉を口にするなら、どんな言葉だったのだろうな」


「僕は……」


 倒壊した建物と、哀しみに暮れるカエサルを目の前に、どうにか言葉を紡いだ。


「僕には、あなたのように文明を築いたり、あるいは神のように人を蘇らせたりするような人間では、ないと思います。ですが……」


 不安定な足場の上を、なんとか踏ん張って僕は、カエサルを見た。


「この国のことは伝え残さないといけないと思う。あなたという偉人が存在したことも、滅んだことも含めて。それを後世のために記録することが、僕たちの仕事なんだと思います」


 僕が、なんとか自分の中の素直さを、内臓から搾り出して目の前にいる、ユリウスカエサルに向けて放った言葉がこれだった。


 カエサルは、僕の顔を険しい顔でしばらく眺めて……


「よかろう。ならば、起こすがいい。『苦難の先』のことをな」


「『苦難の先』……ですか」


「私は、自分が墓跡に入った後に起きた歴史を見るのが好きだ。

 いつの世も人間が変わらないことを教えてくれる材料になる。人は歴史から多くを学ぶべきである。

 ……そして、人類の歴史を見て気がついたことがあるのだ。『苦難の先』にある共通点を。と言うのは、戦争、疫病。これを乗り越えた人類が復興の力で起こす物、つまり『苦難の先』があるんだ。なんのことだか、お前にはわかるか?」



「わかりません……教えてください」


「だめだ。自分で言葉を搾り出してみろ。

 ……『苦難の先に起こすもの』それは、一体なんだ?」



 * * * * *


 僕が瓦礫の中で立ち尽くしていると、カエサルが僕に向けてこう言った。


 ひとつ前の話に戻って、仮面の男が去り際に告げた願いを叶えてみよ。


 バカなカラスとは「(A)(B)」 

 

 (A)=「二十八羽バカガラス」 

 (B)=「バカガラス二十四羽」


 さらに、三十一話で仮面の男の幼馴染が、その世界の『ヒロインのフルネーム』を口にした後のセリフがヒントだ。

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